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IT大手企業の「デジタル遺産」機能の追加から考えるデジタル遺産問題
『企業法務弁護士による最先端法律事情』第11回

11月 22日 2021年 社会

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北川祥一(きたがわ・しょういち)

 北川綜合法律事務所代表弁護士。弁護士登録後、中国・アジア国際法務分野を専門的に取り扱う法律事務所(当時名称:曾我・瓜生・糸賀法律事務所)に勤務し、大企業クライアントを中心とした多くの国際企業法務案件を取り扱う。その後独立し現事務所を開業。アジア地域の国際ビジネス案件対応を強みの一つとし、国内企業法務、法律顧問業務及び一般民事案件などを幅広くサポート。また、IT関連法務分野、デジタルデータに関する最新の証拠収集技法など最先端分野にも注力し、「アジア国際法務×IT法務」は特徴的な取り扱い分野となっている。著書に『Q&Aデジタルマーケティングの法律実務』(2021年刊、日本加除出版)、『デジタル遺産の法律実務Q&A』(2020年刊・日本加除出版)、『即実践!! 電子契約』(2020年刊・日本加除出版、共著)、『デジタル法務の実務Q&A』(2018年刊・日本加除出版、共著)。講演として「IT時代の紛争管理・労務管理と予防」(2017年)、「デジタル遺産と関連法律実務」(2021年)などがある。

1 「デジタル遺産」機能

 近時、IT大手企業よりその提供するサービスに関連して「デジタル遺産」プログラムなる機能の追加が発表されました。

これは、ユーザーにおいて自身が亡くなった後に当該アカウントの特定のデータへのアクセスを認める人物を指定し、指定された人物は、死亡証明書類を提出し、かつ必要なキーを持っていれば、一定のデータにアクセスできる、というもののようです。

元々、亡くなったユーザーのアカウントへのアクセスのリクエストという手続きは存在しているようですが、これについては、その規約から読み取れる必要書類などからは一定の手続の難しさ・煩雑性があるものと思われ、また、今回の新しい機能がユーザー側からの積極的なデータの開示という特徴を持つこととは異なるものといえるでしょう。

このような「デジタル遺産」機能は、一定のデジタルデータを相続人等に遺したいと考えるユーザーのニーズには資するものといえそうです。

2 デジタルデータの開示請求に関する現行法からの検討

上記のような機能の評価については、このような機能がない場合において、わが国の現行法の観点から、相続人によるデジタルデータの開示請求を法的に根拠づけることが可能か、という点を検討する必要があるでしょう。

結論から述べると、現行法上、上記のようにサービス提供企業においてデジタルデータの開示に関する機能や規約が存在しない場合で、仮にサービス提供企業が相続人に対するデジタルデータの開示について拒否をした場合、相続人において当該開示請求を法的に根拠づけることには一定の困難が伴うものと考えられます。

デジタルデータの開示を根拠づける法的根拠の検討対象(※注1)としては、①アカウント自体の承継(利用契約上の地位の承継)の可否②仮に(契約が一身専属的な契約であるとして)利用契約上の地位の承継が否定された場合においてもなお、データ開示を基礎づける法的根拠の有無・当否(委任契約に関する付随的義務を根拠とする考え方、寄託契約類似の性質から寄託物の返還義務を根拠とする考え方など)――などが挙げられます。

①について認められる場合、あるいは①は認められないとしても②が認めらえる場合には、それらを根拠としたデータの開示請求をという話になるわけですが、現状これらについて確立した判例や見解が存在するわけではなく、デジタルデータの開示請求を基礎づける法的な根拠付けには困難が伴うであろうことが予測されます。

現在の法律実務上、デジタルデータに対する法的な権利について民法上の「所有権」が観念できないと考えられているなどもこの困難性に影響を与えています。

デジタルデータに対して民法上の「所有権」が認められるとすれば、所有権に基づく返還請求権を根拠としてその引渡し請求を基礎づけることなどが検討されるわけですが、この点については、暗号資産に関して所有権を基礎とする破産法62条の取戻権に基づきその引渡しを求めたという裁判例(平成27年8月5日東京地裁判決)において、「所有権は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利であるところ(民法206 条)、その客体である所有『物』は、民法85 条において『有体物』であると定義されている。有体物とは、液体、気体及び固体といった空間の一部を占めるものを意味し、債権や著作権などの権利や自然力(電気、熱、光)のような無体物に対する概念であるから、民法は原則として、所有権を含む物権の客体(対象)を有体物に限定しているものである(なお、権利を対象とする権利質〔民法362 条〕等民法には物権の客体を有体物とする原則に対する明文の例外規定があり、著作権や特許権等特別法により排他的効力を有する権利が認められているが、これらにより民法の上記原則が変容しているとは解されない。)」(下線は筆者による)として、デジタルデータである暗号資産についての所有権を基礎とする破産法62条の取戻請求の可否の判断の中で、所有権等の客体として有体物性を要するとする見方を明らかにしています。

以上の現行法を前提としたオンラインサービスのアカウント承継やデジタルデータの開示請求の検討からは、上記「デジタル遺産」機能は、▽該当サービスにおける(デジタル遺産たる)故人のデジタルデータの一定の取扱いを明示したという点、▽(サービス提供企業においてデータ開示を拒否した場合などにおける)デジタルデータ開示請求の法的根拠付けに関する困難性を回避し得る点――などから意義があり、デジタルデータを相続人等に遺したいと考えるユーザーのニーズには資するものであるといえそうです。

 これまでデジタル遺産の問題、デジタルデータやアカウントの承継について、各オンラインサービスの規約などでは明言がないことが少なくなかったところですが、今後はデジタルデータの開示やアカウントの承継について、一定のルールを明示するオンラインサービスも増加してくるかもしれません。

(※注1)なお、オンラインサービスのコンテンツの性質は各法的検討に影響を与え得るものと考えられます。例えば、SNSアカウントにおいては個人の個性を前提とした表現・情報の発信という特徴が存在する一方、データの保存がサービスコンテンツの中心となるクラウドストレージについては、そのような個人の個性を前提とした表現・情報の発信という特徴があるわけではなく、開示請求の法的根拠に関する①及び②のような各検討においても影響を与える要素となるものと考えられます。

関連書籍:『デジタル遺産の法律実務Q&A』(拙著、2020年刊、日本加除出版)

https://www.kajo.co.jp/c/book/05/0501/40805000001

※本稿は、私見が含まれており、また、実際の取引・具体的案件などに対する助言を目的とするものではありません。実際の取引・具体的案件の実行などに際しては、必ず個別具体的事情を基に専門家への相談などを行う必要がある点にはご注意ください。

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