山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
ホワイトハウスの晩餐(ばんさん)会に、銃声が鳴り響いた。銃を持った男が警備線を突破し、銃撃戦となった。狙いはトランプ大統領とその閣僚だった。全米各地に広がる「反トランプ」のうねりは、一部が過激化し、直接行動となって政権を脅かそうとしている。
今やアメリカは統治崩壊の瀬戸際ではないのか。2期目のトランプは、選挙戦を含め3度も暗殺されそうになった。大統領が標的になることが、「まさか!」ではなく「やはり!」という異様な空気が広がっている。
◆新たな日常となりかねない「内戦」や「暗殺」
アメリカでは、「銃の乱射」は日常的な出来事だ。誰もがたやすく手にできる銃が政治闘争の舞台にあがれば、「内戦」や「暗殺」が、新たな日常となりかねない。トランプのアメリカはそんな危うさを秘めている。
銃社会アメリカのもう一つの暗部は、「暴力性」にある。開拓者の時代から揉(も)めごとは暴力で決着させてきたのがアメリアだ。「インディアン」と戦う騎兵隊が登場する西部劇は、暴力で先住民から土地を奪ったころの出来事だ。フロンティアの開拓は、農耕で定着する者と遊牧で移動する者の争いが絶えず、土地をめぐる争いは、拳銃をぶら下げたカウボーイの出番だった。
英国の植民地からの独立も、主役は銃を手にした民兵だった。修正アメリカ憲法第2条に「人民が武器を保持し携帯する権利は侵してはならない」と明記されたのは、権力者がおかしなことをすれば、武装した市民が抵抗できる権利を書き込んだものだ。アメリカは「銃口から生まれた国家」である。
独立を果たしたころ、暴力は正義だった。強者になるにつれ「武力による決着」は、「身勝手な暴力行使」へと傾斜していく。
20世紀のアメリカは国際紛争を武力で解決する国として世界の中心を担い、切れ目なく戦争をする国となった。それが、ベトナム戦争あたりから、圧倒的な武力は、必ずしも正義の側に立っていないことが明らかになる。
◆米社会の底流に潜む「身勝手な暴力性」
ホワイトハウスの晩餐会は、厳重な警備体制によって被害は出なかった。犯行を企てたコール・トーマス・アレン容疑者(31)は取り押さえられたが、仮に爆弾など持ち込んで、大統領はじめ政権中枢の要人がいっぺんに抹殺されていたら、アメリカはどんな事態になっただろうか。
そのようなおぞましいことはあってはならないし、ありえない、と普通の人は思うだろう。だが、2か月前、トランプ大統領がイスラエルのネタニヤフ首相と企てたイランの首都テヘランへの奇襲攻撃を思い出してみよう。皆が集まる重要会議を狙い、ドローンやミサイルを撃ち込み、「政権中枢の要人」を、一挙に殺害した。「晩餐会を狙った攻撃」とどこが違うのか。
イランの革命防衛隊など政権の中枢が集まる会合があることを察知し、千載一遇の好機と見て奇襲攻撃を掛けた。アメリカならトランプ大統領に当たる最高宗教指導者ハメネイ師まで殺害した。「悪い奴らを排除すれば、世の中は良くなる」という単純な発想は、狙われた大統領と、狙った容疑者に共通する。
アレンは未遂に終わったが、トランプとネタニヤフはやってのけた。大統領は容疑者を「頭がおかしい人物」と呼んだが、イラン中枢をひとまとめにして抹殺した自分の頭はおかしくないのか。トランプとアレンはアメリカ社会の底流に潜む「身勝手な暴力性」で繋(つな)がっているように思う。
◆支持・非支持の際立つ政治対立
「トランプはいつ狙われてもおかしくない」と多くの人は思っている。民主主義を標榜(ひょうぼう)する世界最大・最強の国家で「大統領の暗殺リスク」が話題になるのは異常としか思えない。
なにしろ、やっている政治が破茶滅茶だ。核開発で交渉中の相手国に奇襲攻撃を掛け「国際法など関係ない」と言い放つ。気にいらない他国には通商ルールを無視した高関税をかける。大学は補助金を打ち切って締め上げ、言うことを聞かない科学者財団を解散に追い込む。金融政策で意見が合わないFRB(連邦準備制度理事会)議長には汚職容疑をかけて退任を迫る。目障りな知事がいる州に軍を派遣して威嚇(いかく)する。
周りをイエスマンで固め、人事権を振り回し、忠誠を競わせる。誰も文句は言えない。
対立するベネスエラには特殊部隊を派遣し、大統領夫妻を拘束してアメリカに拉致した。イランは奇襲攻撃したが、その後の戦況はこう着状態だ。次はキューバが標的と見なされている。
世界に緊張をまき散らし、予算教書では軍事費を40%積み増した。NATO(北大西洋条約機構)をはじめとする同盟国には国防予算の増額を要求、戦争リスクを高めている。
戦争目的すらわからなくなったイランへの攻撃で原油が逼迫(ひっぱく)し、ガソリン価格は高騰。インフレの気配が世界を覆う。全米で「反トランプ」の抗議行動が起きているが、そんな大統領でも30%近い支持率を保つ。支持・非支持は真っ二つに割れ、それぞれが自分に都合のいい情報に頼る。その対立に銃社会が重なれば内戦が起こるのでは。そんな想像を掻(か)き立てるほど政治対立は際立っている。晩餐会襲撃は、そんなかで起きた。
◆戦争は最高のビジネスチャンス
「民主主義」が無力化し、統治の崩壊が起こると、軍の重みが増す。歴史が示すところだが、アメリカで軍は、今のところ秩序を維持し、政府に比べればまともに見える。だが、急膨張する軍事費は軍の力が増していることの表れではないか。
戦争景気に便乗し、ミサイルやドローンなど攻撃兵器の増産だけでなく、宇宙空間の軍事利用や人工知能(AI)を組み込んだ自律型兵器の開発など新たな分野に軍の進出が際立っている。
武力に頼る国家は、軍と軍事産業が幅を利かす「軍産共同体」を生み出す。アメリカの強みは軍事産業で、軍は新技術の開発や新たな産業分野の開拓に貢献してきた。近年、日本でも「軍民共用(デュアルユース)技術」という言葉が使われるようになった。政府は、民間企業の中で「軍事転用」できるものを「経済安保」と称して育成し、大学や研究機関には「軍民共用技術」に補助金を出し奨励するようになった。
利益の極大化を目指す資本主義にあって、軍事産業が成長を求めればさまざまな理由をつけて軍拡路線が推進される。
日本に兵器爆買いを求める防衛費の拡大要求や、中国を射程に捉える敵基地攻撃ミサイルの配備などは、米軍と軍事産業が連携した対日政策と言えよう。
日常的な銃乱射で多くの人が犠牲になりながら、政府や議会が「銃規制」に踏み切れないのは、全米ライフル協会による政治工作(ロビー活動)があるからだ。
ガソリンスタンドの数より多い販売網を擁する銃ビジネスは豊富な資金とネットワークで議員を縛っている。銃規制を主張する議員には対立候補を立てて落選させることさえ可能だ。与野党が拮抗(きっこう)する米国で、ライフル協会の政治工作に耐えられる議員は圧倒的に少ない。しかも背後には、銃が命と暮らしを守る、という「銃信仰」ともいわれる社会的な刷り込みがある。
同様の構造が政権と軍産複合体の間にある。豊富な政治資金と集票力を持つ基幹産業は、あらゆる政治的手づるを使ってホワイトハウスを包囲する。大統領の権限をかざして世界に武器を売り込み、軍を基盤に新技術を開発する。インターネットがそうだったように軍事予算を使い、軍という大規模空間で、採算度外視の技術開発ができる。その恩恵は、軍と一体になった巨大資本にもたらされる。
トランプの周辺を見ればよく分かる。大統領が行うイベントには、億万長者になったビジネスエリートが勢揃(ぞろ)いしている。規制緩和、富裕層減税、保護主義的な国内投資の優遇(アメリカ第一政策)などは彼らが望む政策だ。
イーロン・マスクや孫正義までトランプに近づいたのは、政権と親しくすることがビジネスにとって都合がいいからだ。その動きの最たるものがAI産業との結びつきだろう。
ドローンなど武器のAI化や宇宙空間の軍事利用など「新たな成長産業」を視野に据える軍産複合体にとって、「民主主義の統治崩壊」は増殖のチャンスといえる。
AIやITの分野では「規制緩和」が成長の原動力になる。一方、技術を野放しにすれば、富の偏在や人権侵害など社会秩序の破壊を招く。新しい技術とその使い方は、社会にとって避けられない課題だ。サジ加減を握るのは政府であり、アメリカでは大統領だ。
統治が崩壊し、政治がジャングル化して強者の身勝手が許されるなら、軍産複合体が力を増すだろう。戦争は彼らにとって最高のビジネスチャンスだ。
◆日本も軍産連携へと踏み出した
アメリカにとって何も利益にならない、と言われるイラン攻撃に、なぜトランプがのめり込んだのか。
「イスラエルのネタニヤフ首相にそそのかされた」「ユダヤ資本のロビー活動の成果」などと言われる。真相はまだ明らかにされていないが、イスラエルにとって宿敵イランを無力化することは悲願でもある。アメリカを巻き込んだ戦争を継続することが「国益」だから、停戦への動きはことごとく潰す。それがイスラエルのやり方である。
同様に、戦争の恐怖が蔓延(まんえん)し、世界に緊張が走ることが軍産共同体に利益をもたらす。
銃社会が全米ライフル協会を潤し、乱射への不安が銃の売り上げを伸ばすのと同様に、戦争を必要とする軍産共同体の構造に、世界はどっぷり浸かっている。
他人事ではない。殺傷兵器の輸出解禁や、国家防衛基本戦略の書き換えなど、日本もまた軍産連携へと踏み出した。平和国家のはずだった日本が急速に変わってゆく。
トランプ狂乱。アメリカの統治崩壊をただ呆(あき)れているだけでは、その陰で力を蓄える軍と巨大ビジネスの関係を見逃すことになる。(文中一部敬称略)











コメントを残す