古川弘介(ふるかわ・こうすけ)
海外勤務が長く、日本を外から眺めることが多かった。帰国後、日本の社会をより深く知りたいと思い読書会を続けている。最近常勤の仕事から離れ、オープン・カレッジに通い始めた。
◆はじめに
前稿では、米国の文化人類学者デヴィッド・グレーバー(1961〜2020年)の『負債論――貨幣と暴力の5000年』(以下「本書」)における、貨幣の本質は「信用(負債)」であるという仮説について検討した。グレーバーは――貨幣は計算単位として生まれ、人間の債権・債務関係を記録した――ことを歴史的・実証的に示している。
本稿では、この「貨幣は信用」という見解を経済学の視点から考える。
貨幣の起源や本質に関しては、さまざまな説が唱えられてきた。経済学の始祖とされるアダム・スミス(1723〜90年)は、原初の状態は商品の「物々交換」であったと仮定する。仮定なので時代・場所は特定しない。そして、物々交換の不便さを解消するために特定の商品が自生的に貨幣となったと主張する。貨幣は商品の一つであるので「商品貨幣説」と呼ばれる。
現代の主流派経済学の新古典派経済学は、古典派経済学を継承している。経済理論は、アダム・スミス以来の商品貨幣説の影響を受けており、貨幣論の立場は商品貨幣説と言える。また、実際に、金や銀などの貴金属が貨幣として使われてきた歴史もあり、商品貨幣説は直観的に受け入れられやすく、現在では通説となっている。
この通説に対して、貨幣は商品ではない(内在価値を持たない)という説がある。その代表は、貨幣の本質を信用(負債)に見る「信用貨幣説」である。この仮説は新しいものではなく、20世紀初頭に唱えられ、当時ジョン・メイナード・ケインズ(1883〜1946年)が注目して、自己の貨幣観に取り入れている。現在の非主流派のケインズ派は、その流れを継承しており、主流派の商品貨幣説と対立している。近年話題を呼んでいるMMT(現代貨幣理論)は、ケインズ派の一学派が唱えており、信用貨幣説と表券主義(貨幣は国家の創造物)を貨幣理論の柱としている。
本稿では、信用貨幣説を中心に以下を検討していきたい。
(1)英国の外交官・学者のミッチェル・イネス(1864〜1950年)の信用理論(*注1):現在の「信用貨幣説」の土台となる貨幣論を唱えた
(2)ドイツの経済学者ゲオルク・フリードリヒ・クナップ(1842〜1926年)の「表券主義」(*注2):貨幣の価値や本質を国家の権威に求める考え方
(3)ケインズの貨幣観:信用貨幣説と表券主義を融合した
(4)信用貨幣説と商品貨幣説の比較
さらに、現在のケインズ派の貨幣理論における見解の相違に関して整理したい。相違の原因は、ケインズの(試行錯誤を示す)貨幣論のどこに焦点を当てて、どう解釈するかで見解が分かれることにある。ここでは、信用貨幣説と表券主義との「融合」に関しての見解の相違を考える。
また、「融合」の議論とは距離を置いて、信用貨幣説を深掘りしていくという研究の流れがあり、金融実務派の見解に近い。主要な論点を整理したい。また、この立場は、商品貨幣説を否定するだけではなく、MMTへの理論面からの批判という視点も有しているのである。次稿以降の考察につながる論点を洗い出したい。
◆イネス・クナップ・ケインズの貨幣観について考える
(1)イネスの信用貨幣説
信用貨幣説を最初に提唱した近代思想家は、英国の経済学者ヘンリー・ダニング・マクラウド(1821〜1902年)とされ、その研究はイネスによって継承、拡張された。ここでは、現在の信用貨幣説の土台となったイネスの信用貨幣説について検討する。(*注3)
イネスは、バビロニア(メソポタミア)の粘土板、中世イングランドのタリースティック(割符〈わりふ〉)、王室会計制度、銀行制度史などを研究する中で、商品貨幣説に疑問を提起して、貨幣=信用説を唱えた。
なお、「割符」とは、聞きなれない言葉であるが、負債を記録するために刻み目をつけた棒で、半分に割って使われる。中世のイングランドで割符棒は、借用証書として広く流通していた。素材自体は価値を持たないが、貨幣として流通していた信用貨幣の一つである。
イネスの貨幣論の骨子は下記である――
①通説である商品貨幣説を、歴史的根拠がないとして批判した
②替説として「貨幣は信用である」という信用貨幣説を提示した
▽貨幣は全て信用である:すべての貨幣は発行者の「債務」を表す印。ある人の貨幣は、別の人に対する「債権(信用)」であり、同時に誰かの「債務(負債)」
▽金属の価値は関係がない:信用の価値=貨幣の価値は貴金属の価値に依存せず、債権者の権利あるいは債務者の義務に依存する
▽売買の本質は商品と信用の交換:物を買うのは、商品と引き換えに「将来何かを受け取る権利(信用)」を相手に渡す行為
イネスが示した一連の主張は、現在の信用貨幣説の理論的土台となっている。また、グレーバーの信用貨幣理解とも重なっている。
(2)クナップの表券主義(「国家貨幣説」)
表券主義(Chartalism)とは、貨幣の価値は金などの貴金属の価値に裏付けられているのではなく、「国家が法によって納税の手段として認めること」によって生じると考える貨幣説である。貨幣の価値や本質を「国家の権威」に求めるので、「国家貨幣説」とも呼ばれる。なお、「charta」とは、ラテン語で「証書」「切符」を意味している。
クナップの表券主義の特徴は以下である(*注4)。
▽貨幣の本質を「債務や価格を表示する計算貨幣」と捉え、「名目主義(貨幣の価値は形態や実質ではなく法的概念)」に立つ。当時の金本位制のもとでの「金属主義(貨幣の価値は貴金属の価値に依存する)」を批判して提唱され、金属主義に立つ商品貨幣説を否定する。
▽政府が「この貨幣を税金で受け取ると宣言」することで、それが紙切れであろうと貨幣が成立すると主張する。表券貨幣を支えているのは、法貨規定よりも、国家による受容性にあると考えるのである。この点は、国家が租税を通じて貨幣流通を形成したというグレーバーの歴史的説明と重なる部分がある。
表券主義において、国家の役割は、制度として「計算単位」や「最終支払い手段」を法律で指定することに求める。表券主義は、信用貨幣説と親和性があり融合説につながっている。
(3)ケインズの貨幣観
ケインズは、クナップの表券主義とイネスの信用貨幣説を評価し、自らの貨幣観へと統合していったとされる。(*注5)
▽貨幣の本質を「債務や価格を表示する計算貨幣」と捉えた。
▽「どの単位を計算貨幣とするか」、また「その単位に照応する支払い手段(紙幣や硬貨など)として何を認めるか」を決定・布告する権限は国家にあると考えた。国家が貨幣を決める「国家貨幣」という視点を持った→信用貨幣説と表券主義の融合。
▽「鋳貨(ちゅうか)、証書、銀行券および銀行の帳簿上の信用は本質においてまったく同一である」というイネスの主張を支持した。
ケインズは、「計算貨幣」から「国家貨幣」が派生し、同時に債務の承認から「銀行貨幣」が派生したと考えた。そして近代貨幣の大きな部分を占める「銀行貨幣」に関心を持ち、「銀行が貸出によって無から預金通貨を創造すること(信用創造)」によって供給されると考えた。しかし、その後「国家貨幣管理(管理通貨制度)」に関心の重心を移している。この変化に関しては、理論上・政策上の必要性からという解釈(*注6)が納得性が高いと思われる。ただ、異なる見解(表券主義への傾斜)もある。ケインズは対象とする地域や時代変化によって、従来の理論を柔軟に変えたといわれるが、それは継承者たちに見解の相違を生む背景ともなったと思われる。
(4)「信用貨幣説」と「商品貨幣説」の比較
商品貨幣説は、①貨幣は物々交換の不便を解消するために市場で自生的に誕生した②貨幣の本質は内在価値にある③貨幣は鋳貨から兌換紙幣へと発展し不換紙幣(信用貨幣)となった――と考える。「物々交換→貨幣→信用」という貨幣の進化説である。
これに対して、信用貨幣説は、①貨幣は計算貨幣として生み出された②貨幣の本質は、債権・債務関係の記録である③信用の先行――を主張する。「信用→貨幣」の順序である。
商品貨幣説は、「物々交換→貨幣→信用」へと貨幣が進化したと考える。貨幣はモノから現在の信用貨幣に進化したとみなすことで、現在の信用貨幣中心の金融システムを説明するのである。しかし、グレーバーが指摘するように、考古学、歴史学、人類学の観点から、物々交換社会の存在は否定されている。反対に「信用の先行」が実証的、歴史的に示されている。「信用→貨幣」なのである。したがって物々交換から始まる進化説は、根拠を失うと考えられる。
商品貨幣説の弱みは、金との交換(兌換〈だかん〉)を保証しない「不換紙幣」が主流の現代の金融の仕組みを説明しきれない点にある。そうした批判に対して、商品貨幣説側からは、金との交換が停止された後も、国家が法律で「この紙に貨幣としての効力を認める」と強制(法定通貨化)しているため、社会全体で流通すると説明されることが一般的である。
しかし、この解釈は、商品貨幣説を表券主義によって補完しているわけではない。両説は論理的に両立しない。なぜなら、表券主義は貨幣の内在価値を認めない(名目主義)からだ。この結果、商品貨幣説は、本来の価値を持つ「商品(貴金属)」の裏付けを失った、一種の例外的な貨幣形態として不換紙幣を位置づける以上の論理を持たないのである。
一方、信用貨幣説は、歴史的に「信用の先行」が明らかにされている。また、表券主義とも親和性があり、不換紙幣の論理的な説明が可能である。したがって、信用貨幣中心の現代の金融システムが論理的かつ歴史的に説明可能となる。
◆ケインズ派内の解釈の相違
⚫️信用貨幣説と表券主義の融合
ポスト・ケインズ派(*注7)は、信用貨幣説と表券主義の融合というケインズの貨幣観を継承している。現在のポスト・ケインズ派は、信用貨幣説と表券主義の融合をどのように解釈しているのかについて、経済学者の内藤敦之(大月短期大学教授)は、以下のように整理している(*注8)。
1. 理論面
信用貨幣説と表券主義は、貨幣がなぜ価値を持つのかという点において、名目主義という立場を共有し、貨幣の機能を「債務の表示・支払い手段」と考える点で同じである。したがって両説は、商品貨幣説(「金属主義」の立場、貨幣は「交換手段」)を否定する。
2. 制度面
信用貨幣説では、貨幣は本来「社会的な信認・慣習」によって流通する。しかし、現実の制度においては、国家が「計算単位」や「最終支払い手段」を法律で指定する。したがって、現実の信用貨幣は表券主義の要素を内在させていると見なす。
3. 政策面
信用貨幣説においては、中央銀行は、複数銀行間の決済手段(準備預金)を提供し、システムの破綻を防ぐ「最後の貸し手」として機能する。表券主義においては、中央銀行は「政府の銀行」として財政支出・増税に伴う流動性変動を緩和し、国債売買などを通じて短期利子率を操作・管理する。どちらも、実際の政策手段は「短期利子率の操作」であり、中央銀行を通じて両システムは矛盾なく統合されている。
信用貨幣の流通は、社会的な信認・慣習による。しかし、それだけでは社会での強制力という点で安定性に欠ける。そこで、表券主義が主張する法律による「制度」を取り入れることで補完したという解釈が、「融合」の核心だと思われる。一方、表券主義だけでは、貨幣の円滑な供給が説明しきれないので、信用貨幣説がそれを補完していると見ることも可能である。
ポスト・ケインズ派は、信用貨幣説と表券主義の融合によって、現代の信用貨幣が大部分を占める金融システムの説明が可能になると主張するのである。
⚫️ ポスト・ケインズ派とMMT派
信用貨幣説と表券主義の融合を肯定する点では、MMTを含めたポスト・ケインズ派は一致している。しかし、どちらの説をより根本的な起源と見なすか、そして政府と民間銀行の機能のどちらを重要視するかという点において、MMTとそれ以外のポスト・ケインズ派は、対立的要素を内包していると思われる。
ポスト・ケインズ派は、民間銀行の信用創造が主役だと考える。国家はそれを支える制度の一つである。この見解は、グレーバーが提示する信用貨幣の概念と同じである。これに対し、MMTは、貨幣をピラミッド構造で考える。その頂点に位置するのが、国家(国家貨幣)である。民間銀行の信用創造はその下に位置付けられる。
貨幣論的に言えば、ポスト・ケインズ派は、信用貨幣説を基軸に据え、そこに表券主義を補完的に組み合わせていると見ることができる。これに対しMMTの基軸は、表券主義にある。そこに信用貨幣説を組み合わせているように見える。なお、MMTに関しては、次稿以降で検討したい。
◆「信用貨幣論者」という視点
⚫️信用貨幣説を深掘りする立場
こうした融合説の議論に対しては距離を置いて、信用貨幣説の研究を深めていく立場がある。学派があるわけではない。本稿では、便宜上、このような立場を「信用貨幣論者」と呼ぶことにする。
イネスなど先駆的な信用説を掘り下げて研究する学者もいれば、貨幣の供給という視点から信用創造や歴史の研究を通じて「内生的貨幣供給論(内生説)」を捉え直す研究者もいる。こうした「信用貨幣論者」は、信用貨幣説と表券主義の「融合」に対して理論的な方向性は評価しつつも、慎重な立場を示す傾向がある。
本稿では、金井雄一(名古屋大学名誉教授)の『中央銀行はお金を創造できるか』を参考に信用貨幣論者の代表的な見解を示したい。
⚫️信用創造と内生説の歴史的解釈
金井は、信用貨幣説のコア概念とでも呼ぶべき信用創造と貨幣供給(内生説)に研究の焦点を合わせる。すなわち、貨幣は経済外部から一方的に与えられるのではなく、経済内部の資金需要(→銀行の貸し出し)によって生み出されるという「内生説」を重視する。内生説に立つ点においては、MMT派を含めたポスト・ケインズ派と共通の理解を持っていると言える。
しかし金井は、銀行の信用創造こそが、「経済を駆動する」という考え方をより強く押し出している。それは、近代の決済システム(手形交換や帳簿決済)の研究を通じて得られた考え方である。そうした決済システムは、表券主義的に見れば、国家の介入によって形成されたという解釈が可能である。しかし金井は、国家が介入する前に商人や銀行の間の信用関係から内生的に発生したという歴史的先行性を主張するのである。
また、国家が税金を課すことで「貨幣を駆動する(表券主義)」のではなく、すでに民間で決済手段として機能している信用システムを、国家が「国定通貨」として制度化したことを実証的に示す。特に、銀行の振替・決済行機能に焦点を当てた、アムステルダム銀行からイングランド銀行という中央銀行成立の歴史分析は、興味深く非常に説得的である。そのため、両者を単純に国家主導で「融合」させる表券主義的議論には、慎重な態度を示しているのだと思われる。
⚫️MMT批判という視点
金井は、融合には以下の論理的弱点があると指摘する。すなわち、現代の中央銀行券(お札)や日銀当座預金は、政府の「徴税権」だけで直接発行されているわけではない。銀行が持つ「国債」の売買や、民間への貸し出し(信用創造)という資産・負債の厳密なバランスシートの論理によって流通している点を指摘する。
信用貨幣論者は、国債が商品経済的な市場メカニズム(民間銀行のバランスシート)に深く依存している現実を重視するのである。すなわち、民間銀行との国債売買は、あくまで私的取引であるので、相手(買い手・売り手)が必要である。民間銀行は、自行の採算を検討して売買するので、金利条件が悪いと売買しない(→金利が上昇する)。MMTは、こうした現実を無視した議論になっているのではないかという指摘である。
このように、金井説は、現在の信用貨幣を中心とした金融システムの歴史的事実、それによって形成された精緻な金融実務を重視した、納得性の高い議論であると考える。こうした視点は、特にそうした考察を過小評価して、財政の論理を表券主義的に押し出すMMTに対する有効な批判と言えるのでないかと考える。なお、MMTが内包する問題点に関しては、今後の稿で詳しく検討する。
◆まとめ
第1回「概論」で述べたように、シリーズ全体の構成は――(1)信用貨幣とは何かを明らかにする(2)信用の視点から主流派経済学の問題点を検討する(3)信用の視点からMMTに内在する問題点を考察する――である。
第1回から第4回(本稿)までの上記(1)〜(3)に対応する論点のまとめ、および今後の課題は以下である――
(1)グレーバーは――最初の貨幣は、計算単位であった。計測したのは、人間の債権・債務関係の記録であった――ことを歴史的・実証的に示した。こうした想像上の貨幣を信用貨幣と呼ぶ。経済学では「信用貨幣説」――貨幣は物質的な価値ではなく、信用(債権)に基づく負債(債務)として捉える――と呼ばれる。貨幣(負債)は信用取引によって生成され(経済の内部から生まれる)、債務の決済によって消滅する。現代の代表的な信用貨幣は、銀行預金である。こうした貨幣理解は、ケインズ派を中心に支持されている。
⇨信用貨幣説は、現代金融システムをどう説明するか検討が必要である。
(2)主流派経済学(新古典派)においては、貨幣は物質的な商品から自生的に発展したと考える「商品貨幣説」が、広く影響力を維持しており、社会一般の通説となっている。「商品貨幣説」によれば、貨幣は物々交換の不便さを克服するために、交換の媒介手段としての役割を果たすようになったと説明される。「物々交換→貨幣→信用」という貨幣の進化説によって、現在の信用貨幣中心の金融システムを理解する。しかし、考古学や人類学は「信用の先行」を歴史的・実証的に示しており、すなわち「信用→貨幣」を示しており、物々交換から貨幣は(現在の信用貨幣に)進化したという、商品貨幣説の基盤となる仮説は否定されている。
⇨商品貨幣説の基盤仮説の否定は、主流派経済学にどのような影響を与えるのかについて、さらに考察が必要。
(3)信用貨幣説は、ケインズが表券主義との融合を構想していたが、ケインズを継承するポスト・ケインズ派の中で、融合を巡って見解の相違がある。MMTは、その一つであり、表券主義的要素を強調する解釈をしている。また、こうした流れとは別に信用貨幣説を振替決済の視点から歴史的、実務的に考察する「信用貨幣説(内生説)の実証主義的アプローチ」の流れがある。内生説を「債権・債務(信用・負債)の決済ネットワーク」から捉え直す学説であり、貨幣を信用のネットワークと理解する。民間銀行の信用創造が持つ「経済を駆動する」力を重視する一方で、その不安定性をコントロールする必要性を指摘する。
⇨貨幣を「信用のネットワーク」と捉える見解は、今後考察が必要であるが、こうした視点を軽視するMMTへの有効な批判となりうると考えている。
ここまでみてきた信用貨幣説は、理論としては現代貨幣をよく説明しているように思われる。しかし、実際の銀行は、どのように貨幣を創造しているのか。また、中央銀行は、どのような役割を果たしているのだろうか。次稿では、信用貨幣説は、現代の金融システムを整合的に説明できることを示したい。
<参考書籍・文献>
・『負債論―貨幣と暴力の5000年』(デヴィッド・グレーバー、以文社、2016年11月初版、原著“DEBT:THE FIRST 5,000 YEARS”2011年初版)
・『経済学の壁―「教科書」の前提を問う』(前田裕之、白水社、2022年8月初版)
・『イングランド銀行公式 経済がよくわかる10章』(イングランド銀行〈ルパル・パテル&ジャック・ミーニング〉、スバル舎、2023年8月初版)
『社会経済の基礎』(松原隆一郎〈放送大学教授〉、放送大学教育振興会、2025年3月初版)
(*注1)イネスは、「貨幣とは何か?」(1913年)、「貨幣の信用理論」(1914年)という2つの論文を経済誌に発表した。ケインズが関心を持ち、その書評を書いている。(出所:Wikipedia)
(*注2)クナップの「貨幣国定説」は1905年にドイツ語で発表され、1924年に英訳された(出所:Wikipedia)。
(*注3)「イネスとケインズの貨幣論」古川顕(京都大学名誉教授)甲南経済学論集第58巻第3・4号2018年3月、「貨幣とは何か?―支払決済システムと金融仲介―」金井雄一(証券経済研究・第129号、2025. 3)、およびWikipedia。
(*注4)「クナップの貨幣国定説」古川顕(京都大学名誉教授)、京都大学経済学会第192巻第1号(2018年1月)、「スチュアートの貨幣論と表券貨幣説」柴田徳太郎(帝京大学名誉教授)、およびWikipedia。
(*注5)「ケインズの貨幣について」(鈴木典夫、経済論究. 62, 1985-08-10. 九州大学大学院経済学会)。「古代通貨から現代貨幣へ:ケインズ『貨幣論』における歴史と理論」(小畑二郎、2023年)(立正大学学術機関リポジトリ)、「イネスとケインズの貨幣論」古川顕(京都大学名誉教授)甲南経済学論集第58巻第3・4 号2018年3月
(*注6)「ケインズの貨幣供給論 ― 内生説と外生説」美濃口武雄(一橋大学教授)(橘論叢 第96巻5号)
(*注7)前田裕之は『経済学の壁――教科書の前提を問う』の中で、ポスト・ケインズ派を「新古典派に妥協するのではなく、ケインズの『本来の』主張に立ち返り、新古典派を批判しながら独自の議論を展開する」と位置付けている。そして「メンバーの顔ぶれは多彩である。一方でポスト・ケインズ派に明確な教義があるわけでもなく、メンバーの間で意見が対立している点もある。」としている。
(*注8)「貨幣・信用・国家――ポスト・ケインズ派の信用貨幣論と表券主義」内藤敦之(大月短期大学教授)











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