п»ї 「物価」について考える(その7) MMTの問題点(2)「外貨」 『視点を磨き、視野を広げる』第72回 | ニュース屋台村

「物価」について考える(その7)
MMTの問題点(2)「外貨」
『視点を磨き、視野を広げる』第72回

12月 20日 2023年 経済

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古川弘介(ふるかわ・こうすけ)

海外勤務が長く、日本を外から眺めることが多かった。帰国後、日本の社会をより深く知りたいと思い読書会を続けている。最近常勤の仕事から離れ、オープン・カレッジに通い始めた。

◆はじめに

本稿では、MMT(現代貨幣理論)の何が問題かについての第2回として、「外貨」について考えたい。

MMTの基本命題「通貨主権を有する政府は無制限の支出能力を有する」は、自国通貨に限られる。海外との貿易や投資の決済には、円と「外貨」の交換が必要である。本稿では自国通貨建ての「無制限」の支出能力は、外貨の「制約」によって影響を受けることを明らかにしたい。

日本は外貨獲得能力に優れ、経常収支は黒字を維持しているし、外貨準備は世界第2位、対外純資産は世界第1位である(*注1)。外貨に関して日本は、現在も世界トップクラスの力を有し、それが「円の信認」の基盤となっている。国際的に取引される通貨の中心的な位置を占める基軸通貨は米国ドルであり、「円の信認」維持にはドルを必要とする。この「円の信認」と「ドルの必要性」を切り口として、日本の通貨主権の「制約」について考えたい。

本稿では、まずMMTの外貨に関する考え方を確認する。続いて財政赤字と経常収支の関係を理解することで「円の信認」維持に必要な条件を検討したい。そしてコロナ危機に際して実施された米国主導の主要国に対するドル支援が示唆する「ドルの必要性」から、日本の通貨主権は「制約」を受けることを示したい。

なお、参考とするのは前稿と同じく、MMTについては島倉原(クレディセゾン主席研究員)の『MMTとは何か』と中野剛志(評論家)『富国と強兵』である。また主流派の財政再建論に関しては小林慶一郎(慶應義塾大学教授)編著の『財政破綻後』である。なお、併せて河野龍太郎(BNPパリバ証券)の『成長の臨界』を参考とした。

MMTの主張

変動為替相場制の採用

国際金融のトリレンマ――①資本自由化②固定相場制(為替の安定)③独立した金融政策は同時に二つしか成立しない――という国際金融の通説(*注2)がある。そこでは――日本を含めた先進国は②の「為替の安定」を諦めて変動為替相場制にすることで、①と③を維持している――と説明される。

島倉はこの説を引用して、MMTも②変動為替相場制が望ましいとする。そして③に関しては財政政策も含めた「独立した国内政策」に置き換える。その主張は――「資本自由化」と「独立した国内政策」は「変動為替相場制」採用によって維持しうる――というものである。

その理由として挙げるのは――

(1) 固定為替相場制では、自国通貨と外貨との交換に備えて十分な外貨準備を蓄積するために資本規制、あるいは純輸出を増やす政策(輸出を増やす開発政策や、輸入品を国産品に置き換える輸入代替政策)によって固定為替相場を維持する必要がある

(2)一方、変動為替相場制では、自国通貨安になれば輸出が促進され輸入が抑制されるので、自国通貨に対する需要と供給が新たな水準でバランスするよう機能する。金利引き上げで資金流出を防止する金融政策や、財政支出を削減して輸入を減らすといった財政政策の必要がない。この結果、「外貨準備の蓄積に制約されない」ので「政府により大きな政策余地を与える」

――である。

「円の信認」

経常収支構造の変化

前述のMMTの論理は、近年の日本の経常収支構造の変化(円安で輸出数量は増えず輸入が増えるので貿易赤字になる)が考慮されていないと思われる。

2012年以降に2回の大幅な円安局面(ドル円の暦年平均レート比較)があった(*注3)――

①2011年/79.81円→2015年/121.04円=約41円の円安

②2020年/106.77円→2022年/131.50円=約25円の円安(2023年にさらに円安進行)

こうした大幅な円安にもかかわらず、①②の期間ともに日本の貿易収支は赤字に陥った。原因は――円安であっても輸出の数量ベースの伸びが小さかった/円安で輸入金額が大きく増えた――ことである。為替と輸出数量の相関が崩れており、為替変動は輸出量にほとんど影響を与えなくなっているのである。背景にはグローバル化に対応した日本企業の生産拠点の海外移転が進む中、現地調達率が上昇したことが指摘されている(*注4)。

ただし、貿易収支は赤字になったが第一次所得収支が大きく伸びて経常収支は黒字を維持している。第一次所得収支は直接投資収益(海外子会社からの配当金等)と証券投資収益から成るが、近年前者が後者を上回るようになっている。従来は経常収支の黒字は貿易収支の黒字が支えていたが、現在は海外からの配当金などの第一次所得収支が牽引する形に変化しているのである(「経常収支構造の変化」)。

今後の経常収支の見通しに関しては、少子高齢化の影響で徐々に赤字に向かうという見方が多い。ただもっと早く赤字化する可能性も指摘されている。シンクタンクのシミュレーション(*注5)によると――円安はネットで経常収支の赤字要因、原油価格の上昇が赤字要因として大きい――とされる。為替とエネルギー価格次第で、経常収支はいつ赤字になってもおかしくないと考えるべきだろう。

経常収支と財政赤字の関係

日本は財政赤字なので経常収支は黒字でなければいけないと言われる。なぜそうなのかについて、河野龍太郎の論考(*注6)を参考に理解したい。なお、ここでの論理は【国内民間部門の収支+国内政府部門の収支=経常収支】という恒等式から展開されている。

河野は「本来、経常収支は赤字でも黒字でも問題ない」と言う。企業の利益とは全く異なる概念だからである。したがって「経常収支を増やすための政策は不適切(誤った場合デメリットが大きい)」とする。ただし「経常収支赤字の原因が放漫財政の継続にあるときは持続可能性に問題」があると指摘している。

その理由は――財政赤字を高い金利を支払う必要がある海外からファイナンスするということだからだ。巨額の公的債務を抱えているので、高金利がもたらす利払い費急増が税収を上回り、公的債務発散のリスクが高まる。問題の根本は経常収支の赤字にあるのではなく、財政赤字の慢性化にある。財政赤字を持続可能な水準まで引き下げることが必要――だとする。

これに関して島倉は、海外部門による国債保有は、金利上昇圧力や自国通貨安圧力が働くことを認めている。しかし――金利が上昇して国債の利払いが増えたとしても支出能力に制限がない主権通貨国の政府にとってはなんら問題はない――とする。国内全体の市場金利も上昇するが、それに対しては――中央銀行が市場を通して国債を購入することで市場金利を低下させることが可能――としている。

しかし、経常収支の赤字が続けば海外部門の国債購入が引き続き必要となり金利上昇圧力は一層強まる。そうなると、島倉が主張する「中央銀行による金利の抑制」は機能しない可能性が高いと思われる。

「ドルの必要性」

外貨流動性の確保は邦銀の課題

日本企業の貿易決済や海外投資(主にドル建て)をファイナンスしているのは邦銀である。また邦銀は、超低金利環境の長期化による国内の運用難を背景に海外資産を増やしており、対外債権はグロスで約4.3兆ドル(*注7)あるが、運用資産に対して調達の約6割は(短期の)市場調達とされている。邦銀は恒常的に市場でドル資金を調達する必要があり、かつ運用は長期で調達は短期という構造的脆弱(ぜいじゃく)性を持つ。

これに対してドルの供給者である米銀は、米国内の諸規制を充足するために資金を出さない傾向が強い(最近の金融引き締めでドル供給はさらにタイトになっている)。そのため、邦銀が市場でドル資金を調達するのは容易ではなく、平常時でも余分なコスト(プレミアム)を払わなければならない。金融システム全体が不安定になるとこのコストが跳ね上がる。外貨流動性のリスク管理は邦銀の長年の課題であり、日本経済にとって弱点と言える。

コロナ危機時にはFRBが主導してドル流動性支援

コロナ危機に際して、2020年3月に世界的なドル需給の逼迫(ひっぱく)懸念が起きた。ドル資金不足は、金融危機を誘発する可能性があり、流動性危機の発生を防がねばならなかった。結果的には、FRB(米連邦準備制度理事会)が主導して主要国の中央銀行にドル資金を供給することで危機発生を未然に防いだのであるが、その際の日銀の危機対応が「円の信認」と「ドルの必要性」に関し多くのことを示唆している。元日銀副総裁の中曽宏大和総研理事長が講演で、今回の危機対応を次のように解説している(*注8)。

①(今回のコロナ危機時に)日銀が最も懸念したのは、ドル資金の枯渇(こかつ)である。ドルは基軸通貨なので貿易や金融取引の決済に必要であり、コロナ危機でドルへの需要が予備的なものも含めて飛躍的に高まった(→すぐに必要としなくてもとりあえずドルを確保した企業が多かった)

②(手をこまねいているとドル決済ができず危機に陥るので)日銀が円を見合いにFRBからドルを調達して(これを「ドルスワップ」と呼んでいる)、国内金融機関に供給し、国内金融機関はそれを企業に供給することで支援した

③当時FRBは全世界の中銀(14行)に4500億ドルという巨額のドル資金を供給したが(「中央銀行の中央銀行」として機能)、全体の半分を日銀が占めた

④中央銀行による自国通貨の発行は無制限に可能なので、FRBのドル供給は無制限に可能であり、そのスワップの対価としての日銀券の発行も無制限に可能である。したがって、中央銀行間のドルスワップの仕組みに理論上は限度はない

中曽の発言は、主要国の中央銀行は過去の危機対応の教訓を生かして国際間の協力体制を構築しているので大丈夫だということを訴えているが、同時に基軸通貨であるドルを供給できるのは米国だけだということを示しているのである。その事実から導かれるのは、MMTがいう「制約のない通貨主権」を持つのは米国だけであるということだ。基軸通貨国ではない国は、ドル調達が必要でそれを米国に依存せざるを得ないという問題を抱えているので、通貨主権に制約があると考えるべきだろう。

米国の友好国であれば、危機時には米国の支援を得られる。今回のFRBによるドル供給の最大の受益者は日本であったことから分かるように、米国の同盟国である日本は米国のドル供給を心配することはないだろう。ただし、支援の対価として日本は政策的な譲歩を求められる可能性が高いと思われる。

◆まとめ

MMTは「通貨主権を持つ政府は自国通貨建ての無制限の支出能力を有する」とするが、「無制限」といっても、物価が上昇しても財政支出を続けると、インフレが加速していき通貨制度が崩壊してしまうので、歯止めが必要である。MMTは、供給能力とのバランスによる「実物上の支出制約」が歯止めとなるとする。その目安は「インフレ率」である。インフレ率が目標値を超えたら財政支出の削減か増税で物価を抑制するのである。しかし、前稿で見たように財政支出削減や増税は迅速性に乏しく、かつ政治的にハードルが高い。また現在日本が直面するコストプッシュインフレに対して財政政策は効果がない。「インフレ制御の困難さ」はMMTの問題点と言える。

それを「内」の要因とすれば、本稿では「外」にも問題(金利の上昇)を引き起こす要因があると考えた。それは慢性的財政赤字が経常収支の赤字を生むことで金利上昇圧力が高まることから生じる。常態化する財政赤字と巨額の公的債務残高があっても、日本の財政運営が維持できているのは、「金利がない環境」を日銀が創(つく)り出しているからだ。しかし金融正常化は不可避であり、財政赤字と経常収支赤字が続くとやがて金利上昇は避けられなくなる。

それによって、市場における「円の信認」が揺らいだ場合、日本は円売り、国債売りの圧力にさらされる。「ドルの必要性」が高まるので、危機を回避するためには米国に頼らざるを得ない。危機の波及を恐れて米国は支援するとしても、何らかの条件(例えば財政健全化)を付けられると考えるべきだろう。

MMTは「資本自由化」と「変動為替相場制」の下なら「独立した国内政策」を維持できるとするが、非基軸通貨国である日本の「独立した国内政策(=自律的な通貨主権)」は基軸通貨国である米国依存という「制約」から逃れられないと考える。

<参考書籍>

『MMTとは何か』(島倉原著、角川新書、2019年12月初版)

『MMTから読み解くお金(マネー)の本質』島倉原による講座(早稲田オープンカレッジ:2021年10月23日から12月4日まで5回の講義)

『富国と強兵――地政経済学序説』(中野剛志、東洋経済、2016年12月初版)

『成長の臨界――「飽和資本主義」はどこへ向かうのか』(河野龍太郎著、慶應義塾大学出版会、2022年7月初版)

(*注1)日本の経常収支は21.5兆円(2022年)、外貨準備高は1兆2380億ドル(2023年10月末)で中国に次いで世界第2位、対外純資産は418.6兆円で世界第1位である(資料:日銀国際収支統計他)

(*注2)国際金融のトリレンマはカナダ人の経済学者ロバート・マンデルによって提示された説。「不可能の三角形」と呼ばれる(出所:Wikipedia)

(*注3)財務省の国際収支推移(1996~2022年)より算出

(*注4)財務省国際局『経済収支の構造変化』(2018年6月22日)

(*注5)第一生命経済研究所『日本が経常赤字国になる条件』(2022年4月4日)

(*注6)河野龍太郎著『経常収支をめぐる誤解』(月刊資本市場2014年6月)

(*注7)邦銀のグロス対外債権は4.3兆ドル、グロス対外負債は1.5兆ドル、ネット対外債権残高は2.8兆ドル(2023年6月末)(資料:日銀『BIS 国際資金取引統計及び国際与信統計の日本分集計結果(2023年6月末)について』)

(*注8)日経バーチャルグローバルフォーラム第9回:「コロナ危機への政府対応の評価と今後の課題」(2020年8月29日)での中曽宏大和総研理事長(元日銀副総裁)の講演を要約。その下敷きとなったと思われるレポートが大和総研から『ドル資金需要に対応する中央銀行間スワップ』(2020年4月7日)として公表されている

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