п»ї 4年ぶりのヨーロッパ訪問で感じたこと(上)進行する地球温暖化 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第254回 | ニュース屋台村

4年ぶりのヨーロッパ訪問で感じたこと(上)
進行する地球温暖化
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第254回

11月 17日 2023年 国際

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住25年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

2020年初頭に流行が始まった新型コロナウイルスは、世界の人々の交流を分断してしまった。約3年にわたって人々は外出もままならず、じっと我慢を強いられてきた。ようやく昨年の半ばから、人々は移動をはじめ観光を楽しむようになってきた。かくいう私たち夫婦も2015年から過去5年間楽しんできたヨーロッパ旅行を、19年を最後に中止せざるを得なくなった。しかしようやくコロナ禍に対する気持ちの踏ん切りもつき、今年8月終わりから4年ぶりのヨーロッパ旅行に出かけてきた。

私の住むバンコクからヨーロッパ諸都市に飛ぶ直行便のフライトが少なくなっていること、またしばらくぶりのヨーロッパであることを踏まえて、今回はオーストリア(ウィーンとザルツブルグ)、クロアチア(デュブロブニクとザグレブ)の2か国4都市を約2週間、従来と比べて若干短い旅程とした。今回はこの旅行を通して、久しぶりのヨーロッパで感じた私の所感を述べてみたい。

◆灼熱のザルツブルグ

まず何よりもびっくりしたのは、地球規模で進行している地球温暖化である。バンコクから直行便でウィーンに到着したが、そのウィーンの温度が36度だった。5年前の8月半ばに同じようにウィーンに旅行で訪れたが、その時は肌寒さを感じ、妻はコートを着て街を歩いていた。ところが今年は、日中に外を歩くと頭がクラクラする。5年前に買ったオーストリアの旅行本には、ウィーンの8月の気温は26度ぐらいを指し示している。こうしたグラフは当該月の平均気温を記載しているため単純比較はできないが、ウィーンの人に聞くと、コロナ禍前に比べて5度は上がっているという。

もっと驚いたのがザルツブルグである。アルプスの麓(ふもと)にあり避暑地として名高いザルツブルグでは、毎年7月の終わりから8月にかけて世界的に有名な「ザルツブルグ音楽祭」が開かれる。三つの劇場でマチネ(昼間の公演)を含め毎日5~6回、オペラ歌劇や交響楽の演奏が行われる。夏に開催される音楽祭はイタリア・ベローナとこのザルツブルグに限定されるため、世界中の有名な歌手や演奏家が出演する。このためヨーロッパ中の音楽好きのお金持ちが集まり、チケットを取得するのも難しい。耳の良い音楽愛好家が集まるため、演奏家も真剣勝負で挑む。現代的演出の実験場でもあり演奏家の緊張も増すことから、音楽水準の高さは他の音楽祭と比べものにならないと聞く。

ザルツブルグ音楽祭の会場は、タキシードにイブニングドレスの紳士淑女であふれかえる。今時(いまどき)オペラの初日でもない限り、タキシードやイブニングドレスに身を包んだ観客にお目にかかれるのは、このザルツブルグ音楽祭とウィーンなどで開かれるニューイヤーコンサートぐらいだけだと聞いたことがある。さながらヨーロッパの社交場である。現に観客同士は知り合いが多いようで、オペラの幕間(途中の休憩時間)ではシャンパンを傾けながらお互いに声をかける。ここは私が知らない別世界。5年ぶりにこの別世界を経験するために3日分のオペラとオーケストラ(ウィーンフィル)の演奏チケットを買い込んで、私たちは意気揚々とザルツブルグに乗り込んだ。

ところが、である。ザルツブルグで借りたアパートには備え付けのクーラーが設置されていない。わずかに扇風機があるだけで36度の暑さに耐える手段がない。もちろん外は灼熱(しゃくねつ)の地獄。70歳になろうとする老体には長い間、外をうろつき回る体力がない。古い街なので全館冷暖房が効いたような現代的ビルもない。レストランに入っても、もともと避暑地であるため、ここでも冷房が設置されていない。そのため大きな日傘をさした外部スペースで食事をさせられる。逃げ場所が見つからないのである。

もちろんホテルであれば冷房施設もあったであろう。しかしこの音楽祭の季節だけ多くの人が集まるザルツブルグには、すべての観客を収めるだけのホテルの施設はない。従来から、民家を借りて音楽祭を聴きに行くのは当地の習慣であった。こんな理由でザルツブルグ滞在の4日間は、昼間は外出せずベッドに横たわり、できる限り体力の温存を図った。

◆オペラ観劇中に熱中症

しかし観劇の2日目に“悲劇”が起こった。なんとなく体調がすぐれずにオペラ会場に到着した私は、炭酸水で水分を補給し座席についた。その日のオペラはもっとも広い会場で演じられるため、観客も多く冷房の効きも悪い。

オペラが始まってすぐに体調の異変が始まった。熱が体内のこもり寒気を感じる。身体が震え、生あくびが出る。どうも熱中症にかかってしまったようである。オペラが始まっているので外に出るわけにもいかない。ほかの客に迷惑がかかり、オペラが中断してしまうかもしれない。すぐに隣に座っていた妻が私の異変に気付き、私の手を握ってくれた。妻のぬくもりを感じ、私は救われた。ネクタイを緩め、妻が持っていた冷却タオルを首に当てた。あと1時間もすれば途中休憩があるはずである。それまで何とか耐えなくてはいけない。

そうこうするうちに、前席に座る男性客何人かがジャケットを脱ぎ始めた。やはり会場は暑かったようだ。上着を脱ぐのはエチケット違反だと思われたが、ほかの人がやり始めたので私は救われた。私も上着を脱ぐとネクタイも外した。妻は持参していた扇子で必死に風を送ってくれた。こうした妻の努力のおかげで40分ぐらい過ぎたところからようやく私は正気を取り戻した。

少しずつオペラの内容も耳に入るようになってきた。「ギリシャの受難劇」と名付けられたその日のオペラの演目は「十字架に張り付けられたキリストの受難が20世紀のギリシャ人の身に降りかかる」という社会性を帯びた悲劇である。主人公たちを「ギリシャ人」から「中東からのヨーロッパ移民」に衣替えした現代版の悲劇は、その内容の重たさから途中の休憩時間なく2時間ぶっ通しの公演となった。

妻の支えで何とか生き返った私はこの2時間を耐え抜き、途中からはオペラを理解できるほどに回復した。しかし、隣に座る私の妻は生きた心地がしなかったようである。結局、最後までオペラには全く集中できなかったようである。申し訳ないことをした。それにしても地球温暖化の影響を、こうした形で実際に自分が経験するとは夢にも思わなかった。

日本も今年の夏は前代未聞の暑さに襲われた。私も8月の第1週に日本に出張して日本の熱暑を体験した。しかし、この異常気象は日本だけの話ではない。ヨーロッパで自ら熱中症になって「地球温暖化問題は人類を滅ぼしかねない」抜き差しならない問題となっていることを初めて実感した。

◆環境保護と世界遺産の保持に努力

ヨーロッパではこの「地球温暖化」問題をどのようにとらえているのであろうか? 残念ながら、この深遠な問題をたった2週間のヨーロッパ滞在で理解することは不可能だ。それでも旅行中にわずかに会話をした旅行ガイド、タクシー運転手、アパートの管理人、レストランの給仕などがいる。彼らと話をしていても「地球温暖化」に対する危機感は感じられる。

オーストリア、クロアチアの両国とも買い物に出かけてもプラスチック袋にお目にかかることはない。買い物客は布製の買い物袋を持参する。商品棚にもペットボトルは見当たらない。紙ボトルかガラス瓶である。コーヒーショップの持ち帰りの飲み物も紙容器で提供される。プラスチック製品の使用は最小限にとどめる努力が感じられる。

自然環境の保護も力を入れていることの一つのようである。積極的に植林を進め、街中でも緑にあふれかえっている。ザルツブルグはもともと別荘地で草木が多いが、クロアチアの首都であるザグレブ市も街中の至る所に公園があり、大きな木が生い茂っている。ウィーンも同様に公園が多くあり、一歩郊外に出れば森である。植物による二酸化炭素吸収を積極的に推し進めているのであろう。

ついでに言えば、クロアチアはドブロブニクやプリトヴィツェ湖群国立公園など八つの世界遺産(自然・文化)があるが、今回はこのうち3か所を訪れた。実際に訪れてみてわかったことだが、クロアチア政府はこれらの世界遺産を訪れる観光客の数を厳しく制限している。当然のことながら、環境保護と世界遺産の保持が目的である。経済優先で、観光客を野放図に受け入れるどこかの国々とは大きな違いである。

◆自転車道路の整備と手際良いごみ収集作業

オーストリアやクロアチアの諸都市では、街中に自動車の通れない場所が多く存在する。これは、観光都市として観光客への配慮とともに、地球温暖化への対応である。自動車の乗り入れが制限されるとともに、自転車(二輪車)専用道路が各地に整備されている。自転車が歩道を走ることもなく、歩行者と自転車のすみ分けができている。

人々は通勤にも積極的に自転車を利用しているようである。ヘルメットをかぶりリュックサックを背負った背広姿の男性や、子供を補助車に乗せたママさんたちの通勤風景が各所で見られた。

ヨーロッパの観光都市の中心部に自動車が通れない場所が多く存在すると紹介したが、数少ない例外が存在する。それは、早朝に見受けられるごみ収集車である。

ヨーロッパのごみ収集作業は素晴らしく美しい。道路に一定の距離で置かれた日本人女性の背丈ほどの大型のごみ箱は基準が統一され、取っ手が付いている。ごみ収集車の作業者は運転手1人だけで、リフトを使って自動でこれらのごみ箱からごみを取り出す。人力を介さないのである。作業も極めて手際よく、短時間でごみ回収が終わる。

大型のごみ箱は堅固に密閉されているため、カラスが寄ってくることはない。ましてや今の日本で話題となっているクマが人里に現れて、食べ物などの残骸物を食い散らかすこともないであろう。こうした光景を見ていると、人間と動物がお互いに共存していくためにも人間の矜持(きょうじ)が試されているような気がする。

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