負の連鎖のなれの果て-日本の崩壊を恐れて
『バンカーの目のつけどころ、気のつけどころ』第176回

9月 04日 2020年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住22年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

私はこれまで、この「ニュース屋台村」を通じて何度も日本の問題点を指摘してきた。海外にいるからこそ、日本を客観的に見ることができる。しかし、私は日本にいないから、日本のすべて理解できているわけでもない。ではなぜ、私はこれまで何度も日本の問題点を指摘したのであろうか? それは私が一人の日本人として、純粋に日本の将来を心配しているからである。この20年間、国力が急速に衰えた日本。このままでは悲惨な将来が日本人を待ち受けている。ニュース屋台村に書いていくうちに、そんな強烈な危機感が私の中でどんどん膨れ上がってきている。

一方で、こうした危機感だけで文章を書くことはリスクが残る。人類は文字を発明してわずか5千年。人類がサルと分化したのが700万-500万年前。急速に進歩している「核DNA分析技術」で現生人類であるホモサピエンスが誕生したのが77万-55万年前と推測されている。こうした長い人類の歴史の中で、我々が文字を使ったのはたったの5千年なのである。人類が誕生してからの歴史と比較すれば、わずか1000分の1である。

我々人類はどうも文字を十分に使いこなせてはいないようである。文字を使った文章から冷静な判断を下すことに人間は慣れていない。むしろ人間行動の大半は、遺伝子コードにのっとった「好き・嫌い」の価値軸で「無意識」のうちに決定されている、ということが脳医学で分かってきている。人間同士のコミュニケーションでは「論理的」かつ「科学的」に説明を展開しない限り、無意味な議論で終わる可能性が高い。新型コロナウイルス禍をめぐる最近のSNS上での「不毛でエキセントリックなやり取り」がその格好な事例であろう。

◆日本の今の問題点

だからこそ私はこのニュース屋台村では、なるべく客観的なデータを提示し、以下のような日本の問題点を何度か指摘してきた。

▽利権と選挙対策のために国民の税金を使った財政資金を無駄遣いしてきた政治家・官僚

▽過去の成功体験とコンプライアンスを武器とした企業官僚の無策で衰退する大手民間企業

▽景気対策の公共事業という「麻薬」におぼれ、非効率な体制を温存した中小企業

▽関係省庁の規制に守られ海外勢との競争を回避、じり貧の農業・漁業・港湾業・空港業務

▽顧客に寄り添わず自己利益の追求にまい進、新種業務に積極的でない銀行・証券業界

▽急速な科学の進歩に取り残され、研究論文数でも米国・中国に後れを取る科学技術力

▽教育水準の向上をなおざりにし、中国やシンガポールに差をつけられた日本の大学

前回8月21日付の第175回「コロナ禍で目前に迫る日本の財政崩壊」では、客観的なデータを使い、日本の崩壊が来年以降起こりうる可能性について検証した。また、上述した負の連鎖により、残念ながら日本の国力はこの20年間下がり続けている。1人当たりの国内総生産(GDP)は世界25-30位あたりをうろついており、日本はもはや豊かな国ではない。それが証拠に昨年末まで、銀座や京都の高級料亭やすし屋は金持ちの中国人やタイ人などが押しかけ、日本人の姿は少なかった。新型コロナ禍が収束し活気が戻ってきた現在のバンコクでも、高級すし屋やレストランは富裕層のタイ人があふれ返り、日本人はほとんど見ないという。こうした日本の国力の低下について、日本のマスコミはほとんど取り上げない。事実を伝える報道としての矜持(きょうじ)はどこに行ってしまったのだろうか? 否、本当に問題なのは、こうした見たくもない現実から目をそらす日本人一人一人なのだろう。

◆経済が破綻した社会を想像してみる

それでは、日本は財政が破綻(はたん)するとどのようなことが起こるのであろうか? これからは想像の世界である。もちろん財政破綻が回避できることが最も望ましい。日本の危機的状況を国民が理解し、早急に手を打てばまだ間に合う。しかしそうなるためにも、我々は悲惨な将来を想像することも必要かもしれない。

人類進化学では「不安の感情が人類の進化をもたらした」としている。不安の気持ちを日本人が共有化すれば、最悪の事態を回避できるかもしれない。では、いよいよ想像の世界に戻ろう。これから展開する想像の世界は、決して私の頭の中だけで作られたものではない。

1975年米ニューヨーク市、2003年米デトロイト市、2007年北海道夕張市では、いずれも地方財政レベルで財政破綻を経験している。1982年のメキシコから始まる中南米危機、1987年の「ブラックマンデー」と称される世界的な株価の大暴落、1997年のアジア通貨危機など、国家レベルの財政金融危機も過去には起きている。

今年67歳になる私は不幸にもこれらの多くの危機を自分自身で経験してきた。1980年に財政破綻状況にあったニューヨーク市を初めて訪問。1982年以降は東海銀行国際部の中南米担当として中南米諸国向けの債権回収に奔走(ほんそう)。1987年に2度目の米国赴任を命じられるが、ブラックマンデー以降の傷ついた米国経済にあって東海銀行米国子会社の立て直しと不良債権の回収を担当。アジア通貨危機が起こると、再びその最前線である東海銀行バンコクの責任者として送り込まれた。経済の破綻した国家や都市の状況を実際にこの目で見てきたのである。

まず、国家で結果として起こることは、通貨の切り下げと極度のインフレーション(以下インフレ)である。円に対する市場での信認がなくなると、円の価値は一気に下がる。『サピエンス全史』(河出書房新社)の著者であるイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の言葉を借りれば、現代の通貨は金本位制の時代と異なり単に国家に対する信認だけで成立しているものである。国家への信認がなくなれば通貨の価値が下がる。通貨価値が下がれば、下がった通貨に見合った品物の価格の再値付けが行われる。この価格変動がインフレである。

過去の事例からすれば、数十%から数百%のインフレは当たり前の世界となる。中南米では年率数千%のインフレが起きている。円の価値が下がれば食料や日用品の多くを海外からの輸入に頼っている日本は、海外からの購入が困難になる。この購入の困難さが再び日本国内での品物不足を生み、インフレは再拡大していく。中南米諸国で頻発するお決まりのコースである。

この時、我々に降りかかる災難はハイパーインフレだけではない。日本政府はかなりの確率で預金封鎖令を発令するだろう。預金封鎖が実行されると。ハイパーインフレが進行する中で預金の価値は減価され、人々は財産を失うことになる。一方で、日本政府はこれまでに莫大(ばくだい)な金額に膨れ上がっていた国債という借金を棒引きにできる。

ハイパーインフレとともに我々を襲うのは、深刻な失業である。製品競争力があり海外で幅広く業務を展開している企業を除いて、日本の多くの企業は倒産の危機に直面する。ハイパーインフレ下で資金繰りがつかず、国内不況から売り上げも激減する。企業が倒産すれば当然従業員も失業する。街には失業者があふれ、浮浪者が食べ物を求めて街をさまよい歩く。食べ物が必要になるのはこうした失業者だけではない。国家財政が破綻したのだから失業保険が出ないだけの話ではない。年金の支払いや生活保護費の支払いも滞る。多くの高齢者が路頭に迷う。

日本の65歳以上の高齢者の割合は2019年9月時点で総人口の28.4%となっている。この層にも危機が直撃する。倒産するのは民間企業だけではない。国家財政が破綻すれば役人への給料も支払われない。公立病院は閉鎖され、病人への治療が施されなくなる。死人が急増する。ごみ収集車が街に来なくなり、街はごみと悪臭であふれ返る。不衛生な環境が生まれ疫病が流行すると、さらに死者が増加する。街から警察官も消え、いたる所で犯罪が横行する。空きビルや空き家にはこうした犯罪者が住みつき、商店のシャッターや鉄道車両などには落書きが横行。日本全体がスラムと化していく。

◆日本を迎え待つ最悪の事態

こうした事態は決して絵空事ではない。1980年に私が訪問したニューヨークはこの状態に近かった。街中で犯罪が頻発し、地下鉄には浮浪者が住みつく。当時は絶対乗ってはいけないという危険な地下鉄路線があり、一般の人たちは利用しなかった。タクシーも運転席と乗客席の間に防弾ガラスの遮断板が設けられている。ニューヨークの一流ホテルのカウンターも防弾ガラスの遮断板が設置され、客室のカギも2重で必ずチェーンを使うようにホテルから言われた。一流ホテルの館内といえども安全ではない。街中にごみがあふれ返り、異臭が漂っていた。今でこそ観光地として活況を取り戻したハーレム街も当時は無法地帯であった。「日中でも殺人事件が頻繁に起こっているので、ハーレム近くには自動車でも立ち寄らない」と当時の駐在員に告げられた。

もし日本が崩壊すると、当時のニューヨークに近い状態になるのであろうか? 日本中に失業者があふれ都市のスラム化が進行すると、人々の気持ちは当然不安に満ち、ストレスがたまる。ストレスがたまると、人々は互いに傷つけ合う可能性が高まる。最近の「コロナ警察」に代表される行動様式である。

第2次世界大戦時、日本では各集落に「隣組」が組織され、物資の配給制度を担うとともに思想統制などの相互監視を行った。脳医学的にも、自律神経の調節作用を持つセロトニンが少なく集団帰属欲求が強い日本人は、少しでも異なった意見や行動をとる個人に対して徹底的な「いじめ」と「村八分」を行った。また、日本軍では「教育」や「訓示」の名目で上級兵が下級兵を殴ることは日常茶飯事だった。「訓練」の名の下では下級兵が倒れるまで腕立て伏せやランニングをやらせた。今では考えられないほどのいじめが、ここかしこで行われた。

人間は極限状態に置かれると、「他人を虐待することで喜びを感じる」残酷な生き物である。脳内ではアドレナリンやドーパミンなどの快楽系情報伝達物質が分泌され、自分自身が持っている不安感を相殺する。日本が崩壊するとこうした状況が現出するかもしれない。自分とは異質な人間や弱者を探し出しては、こうした人に攻撃を仕掛ける。人間の最も醜い部分が現れる。あなたの周りのすべての人は、犯罪者か敵かもしれない。そんな恐怖観念であなたをおかしくする。日本人誰一人としてこんな無法社会と無縁ではいられない。第2次世界大戦において、すべての日本人が戦争加害者として、同時に戦争被害者としても戦争の渦中から逃げられなかったように。

我々日本人は、こんな事態を迎えてしまっては絶対にいけない。なんとか日本崩壊を回避しなければ、こうした最悪の事態が我々を迎え待っているかもしれない。

◆危機感を共有し、痛みを伴う改革に覚悟を

人間は誰しも幸福を願って生きている。人間の幸福は、脳医学的には快楽系・報酬系の神経伝達物質が分泌されている状態である。米国の心理学者であるアブラハム・マズローの「欲求の5段階説」によれば、人間の欲求には「生理的欲求」「安全の欲求」「社会帰属の欲求」「承認欲求(誰かに良い評価してもらいたい)」「自己実現の欲求」の五つがピラミッド的に存在している。最近の脳医学では「生理的欲求」から「承認欲求」まではその欲求が満足すると、脳内にドーパミンなどの快楽系・報酬系の神経伝達物質が分泌され、側坐核や尾状核など脳内の快楽を感じる器官を刺激することが分かっている。「自己実現欲求」についてはこうしたことは検証されていないが、心理学の実験ではその存在が認められているようである。

いずれにしても、人間が幸福に暮らしていくためにはマズローの欲求を充足する環境を整えることが肝要のようである。「食べ物と睡眠場所を確保してまずは生理的欲求を満たす」「犯罪や戦争などの危険を防止して安全の欲求を満足させる」「健全な社会を維持しその構成員となる権利を確保する」。こうしたことは、日本の国家財政が破綻すれば国が日本国民に対して保証ができなくなることである。

日本人がこれからも幸福に生きていくためには、まず何よりも現実性が増してきた日本の国家財政の破綻を避けなければならない。過去20年にわたり政治家・官僚に丸投げの形で国家財政の使途を任せた結果が現在の状況である。国民一人一人が政治に関心を持ち、財政のあり方に関与しなければ状況はますます悪くなる。また財政の健全化のためには国民の痛みを伴う変革が必要となる。ひたひたと迫る最悪の状況よりは、現在の痛みを伴う改革のほうがまだ良いという覚悟も要求される。

さらにマズローの「承認欲求」を日本人として満足させるためには、過去20年間で低下した日本の科学力・技術力・経済力を再度高める必要がある。矮小(わいしょう)な日本賛美ではなく、真に世界に通じる日本人としての誇りを再構築することである。こうした努力を行えば、日本の国力は自然と上がる。日本の国力が上がれば、国家財政の健全化も容易になるであろう。

日本は戦後の混乱からいち早く復興し、工業化を推進し国富を蓄積してきた。しかし過去20年間でこの貯金を食いつぶしてきてしまった。残念ながら、日本はすでに盤石な状態ではなくなってしまったということある。だからと言って、日本が来年以降すぐに破綻をするとは思っていない。今回の新型コロナ禍を受けて、世界には日本以上に脆弱(ぜいじゃく)な国が顕在化してきた。日本にはまだ若干の時間が残されている、と私は信じている。しかしこの若干の時間を無為に過ごしてしまったら、日本の破綻はあっという間に現実化する。そうすれば本稿で想像した世界が日本人を襲う。国民が危機感を共有して早急に対策を講じなければ手遅れになるかもしれない。

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第175回コロナ禍で目前に迫る日本の財政崩壊(2020年8月21日)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-36/#more-11003

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