コード生成AI以前のデータ技術
『おいしいデータの家庭料理』第19回

9月 21日 2026年 文化, 社会, 経済

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

株式会社ふぇの代表取締役社長。独自に考案した個体差の機械学習法、フェノラーニング®のビジネス展開を、栃木県那須町で模索中。元Pfizer Global R&D, Clinical Technologies、 Director。株式会社ダイセルと株式会社クレハの研究開発部門勤務。ロンドン大学St.George’s Hospital Medical SchoolでPh.D取得(薬理学)。東京大学教養学部基礎科学科卒業。趣味は農作業。

オルタナティブデータ解析に最適なOrangeの兄弟ソフトQuaser

前シリーズ『みんなで機械学習』において、オープンソースの無料ソフトOrangeの紹介や活用を想定していた(※参考1:『みんなで機械学習』第11回、個体差の機械学習、2022年10月19日、https://www.newsyataimura.com/yamaguchi-81/)。Orange Data Miningはスロベニアのリュブリャナ大学で開発され、日本でも自然科学関連で活用されている(※参考2:『Orange Data Miningではじめる-マテリアルズインフォマティクス』〈木野日織、ダム ヒョウ チ、近代科学社、2021年〉)。Orangeの兄弟ソフトで、スペクトル解析関連のツールが充実しているQuaser(クェーサー)は、オルタナティブデータ解析に最適な、Python言語のビジュアルプログラミングソフトだ。本シリーズ『おいしいデータの家庭料理』では、Quaserを使って、個体差の機械学習フェノラーニング®を実装してゆきたい。

本シリーズでは、Positronというコード生成AI(人工知能)以降のPython/Rプログラミング環境を紹介してきた。筆者は、グーグルのAI・Geminiを使っている。コード生成能力は、オープンAIやアンソロピックには多少劣るけれども、Python言語はグーグルが推進してきたし、Geminiは、グーグルのクラウド環境Google Workspaceとの相性が良い。Positronは、アンソロピックのクロード(Claude)が主流派のようだけれども、Geminiを利用することもできる。実務では、コード生成よりもヘルプ機能を使う場合が多いので、インターネット検索に強いGeminiで十分だ。Geminiのセキュリティー環境を、有償のビジネス用途に設定して、個体差の機械学習フェノラーニング®のコードを、AIに学習させないようにしている。Positronはインターネットに接続しなくても動作可能だ。実務のデータ解析は、オフラインで行うことにしている。Orange/Quaserも、オフラインで問題なく動作する。

最近では、AI脅威論が、毎日のようにニュースで取り上げられている。実際に、オープンAIやアンソロピックなどの先端AIシステムの開発は、より慎重に行われるようになるはずだ。AIが、PCやサーバーを直接操作するエージェントAIは、確かに大変危険で、AIが作成する、数千エージェント規模のハッカー集団を相手に、人間が防戦することはほぼ不可能だろう。さらに危険なのは、AIが量子コンピューターを操作するシステムだ(※参考3:『「汎用人工知能・AGIはもう来ている」量子物理学者が告げた理由』、https://news.yahoo.co.jp/articles/cb5f3053a5709930e0af3c5d66dd258c2210217f)。量子コンピューターが人間の能力を超えることは明らかだ。インターネットの暗号システムで、暗号資産も依存する、RSA暗号(巨大素数を使う、公開暗号システム)が破られることも想定範囲内になってきた。

これらの悪いニュースは、戦争や貧困で死んでゆく、多くの弱者にとっては、現実の最悪のニュースではない。金融システムが破壊され、人類が滅亡の危機に直面したとしても、人類に滅ぼされつつある動物や植物にとっては、チャンスかもしれない。AIなんて、インターネットのゲーム程度のものと見なして、もっと重要で将来性のあるビジネスを見つけて、金融資本主義のさらに先を想像してみよう。筆者は、AIよりも根源的で面白いのは「データ」そのものと考えている。センサーが作り出す、大量の意味不明なデータをビジネスにする冒険の、ベースキャンプ作りをしている。アルパカキャラたちに、物語を続けてもらおう。

4.3 まばらでゆらぐオルタナティブデータの調理法
個体差ってなんだろう

フェナ:双子の兄弟だって、見かけは似ていても、性格や考え方はずいぶん違うこともあるでしょ。双子も、病気をしたり、老化したりすることは別人なのよ。個人差があるのは、当たり前でしょ。じいは、あえて個体差などと、難しい言い方をするけれど、本当は、何が問題なのかしら。

フェノじい:身長だって、背が高い人もいるし、低い人もいる、身長の分布は対数正規分布をしているだけのことじゃな。薬が効く患者もいるし、効かない患者もいる、効く・効かないは2項分布であることは自明じゃの。たくさんの変数があれば、変数間で相関が強い場合もあるし、相関が弱い場合もある、これも常識程度の話じゃな。個人差があって、何が特別なのじゃろうか。まず、はっきりしていることは、変数自体が意味不明なデータの場合、例えば心音図(聴診器のデータ)を想像すれば、普通の人には意味不明であっても、たくさんの健康な人と、心臓に問題がある患者さんを診察してきた医師には、問題がありそうだということが直感的にわかるのじゃ。健康な人と心臓病患者を区別するためには、個人差を注意深く観察する必要があるぞ。もう少し詳しく調べて、データをモデル化する場合に、モデルのパラメータを直接測定できる場合だけではなく、モデルを使って、データから推定する場合があって、その場合は、パラメータが取りうる値(分布状態)を仮定するので、個人差が大きいのか小さいのか、統計モデルとしても問題になるのじゃ。

フェナ:なんか、難しくなってきたわね。そういう難しい統計の話ではなくて、パソコンに個人差を機械学習してもらって、どんな良いことがあるのか、何の役に立つのか、という話を聞きたいのよ。

フェノじい:難しい統計が、簡単になるというのでは、専門家だけの話で、面白くないということじゃの。病気になれば、医師の問題だけれども、健康な状態をどう評価するのかという問題は、難しくて正解は無いぞ。だけど、病気になりそうなので、予防しようとすると、グレーゾーンになのじゃ。健康な状態、もしくは元気であることは、個人ごとに相当に個人差があるじゃろう。年齢や性別にも大きく依存するし、最近では、経済状態にも依存していることは明らかじゃ。だから、健康な状態を、どうやって評価するのかということは、難しい問題なのじゃ。成長期における健康な状態の個人差と、高齢者の健康な状態の個人差では、評価方法が全く異なるということもありうるぞ。じいとしては、介護のことが心配なので、高齢者の健康な状態をどう評価するのか、とても関心があるのじゃ。病気というよりは、介護を予防するために、個人差を機械学習するとして、それは生活の個人差でもあるし、個人情報保護の問題もある、もっと難しい問題になってしまうじゃろう。だけど、唾液(だえき)を化学分析して、高齢者の健康状態が評価できるとすれば、それは経済性の問題があるとしても、実際に役立つ技術になる可能性が高いはずじゃ。しかし、そんな意味不明なデータを、どのように取り扱うのか、実際にデータを収集する前に考えておく必要があるぞ。じいとしては、失敗した経験がたくさんあるので、その失敗を乗り越える、機械学習技術に期待しているというわけじゃ。

フェネイ:じいが元気になって良かったわ。個人の健康の問題は、わかりやすいけれども、医療保険制度や健康産業など、社会的な視野も必要ね。健康の問題は、みんなが同じような状況だと考えることは、経済格差や、国や地域での差異がとても大きいことを無視していて、現実的ではないのよ。そういう意味では、健康状態の評価における、地域による差異を、地域差として学習することには興味があるわね。

フェニイ:健康状態の評価における地域差では、社会的な問題だけではなくて、気候や風土の違いも大きいはずだぜ。食べているものが違うから、同じ尺度で評価できるとは思えないな。だから、地域センサーデータで、健康状態の評価における地域差をうまく説明(モデル化)出来たら画期的だろ。地域の下水の環境ゲノム分析の試みもあるけど、本格的な冒険にはなっていないんだ。解析の対象となるDNA配列が指定されている、感染症の環境ゲノム分析ですら、意味不明なデータになっているようだぜ。ウイルスみたいに、わけのわからない環境要因ではなくて、地域の植物植生をセンサーデータでとらえる方法があれば、目視での検証もしやすいけどな。農業との協業もしやすいぜ。

個体間変動と個体内変動を機械学習する住まい

フェノじい:植物は、動物よりも進化しているので、植物から動物の環境を学ぶ(機械学習する)という作戦は「ありうる」ぞ。機械学習よりも、先住民族の話を聞くほうが役立ちそうじゃがの。しかし、機械学習において、機械が何を学習するのかは、学習モデルと学習データに依存しておるのじゃ。問題は、機械学習システムの設計者が、どのような意図で設計したかにかかわらず、システムが自分自身のコードを改善(再帰的自己改善)する場合、当初の意図よりも上位概念によって、意図自体が修正されてしまうことじゃな。その上位概念が、不明瞭な倫理性や、未定義の自律性(自主性、主体性、自発性と区別されていない)などで、とても未熟な形でしか与えられていないのが現状なのじゃ。じいの作戦としては、高等な動物よりも機械に近い、複雑な統計を簡単にする、試行錯誤の機械学習による探索的解析を推進するのじゃ。パソコン程度で十分だし、上位概念も再帰的自己改善も無いので、安全性の懸念は全く無いぞ。

フェニイ:健康状態をリアルタイムに評価すれば、新しい感覚を得たようなものだな。新しい感覚ではあっても、その意味はよくわからないのさ。例えば、頭痛を感じても、その原因はわからないようなものだな。逆に、やけどの痛みは、瞬時に意味がわかる。体重をリアルタイムに継続して測定するのは、新生児の場合は意味があっても、ダイエットの場合は、気にし過ぎれば、摂食障害になるかもしれないぜ。意味不明なリアルタイム・センサーデータの場合、自分でも的確な指示ができないので、AIに学習させるのは危険だぜ。じいが言うように、パソコン程度のデータ技術を駆使して、ベースキャンプで、事前に十分に検討してから、訓練をして、冒険するのさ。

フェノじい:意味不明なリアルタイム・センサーデータは、意味不明なのに大量のデータで、ある程度の数の個体のデータで、各個体の経時変化のデータを収集する必要があるのじゃ。それぞれ、個体間変動と個体内変動というけれど、それらが相互作用するとき、例えば、Aグループの個体内変動と、Bグループの個体内変動のパターンが大きく異なる場合もあるぞ。教師有りデータとして、グループ分けを固定してしまえば簡単じゃが、健康状態の評価の場合、教師有りデータが信用できないし、教師データが時間的に変化するなど、難しい問題となってしまうのじゃ。個体差の機械学習(フェノラーニング®)では、外部的な教師データを使わずに、個体の表現型として、センサーデータ(オルタナティブデータ)に表現されている特徴に注目しておる。例えば、音声データなら、若い女性とおじいさんの声を聴き分けることは難しくないじゃろ。じいの仕事で、20年以上前に、音声でパーキンソン病の初期状態を評価するという、難しい問題に取り組んでいた時から、ベースキャンプで考えていたことじゃ。

フェネイ:健康データとはいっても、個人情報保護が気になるし、みんなが健康データサービスに依存するようになれば、経済的な問題や、もっと長期の社会的影響も気になるわね。医療費や介護費を節約できれば、国としては推進するとしても、みんな自己責任にされては、社会的弱者はどうするのかしら。それにしても、自宅や職場には火災報知器があるでしょ。そういう感覚で、生活の場所が、健康に配慮するのであれば、その解決策も住環境の改善として実現できそうね。フェニイの植物環境センサーの発想にも近くなるし。

フェナ:わたしもフェネイの意見に賛成ね。健康問題には興味があるし、介護サービスに役立つかもしれないけど、最初の冒険は、もっと社会的なイノベーションに近いところがいいわね。複雑な社会問題で、具体的な探究路が見つからないような課題に、近未来への冒険で、じいの新しい道具を試してもらいたいの。じいは、20年以上もベースキャンプで頑張っているみたいだけど、目標がはっきりした冒険隊を訓練してみないと、道具の使い方が工夫できないじゃない。フェネイの言う住まいも、ベースキャンプの中ではなくて、未開発の荒れ地に作る移動式テントかもしれないのよね。案外、戦後すぐに造られた、ニュータウンの団地の中で、3Dプリンターを使った家内制機械工業を始めるみたいな、社会的な冒険だって面白そうじゃない。冒険隊は、目標を明確にして、資金を募集するの。

フェニイ:俺はちょうど、陸上での貝の養殖を考えていたところだ。貝は、海藻を食べると思っていたけど、野菜も食べるということを知ってびっくりだぜ。貝の健康状態を、リアルタイムにデータ化して、データの個体間変動と個体内変動を調べてみるのさ。養殖というよりは、小規模な水槽飼育だな。家庭菜園のようなもので、実験が終わったら、調理して食べてしまうというわけだ。安全に食べるためにも、貝の健康状態の評価が大切なのさ。

まばらでゆらぐ栄養と休養

フェニイ:縄文人は、海の貝を食べて平和に暮らしていたんだ。俺たちは、その貝を、陸で野菜で育てるのだから、ゆっくりとした変化だろ。今後、肉食人種と菜食人種が、進化論的に分岐するとしたら、俺たちはその中間だぜ。食事は、生物にとって最重要であるにもかかわらず、よくわからないことばかりさ。冒険の課題としては、健康とも関連があるので、もっと考えてみたいのさ。

フェネイ:野菜は連作障害、動物は飼育密度が重要よね。それぞれ、細菌やウイルスと関係しているし、野外環境では、経験的で局所的な知識にしかならないのよね。工場のような環境であれば、データ管理もできるけど、生産コストは高くなるし、おいしくないのが致命的ね。それでも、ある程度は、栄養も分析されているのかしら。

フェニイ:地産地消が理想的だとは言っても、現実は、大都市の消費や、外国からの輸入のほうが社会的な影響力が大きいだろ。洗濯機を輸出して、食品を輸入するのではなく、食品の製造方法や加工方法を輸出して、食品を輸入するといった具合で、輸出入のバランスをとるのさ。製造と消費のサイクルを廻(まわ)すためには、検査方法や市場予測など、関連するプロセスも整備する必要があるな。まあ、こんな話は、じいの受け売りだけど、冒険隊としても、ビジネスのシミュレーションぐらいはするんだぜ。

フェネイ:食品の、製造と消費のサイクルを廻す工夫を、知的財産権にすれば、競争優位性もばっちりね。商社が喜ぶ冒険になりそうだわ。

フェノじい:健康状態のデータとはいっても、野菜や貝の健康状態の話になるとはな。それだって、一種のバイオマーカーじゃ。冒険隊自身の健康バイオマーカーとあわせて評価することもできるぞ。工場のような、単一品種の高密度生産ではない場合、多品種を、まばらでゆらぐ状態で栽培・飼育するとして、そんな複雑なビジネスを廻すには、金融ビジネスのように、AIによるリアルタイム解析が不可欠じゃろう。それでも、AIの金融ビジネスよりは、AIの食品ビジネスのほうが、ゆっくりとしているし、安全性の懸念も少ないはずじゃ。

フェナ:栄養だけではなく休養も大切よね。食べることだけではなくて、食べないことや、運動や睡眠などが、栄養状態に影響するでしょ。休養は、植物の栽培や動物の飼育でも重要だと思うの。栄養を与えるタイミングという考え方もあるし、休養している時には、栄養を与えてはいけないと考えることもできるのよ。休養についても、個別の状況で、経験的にしか知識化されていないでしょ。私にとっては、一日一食が調子よいとか、そのほかの状況と比較するのが難しいので、本当はよくわからないのよね。もしも、個人差や地域差も含めた、何らかの休養のモデルがあれば、自分なりに、休養の仕方を工夫することもできそうね。そうすると、菜園や貝の飼育よりは、温泉保養とか、もう少し目的を絞った冒険もありそうね。じいのベースキャンプでは、フェニイの冒険隊だけではなくて、もっと近隣の探検隊だって募集すればどうかしら。個別的状況を、主観的にしか理解できていない問題は、たくさんありそうよね。

デジタル技術は感覚/思考を離散化して、個体を量産する

フェノじい:個人とか個別というだけではなくて、地域差や組織別の問題まで含めて、個体差と総称しているのじゃ。洗濯機などの工業製品だって、すぐに壊れるなど、当たりはずれがあるという意味では、個体差があるのじゃが、初期不良とか、経年劣化とか、ある程度、原因別に分布が想定できる場合は、個体差というよりは、統計的な分布の問題に帰着するぞ。

フェナ:個人の場合は、個人主義とか、個人情報保護とか、社会的な文脈になるので、個人差が問題になることは当然よね。菜園のキャベツも、水槽の中の貝であっても、個体であることは確かだとしても、環境の影響が大きいという意味で、しかし、どのような環境がどのように影響するのか、よく理解できていないので、個体差の問題になるのかしら。多くの生物の個体は、菌類やウイルスと共生しているので、共生の状態が異なると、同じ環境に、同じように反応するとは限らないのよね。個体といっても、いろいろよね。

フェノじい:個人主義という意味では、家族や地域共同体の一員としての共通の性質よりも、個人としての差異のほうが目立つようになるのは、20世紀以降の、デジタル技術の影響が大きいぞ。地域差の問題だって、インターネットの時代では、地球上のどこから情報が発信されているのかわからず、どこで傍聴されているかもわからないので、詐欺に騙(だま)されやすくなったのじゃ。デジタル技術が高度になって、ニセの写真や音声を、本物の個人と区別することがほとんど不可能になってしまったぞ。今や、ほとんどの画像や音はデジタル化されて、容易に正確な複製が作れるので、本物が存在しない(とても希薄にしか存在しない)社会ともいえるな。複製であっても、本物と区別できなければ、すべて個体となるのじゃ。

フェネイ:英国の住所は、道路名と、道路に面する建物の連番なのよね。建物という個体の固有名詞が、住所に対応していてわかりやすいの。日本は地域の名前と、その地域を、私道など名前の無い道路も含めて、区画に分割しているので、地番が連続ではなくなって、わかりやすいとは言えないわね。それがメッシュ統計というデジタルの時代になると、いくらでも細かい区分を作ることができるので、数字でしか表現できなくなって、地名とか固有名詞には対応しないのよ。さすがに、すべての個人には名前を付けて戸籍に登録しているけれど、じいが言うような個体には、その個体に対応する固有名詞が無いということもありうるわけ。個体に製造番号のような、固有の数字が対応していたらよいけれど、重複した数字がないことを保証することができない場合もあるわね。フェナが言うように、個体といっても、いろいろよね。

フェニイ:いろいろな個体があれば、個体間の関係も、いろいろだぜ。そうすると、関係の関係もいろいろになる。アナログの時代には、本物の個体があったので、例えば、個人間の関係や、個人間の関係の関係とはいっても、固有名詞と、普通名詞、抽象的な概念で語ることができたんだ。デジタルの時代では、ほとんどが数字になってしまった。それは、コンピューターには都合よいけれども、ほとんどがゴミ、無意味な数字かもしれないのさ。ゴミの山では、無意味な個体が山積みにされているんだ。

フェノじい:だからこそ、まばらでゆらぐ個体に注目しているのじゃ。それこそが、個性的な個体で、個体のゴミの山では無いのじゃぞ。アナログ時代の統計学は、本物の個体を取り扱っていたので、意味や価値のあるデータであることが、直感的に明らかだったのじゃ。デジタル時代になると、ビッグデータや、もっと大量の、インターネット上のすべてのデータといった具合で、ゴミの山から金脈を見つけるようになったのじゃぞ。それには、機械学習の技術が不可欠なのじゃ。そしてAIという、最高の投資対象を作り上げたのじゃな。さて、AIは金の卵に見えるのじゃろうか。電気を爆(ばく)食いする金の卵から、金貨の自動生産機が生まれるのか、ゴジラが生まれるのか、誰も予想できないとしても、おいしい食材のおいしい料理は、普通の卵からしか生まれないと思うのじゃが。

番外コラム:動的離散社会

クルマ社会とスマホ社会、どちらも、近代の産業革命と資本主義を丸飲みにした社会だ。交通事故やSNS依存など、深刻な副作用もある。筆者は、AI技術を、産業革命に匹敵する技術革新として、最大限に評価している。しかし、AI社会は実現しないか、人類が滅亡するか、いずれにしても、空想科学(SF)小説のようなAI社会を重要視していない。AIには社会性がないからだ。AIの安全性は議論されても、AIの社会性は想像すら困難だ。AIエージェントは、集団で予測困難な行動をするので、一種の反社会勢力(やくざ集団)とみなすことができるかもしれない。

もちろん、AI技術は、最先端のデジタル技術だ。AI技術は、デジタル化した金融技術との相性も良く、AI技術と金融技術は共進化して、現代の金融資本主義となった。しかし、AI技術は、最先端の科学技術ではない。最先端の科学技術は量子技術で、量子技術は、デジタル技術の延長上ですらない。SF小説としては、量子社会は興味深いけれども、量子社会は、人類の想像力を超えた、超未来社会としか言いようがない。

AI社会が、量子社会へ移行する、デジタル社会の最終形態でないとすれば、スマホの次に、何らかの社会的イノベーションとなる、デジタル技術製品XYZが量産されるだろう。クルマとスマホは融合しつつあるので、クルマ・スマホ・XYZという製品形態になるのかもしれない。

筆者がAI社会に否定的なのは、AIによるクルマの自動運転に、否定的だからかもしれない。技術として、クルマの自動運転が不可能だと考えているのではなく、経済性や法的な整備も含めて、クルマの自動運転は、社会的に限定的な役割しか実現しないと考えている。そもそも、クルマはアナログな世界で、スマホやAIはデジタルの世界だ。クルマがデジタルな世界で仮想化されれば、危険極まりない。

クルマ・スマホ・XYZとしては、電気自動車(EV)のバッテリーを、スマホ・XYZと共有する技術が有望だろう。XYZとしては、太陽光パネルがすでに実現されているけれども、本格的に普及するとは思えない。太陽光パネルよりも、水素を使う燃料電池のほうが社会的なインパクトは大きい。XYZが健康関連の技術と仮定すれば、EVは自動運転の救急車ということもありうる。自宅や職場において、急に具合が悪くなることを予測する技術であれば、AI技術やスマホとの相性も良く、技術開発の課題としては「ありうる」選択肢と思われる。

筆者が「ありうる」社会として、悲観的に考えているのは、デジタル技術の副作用としての「動的離散社会」だ。単純に言えば、デジタル資本主義と生きていく、生きるだけの社会だ。離散的(discrete)というのは、現代数学における代数化された世界観を意味している。近代の、連続的な実数や調和関数を前提とした、予定調和の世界観から逸脱した、より厳密で抽象的な世界だ。社会としては、まばらな散居村が例外的であって、歴史的に、都市や集落に人口が集中することで社会が形作られてきた。まばらでゆらぐ動的離散社会は、核家族化を超えて、デジタル技術の副作用ともいえる、孤立する個人の、社会を形作らない社会だ。

デジタル技術は、生物の感覚の数万倍、数億倍のスピードで、空間を離散化する。離散化された空間は、距離ではなく、順位や個数によって計数化される。計数化された社会の単位は、個人であるため、人びとは孤立してしまうのだ。まばらでゆらぐ動的離散社会は、ホタルの群れのようであっても、計数化されているために、国家や独裁者によって、容易に支配されてしまう。もしくは、光を失って、引きこもる。

『資本主義と、生きていく。-歴史と思想で解き明かす「構造的しんどさ」の正体』(品川皓亮、大和書房、2026年)を読んで、日本の資本主義が、デジタル化に出遅れていることで、少しホッとした。「時間」「成長」「数字」「労働」「お金」「消費」という、6つの資本主義の追っ手を認識して、適切な距離をとることを勧めている。デジタル資本主義になると、その最終形態であるAI資本主義を考えるまでもなく、スマホ社会においては、資本主義の追っ手は手のひらの距離に常駐している。AI資本主義では、追っ手はすべての人の脳の中に常駐して、データセンターにデジタル資本を吸い出して独占するのだから、恐ろしい。

デジタル技術の副作用は、世代を超えて出現する可能性があるので、人びとが気が付くときには、後戻りできずに、手遅れかもしれない。アナログな世界に戻ることはできないので、できるだけ速く、アナログとデジタルが共存する、量子の世界を実感できるようになりたいものだ。ノーベル賞を受賞した、朝永振一郎の量子力学の教科書では、光の量子、光量子を、紫外線が日焼けを作る性質で説明していた。赤外線ではやけどにはなるけれども、日焼けにはならない。量子力学現象は、物理学としては難解であっても、化学や生物にとっては、身近な現象なのだと思う。

「ありうる」動的離散社会が、極端になって、社会の輪郭すら見えなくなるかもしれない。それでも、健康関連のXYZ技術が、社会的イノベーションとなって、量子社会への、新たな冒険隊が出発することを期待したい。

【目次案】「おいしいデータの家庭料理」
1     はじめに; データをおいしくする家庭料理
1.1 おいしいデータは栄養たっぷり
1.2   地域のデータをおいしくする
1.3 データの学習と食事
2     データの料理法
2.1 生データのしたごしらえ
2.2 データは発酵するのか
2.3 データの調理器具
2.4 データの献立表
2.5 データのフルコース
2.6 おいしいデータは、地域と経済を健康にする
3  機械学習の学習
3.1 データをおいしく下ごしらえしてから機械学習する
3.2 機械と一緒にデータを学習する
3.3 機械と一緒にデータを使うビジネスを考える
3.4 楽しくデータの学習をする
3.5 データの学習は冒険でもある
3.6 機械と一緒にデータビジネスの冒険をする
4  まばらでゆらぐオルタナティブデータの家庭料理
4.1 まばらでゆらぐ生活と経済のオルタナティブデータ
4.2   生活と経済を健康にするオルタナティブデータの家庭料理
4.3 まばらでゆらぐオルタナティブデータの調理法<本稿>
4.4   まばらでゆらぐオルタナティブデータで健康になる
4.5   オルタナティブデータを使った生活と経済の予測
4.6 生活と経済のリスクを生き延びる
4.7 たくさんの小さな試行錯誤による適応
5  よりあいグループと社会
5.1 よりあいグループ(地域や家族)のデータ
5.2 よりあいグループのよりあいグループ
5.3 機械と学習するよりあいグループのデータ
5.4 よりあいグループのデータは廻る
5.5 よりあいグループのデータの周辺
5.6 よりあいグループのデータを予測する
5.7 よりあいグループのデータで社会問題を解決する
6  おわりに;生活と社会の近未来
6.1 ほとんど色即是空・空即是色な(まばらでゆらぐ)世界
6.2 まばらでゆらぐ人びとの地域社会
6.4 データでつながる、地域のNPOから国際NGO連合まで

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 「株式会社ふぇの」で、フェノラーニング®を実装する試みを開始しました。技術的な内容は、「ニュース屋台村」にはコメントしないでください。

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