Archive for: 1月, 2015

地域金融機関の生き残る道
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第38回

1月 30日 2015年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

 バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住17年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

正月休みで日本に一時帰国した折、社団法人金融財政事情研究会の「金融経営塾セミナー」で講演を行ってきた。主に地域金融機関の経営幹部と経営幹部候補生の計約30人の方に対して、このニュース屋台村の私の屋台名である「バンカーの目のつけどころ、気のつけどころ」と題して2時間半みっちりと話をさせて頂いた。

気がつけば銀行員生活38年となるが、このうち海外勤務27年、国際部勤務7年という極めて偏った職務経験を積んできた。「偏った経験だからこそ人とは異なった視点があるのではないか」というある官僚の方からのご推薦で、このセミナーの講師を引き受けることになったのである。
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異質は笑えても、排除すべきではなく
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第36回

1月 30日 2015年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

 コミュニケーション基礎研究会代表。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長などを経て、株式会社LVP等設立。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。

◆「怖い」感覚

仏新聞社「シャルリー・エブド」へのイスラム教過激派によるテロ事件以降、ベルギーでの過激派の一斉摘発など波紋は世界に広がり、悲しみの感情は怒り、憎悪そして新たな戦いへと結びつきそうで、怖い。これは9・11米中枢同時テロから発するその後の連戦を想像すれば簡単に、その麻痺(まひ)した感覚で殺戮(さつりく)が展開されるという行方を案じることが出来るから、警告を発する識者も多い。

それでも、異質な存在を力で抑えつけよう、または排除しようという傾向に歯止めがかけられないという悲観的な見方も多い。社会を安定化させようという政治システム自体が間違った方向へ作動してしまいそうだという嘆かわしい結論に行きついてしまう情勢である。
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「暴走」タクシーに肝を冷やす
『時事英語―ご存知でしたか?世界ではこんなことが話題』第9回

1月 30日 2015年 文化

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SurroundedByDike(サラウンディッド・バイ・ダイク)

勤務、研修を含め米英滞在17年におよぶ帰国子女ならぬ帰国団塊ど真ん中。銀行定年退職後、外資系法務、広報を経て現在証券会社で英文広報、社員の英語研修を手伝う。休日はせめて足腰だけはと、ジム通いと丹沢、奥多摩の低山登山を心掛ける。

◆圧倒された20年ぶりのバンコクの変貌

娘家族がラオスに暮らしており、毎年2回ほど東南アジアに旅行するようになった。妻と一緒に孫に会いに行くための旅行である。

今回はその途上、昨年暮れにバンコクとホアヒンに数日ずつ滞在する機会を得た。バンコクのすさまじい変わりようには驚いた。思えば20年ほど前に出張で2日間滞在したのが最後であった。以前に見たバンコクとはまったく異次元ともいえる大都会に変貌(へんぼう)していた。
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日本・インドネシア関係に思惑の違い
『東南アジアの座標軸』第4回

1月 30日 2015年 国際

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宮本昭洋(みやもと・あきひろ)

りそな総合研究所など日本企業3社の顧問。インドネシアのコンサルティングファームの顧問も務め、ジャカルタと日本を行き来。1978年りそな銀行(旧大和銀)入行。87年から4年半、シンガポールに勤務。東南アジア全域の営業を担当。2004年から14年まで、りそなプルダニア銀行(本店ジャカルタ)の社長を務める。

1月中旬に大阪で「インドネシアの最新情勢について」をテーマに講演を行ってきました。熱心にメモを取っておられた参加者の方々から講演後の懇親会ではいろいろなご質問やご相談を受けました。

インドネシアへの投資熱はいまだ冷めていないと感じましたが、他方で現地に進出されている方からは、ルピア安に伴う外貨借り入れの為替差損への対応、さらに国税当局との税金を巡る問題など悩ましい経営課題をお聞きしました。
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民主党の「沖縄差別」―岡田党首は冷淡 期待は長妻代行
『山田厚史の地球は丸くない』第38回

1月 23日 2015年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

東京にも沖縄の店が増えてきた。グルクンのから揚げに箸をつけながら、友人が「民主党は、沖縄なんてね、まったく眼中にないんだ」と言い出した。携帯を手にしている。民主党代表選挙のニュースを見たらしい。党の立て直し、野党共闘、集団的自衛権を巡る意見の違い。そんなことが話題になっていた。

「党の立て直しを言うのならね、候補者さえ立てられない沖縄を、どう思ってるんだ」。4議席全てで競り勝った沖縄の野党共闘に参加さえできない民主党の不甲斐なさを嘆く。「集団自衛権を問題にする前に、沖縄の米軍基地の事態を見ろ。民主党は現実に苦しんでいる人が見えてない」と、お湯割りの泡盛をあおった。
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YOSHU (THAILAND)
日系企業紹介『おじゃまします』第21回

1月 23日 2015年 経済

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バンコク週報

1976年10月創刊のタイで発行する日本語新聞。在タイビジネスマンに向けてタイの政治・経済・社会ニュースから人物紹介まで多彩なコンテンツを提供している。

◆ステンレス鋼材のデパート

ステンレス鋼材の在庫販売を主要業務とするYOSHU(THAILAND)の設立は2013年2月。ステンレス鋼材の需要は鋼板関連が多いのだが、同社がタイで扱うのはフラットバー、ラウンドバー、四角棒、六角棒などの棒材だ。その理由を同社の北原一社長は、「鋼板を販売するタイの地元企業は多いが、棒材を扱うところはないため」と説明する。

またステンレス鋼材の流通パターンであるが、これは2つに大別される。在庫販売と、大手ユーザーが使用する鋼材を直接メーカーから仕入れて販売する「ひも付き」販売だ。大手機械メーカーでは常時鋼材が必要となるため、商社が材料を調達して販売するが、これら商社が在庫を抱えることはない。そのため、ステンレス鋼材の在庫販売する日系企業はタイに存在せず、ここに同社は商機を見出した。
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不信から共感へ 覚悟を持って等身大で
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第35回

1月 23日 2015年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

コミュニケーション基礎研究会代表。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長などを経て、株式会社LVP等設立。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。

◆読者とフラットに

マスメディアが気になる。ジャーナリズムが心配になる。自分を育ててくれた世界だからこその親近感から、不信に取り囲まれる最近の動向にヒヤヒヤする心持ちになってしまう。そんな心持ちで、昨年「出直し」を迫られた新年の朝日新聞の紙面を広げた。そして、「んっ」と目を見張ったポイントがある。それは朝日新聞としての決心なのか、編集としての当面の方針なのか、と考えさせられている。

昨年、「ペヤングソースやきそば」に異物が混入していたというネット上での情報は、瞬く間に拡散し、製造元の食品メーカー「まるか食品」を出荷停止、生産停止に追い込んだ。朝日新聞の誤報は、食品で言えば、安全の根幹を揺るがす出来事だが、生産停止にあたる発行停止は社会の公器としての役割の放棄になるから、それだけは出来ない。
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「経営者」のあるべき姿
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第37回

1月 16日 2015年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住17年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

私は1998年4月に東海銀行支店長として初めてタイに赴任した。2003年4月にバンコク銀行に転職し、タイでの銀行員生活はもうすぐ都合17年になる。97年7月のアジア経済危機により瀕死(ひんし)の状態に陥ったタイでの業務再建のため、バンコク支店長として派遣されてきたが、それ以降も06年と13年の2度にわたる軍事クーデター、08年のリーマン・ショック、12年の洪水被害、更には東日本大震災による影響など多くの出来事に遭遇してきた。

17年になろうとするタイでの銀行員生活で交換した名刺の数は1万5千人に上る。見学した工場も600社を超え、訪問させていただいた会社の数は間違いなく1千社を超えているだろう。今回は、仕事を通じて知遇を得た経営者の方々から学ばせていただいたことについて紹介したい。
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コルビュジエの思い、小さなハードウエア
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第34回

1月 16日 2015年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

コミュニケーション基礎研究会代表。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長などを経て、株式会社LVP等設立。東日本大震災直後から「小さな避難所と集落をまわるボランティア」を展開。

◆丘から川へ

昨年のクリスマス前日に引っ越しをした。横浜市と川崎市のちょうど境目を走る丘陵地に位置する住宅街から東京東部の東京湾に流れ込むいくつかの河川が交差する入り江の地域への移動。丘から川へ。

なだらかな丘にしたがって居並ぶ住宅と畑地から静かに揺蕩(たゆた)う船舶が並び堤防脇から住宅が小さく肩を寄せ合ってたたずむ街へと、見える風景ががらっと変わった。そして、住まいも東京の地価を反映して坪単価が上昇した分、専有面積が減った。
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「角度」ある報道は偏向か
『山田厚史の地球は丸くない』第37回

1月 09日 2015年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

メディア界を騒然とさせた「朝日新聞の誤報騒ぎ」にひと区切りがついた。1月5日に朝日新聞は「信頼回復と再生のための行動計画」を発表、三つの誓いを立てた。

公正な姿勢で事実と向き合います
 多様な言論を尊重します
 課題の解決策をともに探ります
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