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エルサレム首都とモリカケの接点 外交の「国益」とは?
『山田厚史の地球は丸くない』第106回

12月 08日 2017年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

この人は何を考えているのか。改めて考えさせられるのがトランプ米大統領だ。7日、エルサレムをイスラエルの首都と認定すると宣言した。テルアビブにある米国大使館を、速やかにエルサレムに移転させるよう国務省に指示した。中東和平の調停者としてふるまってきた米国が一方の当事者であるイスラエルべったりへと豹変(ひょうへん)した。燃え盛る中東紛争に油を注ぐやり方に国際社会は一斉に反発している。

◆誰のためのディールなのか

米国支持を表明することが多い日本政府でさえ「エルサレムの扱いは当事者の話し合いによって解決を」という趣旨のコメントを河野外相が発表した。ドイツや英国など他の先進国に比べるとトーンは低調だ。

トランプのアメリカは困ったものだが、ここは国際社会に足並みをそろえた方が無難、という外務省の事なかれ主義を言葉にしたような談話である。

日本にとって中東紛争は遠いのかもしれない。だが「当事者の話し合いで」と他人事で済ます問題ではない。日本が問われているのは、支離滅裂な政策を平然と下すトランプ政権と仲良くしていていいのか、という外交の基本に関わる問題なのだ。

「アメリカ・ファースト」。トランプの得意文句だ。アメリカの国益に沿った政策を行うということである。

「しかし世界の指導者であるアメリカが自国の利益ばかり優先したら世界秩序は壊れてしまいませんか」

一緒に世界秩序を支えてきた国からそんな懸念が湧き上がっている。

「いや、もういいんだ。世界秩序を維持するには莫大なカネがかかる。我が国はそんな犠牲を払ってまで秩序を維持する気はない」

というのがトランプの言い分だ。国内世論もアメリカ・ファーストを支持し、トランプは大統領になった。

戦後70年間、アメリカを中心に回ってきた秩序が「アメリカの衰退」で危うくなっている。負担に耐えられなくなっているのも確かである。それでもアメリカの秩序はアメリカの利益になる、と信じ歴代大統領は維持に汗をかいてきた。
「そんな必要はもうない」とトランプは言うのである。それは国益をどうとらえるか、の問題だろう。

企業のような短期業績主義で測れば、持ち出しの多い「世界の指導者」は間尺に合わない。アメリカ・ファーストには、それなりの合理性はある。

だが、トランプは「アメリカ・ファースト」なのだろうか。その疑念を鮮明にしたのは今回の「エルサレム首都」である。

米政府内部には異論があった。国務省は「紛争を激化させるだけで調停者としての立場を弱くする」と否定的だった。現状維持でいいものを、あえてイスラエルに肩入れすれば米国の利益を損なう、という考えだ。

国防総省も「テロの脅威を高める」と警戒する。テロの標的になって四苦八苦しているアメリカの安全保障にマイナスというのである。

外交に信念やポリシーが感じれないのはトランプ政権の特徴ともいえる。基本は「ディール(駆け引き)」。どう振る舞えば得か。ビジネスの発想と言われているが、誰のためのディールなのかが問題である。

◆トランプ大統領の登場は世界の悲劇

国務省や国防総省は「米国の利益にそぐわない」「米国人にとって危険」と主張した。それをトランプは退けた。

国益を損なってもイスラエルに肩入れする道を選んだのである。なぜか。政権が危機にあるからだ。間もなく就任して1年が経つ。選挙キャンペーンでぶち上げたメキシコ国境の壁、オバマケアの廃止、巨額のインフラ整備などの成果が上がっていない。思い付きでぶち上げた政策がことごとく挫折している。議会は上下院との共和党が多数を占め、政策実現には絶好の環境であるのに、共和党の支持さえ得られない。実現したのは大統領の一存でできるTPP(環太平洋経済連携協定)不参加ぐらいだった。

「エルサレムへの大使館移転」は公約にあった。民主党候補だったヒラリー・クリントンはこの件に慎重だったから。そこをトランプは突いた。ヒラリーに集まっていたユダヤ人票を覆すため、全米ユダヤ人協会に秋波を送る政策が「エルサレム首都の承認」だった。

「中東の現実を見ればありえない政策」と歴代政権が手を付けなかった政策をトランプは選挙に持ち出した。

選挙に勝つための政策が、政権を維持するための政策に今回なった。アメリカ・ファーストでなくトランプ・ファーストである。

全米にわずか2%しかいないユダヤ系の人々は、結束が強く、高学歴で、金融、不動産、メディア、芸能など社会的地位のある職種で指導的な地位にある。ロシア疑惑で窮地に立つトランプは藁(わら)をもつかむ思いでユダヤ社会に接近したのだろう。その代償がアメリカの国益を損なうことになっても。

そんな指導者がアメリカに現れたことが世界の悲劇である。自立した外交をする先進国は冷ややかに見ている。異質なのが日本だ。

◆「自分ファースト」の究極の姿の行き着く先

北朝鮮問題でも、戦争の危機を避けることを重視する国は「対話しか解決の方法はない」と主張する。「あらゆる選択肢がテーブルの上にある」と武力攻撃も辞さず、というトランプをけん制している。

そのなかで「北朝鮮と対話は出来ない。米国を100%支持する」というのが安倍首相だ。偶発的な核戦争を警戒する世界の趨勢(すうせい)に目もくれずトランプに追従する安倍外交は、国際社会から冷笑を浴びている。

戦争が始まれば危険に(さら)されるのは日本である。同じ立場の韓国は、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が「対話路線の重視」をトランプに要請するなどくぎを刺し、北朝鮮へ人道支援を続けるなど「標的」になることを必死で回避しようとしている。

日本はアメリカの追随者であることを売り物にするかのような「日米同盟」を前面に出す。戦争になったら、核ミサイルが届かないアメリカに代わる標的になる恐れを高めている。これは国益か。「国を守る」ことなのか。

世界が恐れているのはロシア疑惑で追い込まれた政権が、国民の目先を変えるため武力攻撃へと動くことだ。テロリストの側に立つ国家を圧倒殲滅せんめつ)することで喝采(かっさい)を浴び、窮地から逃れる。戦争になっても戦場は日本や韓国。そんな筋書きをトランプは選ぶかもしれない。自分ファーストの究極の姿は戦争という選択にさえなる。

国民から与えられた権力を誰のために使うか。指導者にとって一番大事なことはここにある。ところが指導者の資質にもよるが、政治状況の中でかすんでしまうことはよくある。トランプだけの問題ではない。

森友学園・加計学園の疑惑も首相の権限が「自分ファースト」に使われた例ではないのか。妻が肩入れした学校、お友達が経営する大学が特段の扱いを受けたとしたらトランプを笑えない。

モリカケ疑惑は「権力の性(さが)」を炙(あぶ)り出した。自分ファーストは初期の段階で厳しく芽を摘んでおく必要がある。逃げ切ることができたら、権力は「悪しき成功体験」を得ることになり、緩む。

モラルの欠如が、他者と付き合う目を曇らす。権力者として不適格なトランプのような人物と「仲良し」であることが、どれほど指導者としての品格を貶(おとし)めているか。視野の狭い政治家に世界の趨勢は見えていない。

トランプのディールは米国民ではなく、自分を高く売る駆け引きである。「日米同盟」や「国益」を口実に深入りする外交が、日本国民の利益にかなっているのか。

唐突な「エルサレム首都」は国民のための外交とは何か、を考え直す貴重な機会である。

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