п»ї 連休外遊 首相より外相に注目『山田厚史の地球は丸くない』第68回 | ニュース屋台村

連休外遊 首相より外相に注目
『山田厚史の地球は丸くない』第68回

5月 06日 2016年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

イタリア・フィレンツェで安倍首相は、伊勢志摩サミットに向けた「新三本の矢」を披瀝(ひれき)した。金融・財政・構造改革で世界経済を活性化、といううたい文句がG7首脳声明に盛り込まれる。同行記者を相手にした内輪の記者懇談で、明らかにしたというが、記者の反応は「また三本の矢かよ」。白けた雰囲気だった、という。

◆使い回され過ぎた「三本の矢」

「マス対」と呼ばれるメディア対策に熱心な安倍政権は、政策に中身がなくても包装紙は立派だ。しかし「三本の矢」は使い回され過ぎである。政権登場とともにぶち上げたアベノミクスの解説が、「異次元の金融緩和、機動的な財政出動、経済活性化のための成長戦略」という三本の矢だった。3年前のことである。円安・株高で活況到来か、とはやされたものの期待倒れな結果となり、モデルチェンジされた「新三本の矢」は、①希望を生み出す強い経済(GDP600億円)②夢を紡ぐ子育て支援(希望出生率1・8)③安心につながる社会保障(介護離職ゼロ)――だった。

実現の手立ては不明。絵に描いたモチは「矢ではなく的だ」と揶揄(やゆ)され、このあたりからアベノミクスは迷走が始まった。

もとより首相は経済に関心は薄い。官僚や取り巻きに政策を任せ、もっぱら憲法改正を視野に安保法制にご執心だったが、デフレ逆戻りさえ心配される冷え込みが官邸を経済回帰に走らせた。

夏の参議院選挙、場合によってはダブル選挙か、という政局は、有権者が関心を寄せる「暮らしと経済」を政策の中心に押し上げた。

伊勢志摩サミットは「経済の安倍」を演出する絶好の機会。G7の首脳を集め、主宰者として脚光を浴びて選挙に突入する。そのためには「G7成功」のシナリオが欲しい。テーマは「世界経済の再生」。中国の減速で成長は鈍化している。そこでアベノミクスで使い古された金融緩和・財政出動・構造改革を「世界版三本の矢」へと焼き直した。

障害はドイツ。欧州で独り勝ちのドイツは財政膨張にはことのほか慎重。欧州歴訪の成否は「ドイツを納得させられるか」である。

安倍首相はノーベル賞学者のクルーグマン・ニューヨーク市立大教授を官邸に招き意見を聞いた際、「ドイツに財政出動させるにはどうしたらいいか」と尋ねた、という。ドイツが了解しなければ「世界版三本の矢」は不発に終わる。

◆サミットはホスト役の顔を立てる「政治ショー」

G7サミットは始まったころ、首脳が世界経済を語り合う「協議の場」だった。回を重ねるうちに定例のイベントになり、いまやホスト役の顔を立てる「政治ショー」。ホスト役は事前に各国を回って「よろしく」と頭を下げて回る慣行ができた。ショーだから意見の食い違うことは話題にならない。

イタリアに着くなり「新・新三本の矢」を語ったということは、各国はこの線で調子を合わせてくれる目途が立った、ということである。何か月も前から官僚が根回しに飛び回り、各国が折り合った表現で声明をまとめる。「金融・財政・構造改革」。だれも反対はしない中味である。大事なことは、どの程度踏み込むかだが、G7サミットは「打ち上げる」ことに意味がある。経済に関心がない首相が付け焼き刃の勉強で議事を仕切るサミットに深い意味を期待するのはないものねだりだろう。

訪欧の最後が、ロシアのプーチン大統領と会談だ。首相外遊で面白味のある会談はここだ。孤立化するロシアは、北方領土をチラつかせ日本を引き寄せようと工作している。シベリア開発など日本にも色気はある。だが、米国が背後から安倍首相の首根っこを押さえている。

日本に独自外交の力があればプーチンの懐に飛び込むチャンスだが、その自由は安倍政権にないだろう。大統領選挙でトランプ旋風が吹き、迷走する米国政治を見せつけられながら、「自発的従属」から抜けられない安倍政権にロシアは遠い。

◆ASEANに目を向け始めた日本

あいさつ回りの首相に比べると、岸田外相のアジア歴訪は、やや中味があった。中国へ外相が訪れるのは2011年11月以来4年半ぶり。自民党が政権復帰して初めてだ。習近平首席との会談はなかったが、李国強首相と会い、関係改善の糸口ができた。

ミャンマーではアウンサンスーチー氏と会談。こちらも冷ややかな対応だったが、軍事政権に肩入れしてきた日本が民主化政権とパイプがやっとつながった。

欧米重視でアジアとの関係が希薄になっていた日本が、中国の経済減速で再びASEAN(東南アジア諸国連合)に目を向け始めた表れが今回の外相歴訪だろう。

タイで軍政仕切るプラユット首相に会ったのは一種の表敬。中身ある交流はソムキット副首相兼財務相との会談だった。

ソムキット副首相はタイ国内の鉄道、港湾、空港などインフラプロジェクトや「スーパークラスター」と呼ばれる企業集積構想を語り、岸田外相は「全面的な支援表明」をした。ミャンマー、ラオスなど発展が期待できるメコン流域の開発に日本はタイを通じて参加したいという思惑がある。

◆日タイ関係改善の糸口になるか

タイは日本にとって東南アジアの外交拠点だったが、外交失敗で疎遠になっていた。

2000年に開かれた九州沖縄サミットで日本はタイのチュアン首相を来賓に招き、演説させるという友好ぶり披露したが、チュアン政権に深入りしすぎた外交が政権交代で逆風を受けた。タクシン政権とはODA問題がこじれ険悪な関係になる。駐タイ日本大使は官邸に出入り禁止となり、日タイ関係が機能しない中で軍事クーデターを迎えた。

軍事政権とは人脈もなく「日タイ冬の時代」が続いたが、ソムキット副首相の登場で関係改善の糸口が生まれた。

ソムキット氏はタクシン政権で財務相を務めていた。日タイ関係は、外務省ルートがODA問題で失敗したが、一村一品運動や企業進出でつながる経産省ルートが残っていた。タイ側の重鎮がソムキット財務相だった。タクシン首相が放逐された政変の中でソムキット氏は元首相との関係を断って生き残る。軍事政権は経済運営が分からず、行き詰まった末にソムキット氏を副首相に迎えた。日本にとって千載一遇のチャンスである。

政治的には米国が軍事政権を嫌っているが、日本は経済協力でタイとの関係を再構築する構えだ。ソムキット副首相の構想を応援し、アセアンビジネスに活路を求める、という筋書きのようだ。

ASEANの拠点を取り戻す、という外交だが、タイには大きな爆弾が潜んでいる。高齢で病床あるブミポン国王後の継承問題である。Xデーは時間の問題とされ、ひと波乱を予想する向きは少なくない。

アジア外交は「あいさつ回り」ではすまない複雑さとダイナミズムに満ちている。

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