п»ї 暴飲暴食、鮮し仁 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第160回 | ニュース屋台村

暴飲暴食、鮮し仁
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第160回

1月 24日 2020年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住22年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

正月休みに2週間、日本に帰国している間に、私の体重は3キロも増えてしまった。あっという間の出来事である。帰国中にはお客様との食事接待もあった。さらに、東京には私のなじみのお店も何軒かある。前回出張時はプライベートな時間が全くなかったため、こうしたお店ともご無沙汰である。今回は是非こうしたお店で旧交を温めるとともに、おいしい料理を堪能したい。そんなわけで夜な夜な街をほっつき歩き、ついつい食べ過ぎてしまったようだ。毎日体重を測り、食べ物には注意を払っていたつもりでも、食事の場になるとついつい自分に対して甘くなる。「暴飲暴食、鮮し仁(すくなしじん)」である。

◆ダイエット遍歴

私は若い頃から幾つものダイエットに挑戦してきた。若い頃には「女性からもてたい」「少しでも格好良くなりたい」という気持ちを人並みに持っていた。もとより不細工な側に分類される私ではあるが、それを自覚しつつも無駄な努力を行った。年を取っても「格好良く見られたい」という気持ちに変わりがなかったが、それよりも健康面からダイエットの必要性が増した。

覚えているだけでもサラダダイエット、こんにゃくダイエット、豆腐ダイエット、黒酢ダイエットなどをトライしてみた。いずれも一つの食品だけを食べ続ける手軽なダイエット方法であるが故に飽きるのも早く、これらのダイエットは長続きしなかった。

変わり種では美容研究家で料理研究家でもある鈴木その子氏(1932~2000年)が提唱した「鈴木式ダイエット」というのがあった。「やせたい人は食べなさい」という魅力的なタイトルの書籍を発刊し、ミリオンセラーとなった。私の記憶ではそのダイエット方法は1日3食+間食と夜食の5食を白米中心で食べるというもの。油料理は厳禁であり、基本的には白米でおなかをふくらませるというものだ。また、多量の水分摂取は制限されていた。家族の協力を得て最初はうまくいっていたが、当時東京・大手町で勤務していた私は次第に行き詰まってきた。国際部に勤務していて時差の関係上、早朝から深夜まで勤務。下手すると昼食と夕食の2回を会社でとる、それも会社の同僚と一緒である。会社近辺で、白米中心で油の少ない食事をとり続けることはほぼ不可能である。このダイエット方法は継続性に難点があり、諦めざるを得なかった。

バンコック銀行に転職したのが49歳の時。私を取り巻く状況は大きく変わっていた。まず、年を重ねたことにより私の身体は「成人病のデパート化」が進行していた。それまでどれだけ暴飲暴食を行い、怠惰な生活を続けていても、健康診断で悪い結果は出なかった。ところが、私の転職と期を同じくして突然、健康診断の結果に要注意項目が並んだのである。

一方、バンコック銀行は日本の会社ではないため、日本企業では当たり前の生活の保障が得られない。このため個人で生命保険をかけ直そうとしたが、健康診断の結果から生命保険もかけられない。私は焦った。転職を期に医者の勧めに従いダイエットを始めた。この時チャレンジしたのが1週間に1日完全断食を行う「プチ断食ダイエット」である。

このダイエットは効果てきめんで、半年間で9キロの体重を落とした。しかしバンコック銀行転職後、仕事が軌道に乗ってくると忙しさを言い訳にして「プチ断食ダイエット」をやめてしまった。すると徐々に体重が増え始め、せっかく落とした体重も2年で8割ぐらい戻ってしまった。さらに悪いことに、このダイエットによって私は体内の筋肉を減らしてしまったようである。これに懲りた私は、それ以降公式にはダイエットをやらないことにした。

◆糖質制限の人体実験

2018年の正月5日。休み明けでバンコクに戻る際、成田空港の本屋で『炭水化物が人類を滅ぼす―最終解答編』(夏井睦著 光文社 2017)という本を見つけた。面白そうな本なので早速購入した。バンコクに戻る飛行機の中でこの本を読み切った私は、夏井氏の理論に心酔してしまった(ニュース屋台村の拙稿2018年3月23日付「糖質制限の人体実験」をご参照下さい)。夏井氏の主張は以下のとおりである。

1.人間の歴史500万年の中で炭水化物を取り始めたのは約1万年前。特に大量の炭水化物取得が可能になったのは窒素肥料が開発された直近50年ほどときわめて短い。つい50年前までは人間の歴史は飢餓の歴史であり、人間の身体にはそもそも過剰な炭水化物を処理する機能が備わっていない (インスリンは本来「血糖値」を下げるものではなく、エネルギー源となる脂肪を作るホルモン)。

2.人間の身体は37兆個の細胞で出来ているが、このうち毎日1兆個の細胞が再生されている。食べ物の大半は新陳代謝としてこの細胞再生のために使われる。人体の構成は人によって違うがおおよそ水分65%、たんぱく質16%、脂質13%、ミネラル5%、糖質1%となっている。この構成比から考えると、新陳代謝に必要な糖質はごくわずかであり、現在の炭水化物(糖質と食物繊維)取得は大幅に過剰にある。

3.現代の肥満は困窮化によって発生する。低価格食物の大半は炭水化物であり貧困層はこれらの低価格食物に依存している。同様の理由で被災地でも肥満が増加する。糖質を食べると脳内にドーパミンが発生し、これが前頭前野の側坐核(報酬系)を刺激する。これはアルコール、タバコ、コカインなどと全く同じ働きまであり、糖質は人間に中毒症状を引き起こす“

私は夏井氏の主張に同調し「糖質制限の人体実験」を開始した。実際は「糖質制限ダイエット」と変わりはない。もともと大食漢の私は糖質を制限しても急激にはやせられない。しかし、スマートフォンの糖質管理アプリも利用しながら徐々に体重は落ちてきていた。直近の健康診断でも成人病関連の項目の数値は大幅に改善され、健常者まであと一歩のところまで来ていた。

◆炭水化物の摂取と人類の進歩

ところが、科学の進歩は夏井氏の考え方を根本的に変えようとしている。「人間が炭水化物を大量にとり始めたのは火の発見と農耕生活を開始した約1万年前であり、それまでは肉類中心の食事であった」というのは長い間の科学の定説であった。これに対して最近の研究で、現在の人間の先祖であるホモ・サピエンスの2代前の人類であるホモ・エレクトスの歯石からデンプンが見つかったのである。

これは当時の人類が日常的に炭水化物をとっていた証拠となるようである。同じくホモ・エレクトスの異なった住居遺跡から当時の人類が火を利用していた証拠となる石器が見つかったのである。人類による火の使用、炭水化物の摂取が従来の1万年前から一挙に150万年前と大幅に変更となった。もっとも、人類が頻繁に炭水化物をとり始めたのは1万年前の農耕開始であったことに変わりはない。

この新事実の発見により、人類の進化の一つの仮説が塗り替えられる。それは人間の脳の発達についてである。現在の成人の脳量は、個人差はあるものの約1300グラムある。ところが約200万年前に生存していたホモ・ハビリスのミイラの脳量は640グラムであった。200万年の間に人類の脳量は倍増したのである。この脳量の大幅増加の要因として従来考えられていたものが「石器を使用し始めたホモ・ハビリスによる肉食の開始」である。人類は肉食の開始により顎(あご)を頻繁に使わざるを得なくなり、このことが人類の脳の発達を促したというのが従来の解説である。

人類が150万年前から炭水化物を食していたとするならば違った話となる。脳重量は人間の2%しかないが、人間の摂取エネルギーの20%は脳が消費する。特に脳が必要とするエネルギー源は炭水化物から作られるブドウ糖であり、これらブドウ糖の大半は脳に送られる。もし、150万年前から人類が炭水化物を食していたとするならば、この炭水化物の分解によって作られるブドウ糖が人類の脳の発達に大きく寄与したと考えるのが自然である。人間が現在のような知能を持つようになった大きな要因が「炭水化物」の摂取であるならば、「糖質制限ダイエット」の理論的根拠が揺るぎかねない。

もちろん人間の知能の発達要因が炭水化物の摂取だけであるはずがない。なぜならば草や穀物を食べている牛や馬に人間と同様の知能があるかといえば「否」であるからである。人間の知能の発達には、2足歩行に伴う脳の肥大化余地や顎の使用など複合的な要素が絡み合っているに違いない。しかし、厳格な「糖質制限ダイエット」はどうも人間の進歩に逆行しているようである。

◆変化する人間の食文化

人類は約1万年前に中東や中国において農耕を開始する。日本に農耕が伝わってきた時期は諸説あるが約3千年前というのが一般的なようである。農耕開始以前の人類は0.1%程度の人口増加率であったが、これ以降0.4%程度に跳ね上がる。農耕開始による安定的な食料確保、山羊の家畜化に伴うミルクの補給、狩猟リスクからの開放などさまざまな要因により人口が増加しし始めたようである。

更に8千年前の遺跡から、人間は焼いた石を利用して海水から塩を製造していた証拠が見つかった。人間が塩を使うようになって人間の食文化は更に大きく変わった。人間の舌には味覚を認識する「味蕾(みらい)」という器官があり、この味蕾は更に苦味、渋味、酸味、甘味、塩味などを感じる部署に分かれている。人間が食物を口にするとこの味蕾を通じて味を脳に伝達するが、甘みを感じると脳内で報酬系神経伝達物質であるドーパミンが放出される。

このドーパミンが人間に喜びを与え、人間は更にこの興奮を求めてドーパミンを発する甘み、即ち炭水化物を求めるのである。ここにもう一つの登場人物が現れる。それが塩である。味蕾の中の甘みの味覚を感じる部分の一部は、甘さと塩味の両方摂取出来るものがあり、その両方を摂取するとドーパミンの大放出が起こるのである。こうして塩分を知った人類はいよいよ炭水化物の虜(とりこ)となる。これ以降、人類は炭水化物過剰摂取の道へ一直線である。

さて我々現代人は炭水化物を摂取すべきか否か? また摂取するとしたら、どの程度とったらよいのだろうか? 「糖質制限の人体実験」を中断した私は、こんなことを考えながら正月休みを日本で過ごした。炭水化物の摂取方針に悩んでいる隙(すき)に、私は炭水化物の甘い誘惑に引っかかってしまった。日本のおいしい料理を食べ続け、おいしいお酒を飲み続けてしまったのである。

「炭水化物恐るべし」「ドーパミン恐るべし」である。3キロも太った私は深く反省した。よくよく考えてみれば、何事もバランスが大事なのである。食事だって多くの栄養素があり、これらを満遍なく食べることの重要性は昔から言われていたことである。ところがついつい極端に走ってしまう自分がいる。なんでこんな単純なことをいつも私は忘れてしまうのだろうか? 「暴飲暴食、鮮し仁」は、こんな極端に走る自分に対する戒めの言葉でもある。

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