なぜ「骨太」は市場の不信感を払拭できないのか
四半世紀にわたるPB目標未達成の現実を直視せよ
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第99回

8月 10日 2026年 経済

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山本謙三(やまもと・けんぞう)

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オフィス金融経済イニシアティブ代表。元NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。著書に『異次元緩和の罪と罰』(講談社現代新書2753、2024年9月)。

7月21日、2026年度の骨太方針が閣議決定された。責任ある積極財政を掲げる高市早苗政権は、「『強い経済』の構築と『財政の持続可能性』をバランスよく実現する」としている。
 しかし、6月末に方針の原案が伝えられるや、市場では円安、金利高が進み、「骨太ショック」と称された。7月の閣議決定後も市場の流れは変わらず、同月末の為替介入に至った。
 政権は、原案に盛り込まれた表現が市場で誤解されたとするが、そうではないだろう。財政健全化の文言が取り消されただけでなく、骨太に底流する財政運営の基本姿勢が「積極財政」に偏っているとみなされたからだ。

◆財政目標変更の危うさ

「骨太方針2026」の最大のポイントは、従来の健全化目標であるPB(プライマリーバランス、基礎的財政収支)黒字化を「単年度でなく複数年度で管理する」とグレードダウンした上で、「一般政府の総債務残高対名目GDP(国内総生産)比(債務残高比率)の安定的な低下」を最重要指標に据えたことである。
 PBの黒字化目標は、2001年度に掲げられて以来、これまで一度として達成されてこなかった。にもかかわらず、単年度での管理をやめ、複数年度の管理に切り替えるのは、過去四半世紀に起きた財政悪化の実態を軽視しているとみられてもやむをえない。
 また、新たに最重要指標と位置付けられた債務残高比率は、インフレが進めばかなりの低下を見込める指標だ(詳しくは、拙稿第97回「健全化目標 まずは『財政収支の黒字化』を 財政健全化目標を考える〈その2、完〉〈2026年5月20日付〉を参照)。
 インフレに伴う税収増だけが理由ではない。分母の名目GDPがインフレを反映して直ちに増加する一方、分子の債務残高は各銘柄(国債)の満期到来を待ってでしか増額更新されないからだ。一種の算術的なマジックである。
 そうした事実を念頭に、今後インフレ指向の強い政策運営が行われれば、債務残高比率は長期にわたり低下する。そうなれば、財政支出拡大の余地ができたとの誤解も生まれよう。債務残高比率を目標にするのであれば、分母は名目GDPでなく、実質GDPでなければならない。

 ◆財政健全化目標の意味合いを確認する

問題の所在を明らかにするため、様々な財政健全化目標の位置づけを確認しておこう。
(参考1)各種財政健全化目標の位置づけ

(注)歳出=一般歳出+地方交付税交付金+国債費、国債費=利払い費+債務償還費(交付国債分を除く)+その他国債費
(出所)筆者作成

それぞれの健全化目標と債務(国債)残高の関係を整理すれば、次のとおりである。

(1)PB=ゼロ:国債残高増加

PB=ゼロは、定義上、歳出に国債の利払い費や債務償還費(国債の元本返済相当分)を含んでおらず、経常的な収入と支出だけが見合った状態をいう。この場合、利払い費相当分は新たな借金増加(赤字国債の発行)で賄わざるをえず、国債残高は増加を続ける。
 住宅ローンに置き換えていえば、PB=ゼロは、収入で生活費は賄えたが、元本の返済はもとより利払い費をカバーできず、別に借り入れを行って支払った状態をいう。
 そのような状態の家計が、住宅ローンを借り続けるのは難しい。PB=ゼロあるいはPB=小幅黒字は、あくまで財政健全化に向けての「初めの半歩」に過ぎず、最終目標ではありえない。

(2)財政収支=ゼロ:国債残高横ばい

財政収支は、歳出の定義上、PBに国債の利払い費を加えたものであり、経常的支出と利払い費を税収等で賄った状態をいう。   一方、債務償還費(元本返済相当分)は引き続き財政収支の定義に含まれない。したがって、国債残高は増えも減りもせず、横ばいとなる。

(3)財政収支(債務償還費を含む)=ゼロ:国債残高減少

債務償還費を含めた財政収支は、利払い費や債務償還費(元本返済相当分)を含めたすべての歳出を税収等で賄った状態であり、国債残高は減少する。
 債務償還費は60年で国債残高がゼロとなるよう設計されているため、財政収支(債務償還費を含む)=ゼロが続けば、国債発行残高は60年後にゼロとなる。

(4)赤字国債からの脱却:赤字国債の発行残高減少

「赤字国債からの脱却(=赤字国債の発行額ゼロ)」は、1976年度から、PB黒字化目標が導入されるまでの25年間にわたる財政健全化目標だった。赤字国債の発行ゼロが続けば、赤字国債の発行残高は60年後にゼロになる。ただし、その時点では建設国債の発行残高が残っている可能性が高い。

 ◆健全化目標はなぜPB黒字化に切り替えられたのか

日本の財政の基本を定める「財政法」は、均衡財政の原則を掲げつつ、建設国債の発行を容認する一方で、赤字国債の発行を禁止している。現行の赤字国債は、国会が特別な法律(「特例公債法」など)を議決して発行しているものである。
 したがって、財政法に忠実な健全化目標といえるのは、(3)「財政収支(債務償還費を含む)の黒字化」か、(4)「赤字国債からの脱却」だけである。
 しかし、政府は2001年度に、健全化目標を従来の「赤字国債からの脱却」から「PB黒字化」に切り替えた。今から思えば、政府のコミットメントを大きく後退させるものだった、当時の感覚では、「PB黒字化」の方がむしろ厳しい条件だった可能性がある。
 例えば、1998年度の状況を見ると、PB赤字約49兆円に対し、国債の発行額は約34兆円(赤字国債約17兆円、建設国債約17兆円)にとどまった(参考2参照)。

(参考2)プライマリーバランスと赤字国債発行額の推移

(出所)総務省「国民経済計算年次推計フロー編」、財務省「国債発行額の推移(実績べース)」、財務省「各年度予算」をもとに筆者作成

当時、国債の発行残高は相対的に小さく、利払い費や債務償還費相当の赤字国債発行は小規模にとどまっていた。言い換えれば、98年度の赤字国債約17兆円は、当時としては思い切った金額だった。にもかかわらず、PB赤字は赤字・建設国債の発行額を上回り、財源が不足した。
 こうした事態に対し、政府は、特別会計による民間金融機関からの借り入れなど、テクニカルな措置で財源を補った。本来ならば、「PB+利払い費=建設国債+赤字国債」となるべきところを、「PB+利払い費=建設国債+赤字国債+民間金融機関借り入れ」とすることで、赤字国債の発行を抑制した形である。
 もし、このような措置が長く続くようであれば、「赤字国債からの脱却」は健全化目標として機能しなくなる。そこで政府は、新たにPB黒字化目標を導入することで、健全化を維持しようとしたものと推測される。

 ◆財政健全化目標の役割を果たせなくなったPB黒字化目標

しかし、その後の政府の努力のおかげで、民間借り入れなどのテクニカルな財政措置は是正された。この結果、健全化目標としての「PB黒字化」だけが残った。あとから振り返ると、そのことが財政健全化をめぐる議論を混乱させてきたようにみえる。
 改めていえば、PB=ゼロやPB=小幅黒字は、本来、健全化の最終目標ではありえない。住宅ローンを想起するまでもなく、金利の支払いを棚上げにした借り入れはありえない。にもかかわらず、PB黒字化目標が維持されたために、人々の意識はPB赤字の規模ばかりに向けるようになった。
 これに加えて、25年もの間PB目標は達成されることなく、PB赤字が続いた。その結果、利払い費が年々増え、赤字国債の発行は累増した。こうして、PB赤字と赤字国債の発行額には大きな乖離(かいり)が生じるようになった。
 26年度の補正後予算でいえば、PB約1.8兆円の赤字に対し、赤字国債の発行額は約26兆円である(参考2のグラフの右端)。ちなみに、債務償還費(国債元本の返済相当分)を含まない「財政収支」も約14.8兆円の赤字と、PB赤字との乖離幅は着実に拡大している。
 真の財政健全化に向け、「赤字国債からの脱却」を目指すのであれば約24.2兆円のPB黒字が、「財政収支=ゼロ」を目指すのであれば、約13兆円のPB黒字が必要となる計算である。
 かくして、財政法は完膚(かんぷ)なきまでに形骸化した。財政法が本来禁止している赤字国債の発行残高は約833兆円に達し、建設国債の発行残高(約321兆円)をはるかに凌駕(りょうが)する(26年度当初予算段階)。
 これが、四半世紀にわたりPB目標を一度として達成しなかったことの現実である。

 ◆「徴税権を行使できるので問題ない」は正しくない

日本の財政を楽観視する見方の中には、債務残高比率の一定が維持されればよいとする考え方がある。GDPの伸び率と同程度の債務残高の伸びは容認してよいとの主張にほかならないが、その主張が妥当するには、現在の比率が適切な水準でなければならない。
 しかし、日本の債務残高比率はすでに世界190か国・地域中第2位のワーストにある(2025年見込み、IMF「世界経済見通し(2026年4月)」)。
 また、国の債務超過は約700兆円に達しているが(25年3月末)、これにも「国には徴税権があり、民間部門には巨額の資産超過があるので大丈夫」とする主張がある。しかし、これも正しくない。
 民間部門(家計+非金融法人)の資産超過は約1100兆円である。すなわち、「国には徴税権があるから大丈夫」との主張は、全国民から金融資産超過分の約3分の2(700/1100=64%相当分)を徴税すればよいとの議論にほかならないが、これを実現可能とみるのはさすがに無理があるだろう(注)。
 (注)PB黒字化目標が導入される直前の2000年度の国の負債超過は約188兆円、民間の資産超過に対する比率は35%だった。したがって、四半世紀の間に国の負債超過額は約3.7倍に、民間の資産超過との比率は倍近くに膨らんだ計算にある。
 国がとことん信用を失えば、誰からも借りられなくなる。実際、先の戦争ではそれが起きた。その苦い経験をもとに財政法は、均衡財政の原則を掲げた。
 日本政府として「借りないことを選択した」のではない。実態は「誰からも借りられなかった」のであり、均衡財政の維持を通じて、国としての信用を回復するしかなかったのである。先人たちは、その原則を堅持し、誠実に働くことで、国としての信用を回復させた。しかし、過去四半世紀余りの間、この国の財政規律は緩みに緩んだ。
 金融市場が日本を見る目は厳しい。現実から目を逸(そ)らしてはならない。

※『山本謙三の金融経済イニシアティブ』過去の関連記事は以下の通り
第97回「健全化目標まずは『財政収支の黒字化』を財政健全化目標を考える(その2、完)」(2026年5月20日付)
https://www.newsyataimura.com/yamamoto-88/#more-23392

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