熊本地震と豪州の緊急警報システム
シドニーの冬景色点描(その3)
『四方八方異論の矛先-屋台村軒先余聞』第31回

8月 05日 2026年 国際, 社会

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元記者M(もときしゃ・エム)

元新聞記者。「ニュース屋台村」編集長。南米と東南アジアに駐在歴13年余。座右の銘は「壮志凌雲」。2023年1月定年退職。これを機に日本、タイ、ラオス、オーストラリアの各国を一番過ごしやすい時期に滞在しながら巡る「4か国回遊生活」に入る。日本での日課は5年以上続けている15キロ前後のウォーキング。歩くのが三度の飯とほぼ同じくらい好き。回遊生活先でも沿道の草花を撮影して「ニュース屋台村」のフェイスブックに載せている。

◆家路急ぐ足取り速く

「秋の日はつるべ落とし」という慣用句があるが、冬の8月のシドニーでもこれを実感している。シドニーの8月5日の日の出は午前6時44分(日本時間午前5時44分)、日の入りは午後5時19分(同午後4時19分)。午後5時を回ると、冬のつるべ落としで辺りはあっという間に暗くなり、私も周りの人たちも家路を急ぐ足取りが俄然(がぜん)速くなってくるような気がする。

ウォーキングのゴール地点から帰途に就く電車やバスの窓から太陽が地平線に沈みゆくさまや、フェリーから夕日が水平線に触れたかと思うと瞬く間に海の向こうに沈んでゆくさまを見ていると、加齢とともに確実に感性や詩情が薄れつつあることを自覚している私でさえも感傷的にさせ、その余韻に浸りながら、ついつい見とれてしまう。

一方で、駐在先のタイから一時帰国していた息子から「東京はバンコクより暑い!」と恨み節のような連絡があったり、日本の連日の猛暑の報道に接したりしていると、冬のシドニーにいていささか優越感のようなものを感じる。ただ、つるべ落としが毎日繰り返され、一日があっという間に暮れてしまうこちらでの生活の中で、夏本番の日本の日の長さは正直とてもうらやましい。日中の外出さえ憚(はばか)られるような猛暑を避けてシドニーに来ているというのに、われながら実に身勝手なものだ。

◆震度7の地震があったその日

7月28日午後4時27分ごろ、熊本県熊本地方を震源とする最大震度7の地震があった。シドニーと日本の時差は現在、+1時間早いので、シドニー時間の同日午後5時27分ごろ、ということになる。

私はこの日、シドニー中心部にあるクイーン・ビクトリア・ビルディング(QVB)の前からバスでニューサウス・ヘッド・ロードを通って東郊のWoollahra(ウラーラ)に移動、ウラーラ自治体の行政センターがあるダブルベイから歩き始めた。港沿いの公園やビーチ、フェリー桟橋(さんばし)、レストラン・カフェなどが集まっている。

私がとくに好きでよく歩くのは、行政センターの下にあるハーバープールだ。プールをぐるっと囲むように、海の上に張り出した木のボードウォークがあり、フェンス越しだが、水面のすぐ上を歩いている感覚になり、ポンツーン(浮き桟橋)まで行くと水の上に本当に立っている感じになる。

妻に前回歩いた時の写真を見せたところ、「ぜひ連れていって」ということになり、この日は歩くのがあまり得意ではない妻でもなるべく楽に行ける道はないかと、ウォーキングコースを前もって探索するために来たのだった。真冬だというのに、泳いでいる人や水着姿で日光浴をしている人がいて、プールを見渡せる高台のカフェにはのんびりひなたぼっこをするお年寄りのグループがいた。

ここから、いかにもお金持ちが住んでいそうな大きなお屋敷が並ぶ通りを抜けて、フェリー乗り場があるローズベイまで歩いても5キロほど。急な傾斜も階段もなく、これなら妻でも十分楽しめるだろう、と思った。私は、吸い込まれてしまいそうなほど澄み切った群青の冬の空に導かれるように、さらに8キロほど先のワトソンズベイまで歩き、再びバスでシティに戻ったのだった。

◆現地の状況に思いをはせて

家に帰ると、妻が「熊本で大きな地震があったみたい。震度7だって」。私はその時はまだ暢気(のんき)に構えていて、シャワーを浴びて晩ごはんを食べた。その後、パソコンで日本のニュースを見たら、「イオンモール熊本」の大爆発の惨状が伝えられていた。まさに信じられないような光景だった。

翌日、東京に住む長女からLINEで「九州に住む友だちはご家族もみな無事でよかったけれど、イオンの爆発、本当に心配です。心が痛みます」と連絡があった。長女は2011年の東日本大震災の際、翌年春の就職を控えて会社訪問の真っ最中で、乗り換えのためJR東京駅の構内にいた。その後、内定通知を受け、就職してからも福島県内の仮設住宅での学習ボランティアに通っていたことがあり、今回の熊本地震の惨状を見て、居ても立ってもいられなかったようだ。

私も東日本大震災は職場で経験した。壁に亀裂が入った社屋から避難し、東京・築地から当時自宅があった埼玉県川口市に歩いて帰った。当時から築地~川口の間は休日のウォーキングのコースの一つだったので帰る道順はわかっており、“帰宅難民”にはならずに済んだ。

そんなこともあって、28日夜以来、熊本地震関連のニュースをNHKと新聞で毎日できる限りフォローするようにしている。地震発生から日がたつにつれ、猛暑の影響もあって被災地の状況は劣悪を極め、8月2日には災害関連死の疑いがある死者が初めて確認された。

日中の最高気温が35度を超すような日はふだんでも不要不急の外出を控えるよう注意が呼び掛けられているが、電気や水道、ガスなど最低限のライフラインさえままならない被災地。「暑か、暑か。暑くて進まんよ」。新聞が伝える、炎天下で後片付けに追われる男性(85)の姿を想像すると、なんとも心が痛む。

熊本市で3日、40.3度を記録し、「酷暑日」となった。熊本県内で40度以上を記録するのは観測史上初めてという。「酷暑日」となると、健康な人でも室内の温度を適切に管理しないと身体に異常をきたすだろうに、クーラーのない蒸し風呂のような避難所では到底、寝られたものではないはずだ。想像するだけで申し訳なさや後ろめたさを感じる。

SNSには、高市首相の対応のまずさ▽マスコミ、とくにテレビ局の無神経とも言える報道ぶり▽台湾の素早い救援態勢▽イオン社長の記者会見に見るふさわしいリーダー像▽企業各社・個人団体などによる支援やボランティアの輪の広がり――など、善し悪しは別にして、関連するメッセージが連日大量にアップロードされ続けている。

シドニーにいてできることは何もない。が、せめて関心を持ち続けていこうと、時間があればパソコンやスマホで関連するニュースを検索している。ここにいて、周りの人から熊本地震について聞かれたら、できる限り正確な情報をきちんと伝えたいと思うのだ。

◆AusAlert、10月導入へ

熊本地震が発生する前日の7月27日、シドニーのあるニューサウスウェールズ(NSW)州で、オーストラリア政府が今年10月から導入する緊急警報システム「AusAlert」の全国一斉テストがあった。このテストアラートは、豪州国内にある全てのモバイル端末(携帯電話、スマートウオッチ、タブレット端末)が受信する仕組みだ。

シドニー日本総領事館から23日にテストアラート実施のメールが事前に入っていたので驚かずに済んだ。が、日本にいて、「緊急地震速報」のあの不気味な警報音は何度聞いても嫌な思いをするので、テスト実施日の27日は外出せず、実施時間の午後2時(シドニー時間)は家で待機していた。家族はみな、この日のテストのことを知ってはいたが、「それがどうしたの?」といった顔つきでふだん通り。緊張しながら身構えていたのは、私と妻の2人だけだった。

そして、午後2時――。突然デバイスが振動し、「ウィーン、ウィーン」というサイレンのような低い警告音が10秒間ほど鳴った。さらにデバイスの画面には「テストメッセージ―AUSALERT:これは、オーストラリアの新しい緊急警報システムであるAusAlertのテストです。操作は必要ありません。実際の緊急時には、アラートの指示に従ってご自身と他の方々の安全を確保してください。詳細については、AusAlertのウェブサイトをご覧ください。このメッセージは豪州政府により承認されています」という英文のメッセージが表示された。テストは拍子抜けするほど、簡単に終わった。

AusAlertは、2020年の国家災害調査委員会の勧告に基づいて導入が決まった。警報システムの運用対象となる緊急事態とは、自然災害:山火事、洪水、サイクロン、津波、地震▽治安・安全:重大事件、テロ▽健康危機:パンデミックなど▽バイオセキュリティー:家畜・植物の病害、危険物質の流出――など。このうち地震については、シドニーでも年に何回か人が感じる程度の地震があるが、多くはマグニチュード(M)3~5程度の小規模なもので、建物に大きな被害が出ることはまれである。

◆集中豪雨に遭遇した経験

私は2024年4月にシドニーに滞在していた際、AusAlertがこの時すでに導入されていたら、おそらく間違いなく運用に該当したであろう集中豪雨に遭遇したことがある。

当時、シドニーを含むNSW州の一部地域は4月4日夜から大雨に見舞われ、豪州気象局は洪水警報、豪雨・暴風警報、高波警報を発令。5日にはシドニー日本総領事館からも「不要不急の外出は控えるように」と注意を促す一斉メールが送られてきた。

雨は6日未明にやみ、朝から晴れ上がったので、私はオペラハウスと王立植物園の周辺を歩いていた。ところがその帰り道、起点となるサーキュラーキーの埠頭(ふとう)周辺の乗客がふだんに比べてかなり少ないのが気になった。

電車のサーキュラーキー駅に行ってみたところ、案内板には「運休」「大幅遅延」の文字ばかり。平日で何もトラブルがなくても混雑する駅周辺は地元の人や観光客が身の危険を感じるほど押し合いへし合いしていて、とても近づけそうな状況ではなかった。

私は「サーキュラーキー駅はだめだ」ととっさに判断し、義妹から教えてもらっていた、シドニー市内の公共交通機関の連絡網や時刻表を網羅したアプリ「TripView Lite」を見て、多少遠回りになるがライトレールでセントラル駅まで移動し、そこから歩いて電車のセントラル駅に出て、なんとか無事に帰途に就くことができた。

もしあの時、仮にAusAlertが導入されていたら、私もシドニーの地元住民も、さらに観光客も、最初から外出を極力控え、混乱はかなり抑えられただろうと思う。

◆「移民の国」潜むリスク回避を

一方、AusAlertが今後運用されるケースとしてもっとも想定されるのは、異常気象による夏場の山火事だろう。

とくに、コアラの好物であるユーカリの葉にはアロマ成分の揮発性オイルが高濃度で含まれていて、熱で気化し、爆発的に燃え上がる恐れがある。また、多くのユーカリは長く乾いた樹皮を垂れ下げているため、地面の火が樹皮を伝って一気に上部へ燃え広がることがある。そしてさらに、燃えた樹皮が風で飛び、数キロ先にスポット火災を起こすことも報告されている。シドニー周辺はユーカリ林が広く分布しており、強風+高温+乾燥が重なると、山火事リスクが急上昇するのだ。

そして、AusAlertの出番をなんとしても避けたいのが、テロの発生である。2025年12月14日に起きた、シドニー東郊ボンダイビーチでの男2人による銃乱射事件では15人が犠牲になった。ユダヤ系とイスラム系の双方の住民を抱える豪州にとって、中東情勢と密接に絡む反ユダヤ主義の問題を改めて浮き彫りにしたテロ事件だった。

豪州ではイスラエルがパレスチナ自治区ガザで大規模な軍事作戦を開始した2023年10月以降、親イスラエル、親パレスチナの両勢力の対立が顕在化。24年後半にはシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)やユダヤ系飲食店への放火が相次いだ。豪州政府は25年8月、放火はイラン革命防衛隊が主導したと断定し、駐豪イラン大使を追放。反ユダヤ主義の拡大阻止に努めていたところだった。一方、豪州政府は25年9月、ガザの人道状況を憂慮し、パレスチナを国家承認。これに対しイスラエル政府は「反ユダヤ主義を増長させている」と主張している。

私がよく歩くボンダイビーチを起点とするコーストウォークの沿道の各所には「#RACISM NOT WELCOME」(人種差別を歓迎しない)という、オレンジ色の背景に白色の文字のメッセージが掲げられている。私はそれを目にするたびに、日本では決して感じることのない、まさしく「移民の国」にいることを実感する。

今回のAusAlertの導入は、「地震の国」から来た私にとっては正直、豪州に今までこうしたシステムが全くなかったことが不思議なくらいで、「いささか対応が遅いのでは」という気がしないでもない。ただ、10月に実際に導入が始まっても、できるだけ運用されないで済むような安心・安全な国であってほしいと切に願っている。

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