「減税財源」狙いは外為会計
できるか「米国債取り崩し」
『山田厚史の地球は丸くない』第319回

8月 07日 2026年 国際, 政治, 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

円安阻止で28年ぶりの日米協調介入が実施された。ほぼ同時に食料品消費税減税が財源不明のまま決まった。円安対策と減税財源、無関係に見える日本政府の政策は、実は繋(つな)がっている。背後で両者を結ぶのは外為会計。「190兆円の財布」ともいわれる政府の特別会計だ。

政治家が今、熱い視線を向けているのが「外国為替資金特別会計(外為会計)」。財務省が管理し「外貨準備」とも呼ばれる介入資金をプールする会計だ。資産の大半は米国債であり、「日本のお金なのに日本の自由にならない」という現実もある。

◆存在感増す「外為会計190兆円」

高市政権は食料品の消費税率引き下げを決断したが、年間約5兆円、2年間で約10兆円とされる財源については、「税外収入や租税特別措置の見直しなどで対応する」と説明するにとどまり、具体策は「年末の予算編成で示す」としている。

曖昧(あいまい)にされている財源を巡り政界や霞が関で「切り札」とささやかれているのが、約190兆円という巨大な資産を持つ外為会計である。日本政府が保有する「外貨の財布」である。円相場が急変した際に為替介入を行うための資金を管理するばかりか、金融危機などで外貨が逼迫(ひっぱく)した時に決済資金を用立てする。

2025年度決算では、資産総額190兆円、負債(外貨調達に使った政府短期証券)124兆円を差し引いた純資産が65兆円ある。米国債の利息や金利変動に伴う評価益などが貯まったのが純資産で、65兆円の1割を削り取っても6.5兆円になる。これほど規模の大きな財源は他に見当たらない。しかし、資産の中身を見ると、ことは簡単ではない。

190兆円ある資産のうち141兆円は外国国債だ。大部分が米国債。このほか20兆円の外貨預金(ドルが中心)。残りは金、IMF(国際通貨基金)関連資産などである。190兆円のほとんどは外貨であり、日本円ではない。

◆円安阻止にはドルがいる

外為会計は「円取引の安定」が目的なので、外貨準備として様々な通貨が組み込まれている。円安を止めるためには、政府はドルを売って円を買う。使われるのは流動性が高いドル預金だ。米国債など証券は、売却して現金化しなければ使えない。相場の変動を合わせて機動的に使えるのは預金・現金だ。

では、円ドル相場を安定化するためのドル預金は20兆円ほどで十分なのか。近年、売買高が膨らんでいる円ドル市場を見ると「ドル預金20兆円」は決して余裕がある蓄えとは言えない。

最近行われた市場介入は2022年9月に約2.8兆円、翌10月には6.3兆円。2024年4~5月には9.8兆円、7月にも5.5兆円。さらに2026年4~5月には約11.7兆円、7月にも市場推計で約12兆円もの介入が行われたとみられている。

これほどの巨額のドル売り介入が続けば、20兆円のドル預金だけでは足りない。では、どうするのか。答えは140兆円規模の外国証券、つまり米国債を取り崩すことだ。

◆異変 日本の米国債が減った

今年6月、市場を驚かせる数字が米財務省によって公表された。日本が保有する5月末の米国債は1兆1431億ドル、4月の1兆2099億ドルから668億ドル減少した。円換算では約9兆円。1か月で9兆円の減少は、月次変動としてはかなり大きい。

この数字だけで「日本政府が9兆円分の米国債を市場で売却した」と断定することはできない。満期償還で買い替えなかった可能性もあるし、保有形態の変更も考えられる。しかし、市場では、「介入資金を確保するためではないか」との見方が広がった。先に述べたように、4〜5月には11兆円の為替介入が行われていた。資金を補填(ほてん)するため米国債を取り崩した、との観測が広がった。

実際、外為会計のドル預金だけで、円安に歯止めを掛けることは難しくなった。投機筋は、政府の介入資金が底をついたと見れば、一気に攻めてくるだろう。

当局が十分な資金を確保したことを示すためにも、米国債の現金化は有効な手段だ。日本が円安阻止に本気で取り組むなら、米国債を取り崩す場面もある、と市場は身構えた。

◆米国が恐れること

この一件は、日米関係に微妙な影を落とした。米国にとって日本は最大の米国債保有国である。その日本が大量の米国債を市場で売れば、価格は下落し、長期金利は上昇する。米国財務省にとって歓迎できる話ではない。

ベッセント米財務長官にしてみれば「米国債は売ってほしくない」。しかし、日本に円安防衛を諦めてもらうわけにもいかない。もし急激な円安が止まらなければ、日本売りが加速し、日本国債にも波及し、金融市場全体が混乱する。ジャパン・ショックは米国にも飛び火するだろう。日米は金融面でも「一蓮托生(いちれんたくしょう)」なのだ。

ベッセント長官は、日本による米国債売却を回避する2つの提案を示した。

1つは、米国債を担保にドル資金を日本に融資する。現状では600億ドルが限度とされているが、この天井をさらに高くすれば、日本はドル国債を売らずに潤沢な介入資金を得ることができる。

もう1つは、日本に「円安を招かない経済政策」をとらせることだ。米国の経済・金融ニュース専門テレビチャンネルCNBCのインタビューでベッセント長官は、円の動きに重要なのは政策やファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)だとし、「日本が適切な政策を続け、円がより適切な均衡価格へと戻る方向に進むと信じている」と語った。

日銀の金融政策についても植田総裁が「必要なことをすると信じている」と、利上げを後押しするような発言をした。日銀の利上げを抑える高市首相の姿勢や積極財政への懸念をうかがわせる言葉である。

◆本当のテーマは「減税財源」

実は、日本政府にとって外為会計をめぐる議論の本丸は為替介入ではない。その先にある「減税財源」が今や隠れたテーマになっている。

190兆円の資産、65兆円の純資産に政治家が目を付けないはずがない。実際、外為特会は毎年利益の一部を一般会計へ繰り入れている。2025年度は約3兆円が国庫へ納付された。この納付金を増額すれば、数兆円規模の税外収入が生まれる。

さらに「純資産65兆円の一部を活用できないか」という議論も出始めている。ただし、ここで問題になるのが、その資産の大半が米国債だという事実である。

十分な減税財源を捻出(ねんしゅつ)するには、結局、米国債を取り崩すかどうか、という問題に行き着く。

溜(た)まる一方の米国債を売却することは政治家の間では一つの課題となっていたが、よその国の国債を市場で売り払うには、外交上の配慮が欠かせない。売れば値が下がり、相手は愉快(ゆかい)ではない。米国債ともなると、日本にとって「売却はタブー」とされてきた。それが「介入資金の確保」という事情から「やむなし」となったことで、売却の可能性は膨らんだ。

高市政権にとって増税は政治的に難しい。赤字国債には頼らない方針を掲げている。インフレで財政規模を膨らます程度では、防衛費増額や食品消費税減税などに必要な予算は賄えない。まとまったカネが眠っているのは外為会計だけだ。

◆「日本の金」なのに自由にならない

「日本のお金なのだから、日本のために使えばいい」。そう考える政治家は少なくない。一方で、「国家の貯金に手を付けるほど日本は落ちぶれたのか」。「外貨準備は通貨安定のためのある」などの反論もある。

確かに外貨準備は必要だ。しかし、本当に190兆円も必要なのか。今後避けて通れない論争になるだろう。

金融市場では以前から、「日本は米国の了解なしに米国債を大量売却しない」という暗黙の了解があった。法的な制約ではないが、日米同盟の現実を考えれば、政治的な配慮が働くのは当然かもしれない。

財源難で切羽詰まった高市政権は外為会計に手をつけたい。アメリカは自国の国債に触れてほしくない。同盟内部の摩擦が軋(きし)み音を立てている。だからこそ日米首脳はことあるごとに「信頼関係」を強調する。

28年ぶりの協調介入も、両国の対立を市場に見せないための演出という側面がある。日米の亀裂が表面化すれば、投機筋は一斉に動き出すだろう。

◆問われる「信認」

年末の予算編成で、減税財源はどう決着されるのか予断を許さない。

様々な案が浮上している。外為特会の納付金を増やす、日銀納付金を積み増す、国有財産を売却する。寄せ集めでは、安定した恒久財源とは言い難い。

最大の焦点は、「米国債をどこまで取り崩せるのか」という一点に集約される。外為特会190兆円は、日本の金融安全保障を支える資産であると同時に、政治家にとっては魅力的な財源でもある。

その資産の大半は、世界最大の債券市場である米国債と深く結びついている。米国債はアメリカ支配の象徴。膨大な赤字を垂れ流しながら、大量に出回っているからいつでも売買が可能で、世界でもっとも安定した債券とされてきた。

政治・経済・軍事で突出した米国だからこそ米国債は市場の信認を受けてきた。その最大のお得意様が日本政府である。国債を買うことでアメリカの財政赤字を埋めてきた。その日本が、米国債を売る側に回る。市場はどう反応するだろうか。

対GDP(国内総生産)比の財政赤字が世界最大の日本が、米国の赤字を埋める。日本経済が元気だった時ならできたことだが、失われた30年を経て、成長できない国、安い国になった今、その役回りは重荷だ。米国債を巡る「蓄えの吐き出し」はそうした中で起こった。

「もう無理は続かない」とアメリカの「貢ぐクン」を辞めれば、米国の長期金利は跳ね上がるだろう。それは日本にとっても避けたい事態だ。

一方、積極財政と言いながら財源を示せず、円安を止める資金にも事欠くとしたら、日本国債や円が投機筋の餌食(えじき)になりかねない。増税ができないまま、バラマキや減税へと走れば、やがて国債の買い手は細るだろう。国債価格が下落し、長期金利が上がれば、国債の利払い費が膨張する。これは日米が共に抱える病状だ。

トランプ政権も高市政権も人気取り政策が目立つが、唯我独尊で野党やメディアを抑えても、政策への信認が得られなければ、やがて市場の叛乱(はんらん)が起こるだろう。いつ起こるのか、今や焦点はそこ移っている。

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