元記者M(もときしゃ・エム)
元新聞記者。「ニュース屋台村」編集長。南米と東南アジアに駐在歴13年余。座右の銘は「壮志凌雲」。2023年1月定年退職。これを機に日本、タイ、ラオス、オーストラリアの各国を一番過ごしやすい時期に滞在しながら巡る「4か国回遊生活」に入る。日本での日課は5年以上続けている15キロ前後のウォーキング。歩くのが三度の飯とほぼ同じくらい好き。回遊生活先でも沿道の草花を撮影して「ニュース屋台村」のフェイスブックに載せている。
◆「他人事」として当初は無視
オーストラリア政府統計局(ABS)はこのほど、国勢調査(センサス)を実施した。5年に1度行われるもので、今回は8月11日が対象日。この日の夜に豪州国内にいるすべての人・世帯が対象で、豪州居住者だけでなく、観光客・短期滞在者・ビザ保有者も含まれる。回答は原則として義務で、回答方法はオンラインが中心。人口・社会・文化・経済の実態把握、政府予算の配分、学校・病院・交通・住宅などの政策・行政サービスの計画に役立てるもので、結果は2027年6月から段階的に公表される。
センサスの概要をここまで書くと、「なんと面倒な」と思ってしまうのは自然だろう。ましてや、私はオーストラリア人ではなく、日本人。3か月ほどシドニーにいる短期滞在者。スルーしても構わないだろうと気楽に考えていた。
センサスの実施については、シドニー日本総領事館からも8月3日に「豪州国勢調査を悪用した詐欺への注意喚起」と題するメールが届いていたので知っていた。
主な詐欺の手口として、電話で「豪州統計局職員による国勢調査の確認です」などと名乗り、本人確認を理由に個人情報を要求▽EメールやSMSなどで「国勢調査の回答が未完了」や「期限が迫っている」などと不安をあおり、偽サイトへ誘導して、ログイン情報、パスワード、身分証情報、クレジットカード情報などを盗む▽ABS職員を装って直接自宅を訪問し、過剰な個人情報を要求したり、金銭を要求したりする――を挙げていた。こうした手口はセンサスのたびに横行しているといい、シドニー在住の妻の友人からも「ピンポーンって鳴ってもすぐに玄関を開けちゃあだめよ」と注意されていた。
センサス実施の情報がごく身近なところまで届いているというのに、私はしょせん「他人事」ととらえていた。妻はといえば、この種の調査などにはもともと無頓着(むとんちゃく)で、日本でもすべて私まかせにしているから、私以上に「他人事」。だから、週末の8日夜に1階のリビングでデスクトップの画面を見ているだろう義妹から「センサスに回答するわよ! お兄さんたちも来てよ」と呼ばれても、「大丈夫、大丈夫。家族のぶんだけ回答しておけばいいから」と言って、やり過ごしたのだった。
◆回答拒否には罰金「最大364豪ドル/日」
日本総領事館からのメールにはセンサスの対象者として「観光客・短期滞在者・ビザ保有者も含まれる」とは書かれていなかった。あとで考えてみると、このメールが送られてきたこと自体が、「短期滞在者であるあなたも対象者ですよ」という注意喚起を意味するものだったのだ。
日本の国勢調査では、調査時点で日本にいる外国人観光客は原則として対象にならない。25年に実施された日本の国勢調査では「3か月以上日本に住んでいる人またはこれから3か月以上日本に住むことになっている人」が対象。国籍は問わず、外国人居住者も対象になる。つまり、例えばオーストラリア人が8月11日に東京のホテルに観光旅行で滞在していても、それだけで日本の国勢調査の対象になるわけではないということだ。ところが、豪州のセンサスの場合、8月11日時点で豪州国内にいるすべての人が対象になる。
では、観光客や一時滞在者などの場合、どうやって追跡するのか、漏れが出てこないのか、という疑問が生じる。そこでABSは今年8月11日のセンサスでは、その日の夜にオーストラリア国内にいる人を、原則として「その人が実際に寝ている場所」で数えるという方式を採用。ABSはこれを 「place of enumeration(調査場所による集計)」と呼んでいる。
具体的には、①ホテル・ホステルなどの宿泊客②一般家庭に泊まっている観光客③ホームレス、船、長距離交通――なども対象にして、可能な限り「その夜どこにいたか」で数える設計にしている。
センサスへの回答は「義務」と明記されている。ABSは未回答の世帯には督促するが、「未回答の観光客をどうやって後から補うのか」という部分まで考えると、実際にはかなり限界がある、というのが正確なところだろう。だから、私は甘く考えていた。
ところが、「センサス・ナイト」と呼ばれる国勢調査対象の8月11日の夜が近づくにつれ、豪州公共放送のABCとSBSの2つのテレビ局がニュースで繰り返しセンサスへの回答を呼び掛け、回答しなかった場合は、法律上「最大364豪ドル(日本円で約4万1130円)/日」の罰金が科される、と伝えていた。
◆自力でオンライン回答
ずっと無視し続けていたのに、ここに来て、焦ってきた。「最大364豪ドル/日」の罰金情報が独り歩きし始め、「未回答者はひょっとしたら出国できなくなるのでは」という根拠のない不安も押し寄せてきた。
こうなったら、きちんと回答するしかない――。そう考え、思い切ってセンサス・コンタクト・センターに電話した。「われわれは日本からの短期滞在者で、シドニーの妹宅に滞在しているが、妹はすでに回答済みなので、私と妻の2人分のセンサス番号を新たに発行してほしい」旨を要請した。
だが、私と同じようなケースが多かったのだろうか、実際にオペレーターの女性とつながるまで10分ほど待ち、回線状態が悪かったのか双方の会話がなかなかかみ合わず、私と妻のスマホに新たなセンサス番号と仮のパスワード、ワンタイム・ピンが送られてくるまでにさらに5分。2人分のセンサスのオンライン回答を終えたのは結局、最初の照会から1時間半以上たっていた。週末の8日夜に妹の呼び掛けに応じていっしょにオンライン回答をしていれば、2人でせいぜい5分ほどで済んでいただろうに。
それでも、やれやれ、である。だが妹はなお、「私は『8月11日夜の時点で自宅には短期滞在者はいない』って回答していたけど、大丈夫かしら」と不安げで、「もしABSから問い合わせがあったら、『その日は別の場所にいた』と答えるよう口裏を合わせておこう」と提案してきた。「最大364豪ドル/日」の罰金情報の効果は絶大である。
しかし、調べてみると、実際に罰金が科されるまでにはかなりの段階を踏む。その手順は、未回答があると→回答を促す→事情・回答できなかった理由などを確認→「direction(回答せよという指示)」の正式文書を出す→それでも従わない場合、刑事訴追を検討――という流れになる。
さらに、「回答を忘れた」「英語がわからなかった」「どう回答すればよいかわからなかった」などの事情を説明できる状況と、正式な指示を受けた後も意図的に拒否し続ける状況は全く違う。このためABSは、正式な訴追を検討する前に「酌量(しゃくりょう)すべき事情」を確認すると明記している。
公共放送ABCの報道によれば、2016年にABSが調査した段階で、1万531人がセンサスへの回答を拒否し、そのうち239人が連邦検察局に付託された。しかし、起訴された者は1人もいなかったという。
◆「移民の国」ならではの設問
「2026年センサス」に回答してみて正直、勉強になることが実に多かった。最初から無視せず、きちんと回答するべきだった、とひどく後悔した。日本の国勢調査の内容とはかなり違う、「移民の国」ならではの設問が随所にちりばめられていたのだ。
センサスは全部で66問、9分野に分かれている。例えば「祖先・ルーツ」を聞くのは、いかにも豪州らしい質問である。「どこの国で生まれたか」ではなく、最大4つまで「祖先・ルーツ」を回答するようになっている。オーストラリア人の背景がますます複雑・多様になっていることを反映したもので、単に国籍ではなく、「自分はどんな文化的・民族的背景を持つと考えているか」を把握しようとしている点が興味深い。
質問はまた、「家庭でどの言語を使っているか」「英語以外に、家庭でどの言語を使っているか」▽「宗教」を尋ねる(任意回答)▽16歳以上の者に対し、出生時に記録された性別・現在の性自認・性的指向を尋ねる(回答したくない、も選択可)▽「先住民(アボリジニまたはトレス海峡諸島民の出身)かどうか」を尋ねる▽「家をどうやって買った・借りたか」を尋ねる――など、かなり細かく、しかも多角的である。
出生地・祖先・言語・宗教・居住地・仕事などを重ね合わせて、その人を立体的に捉えようとしているのは、世界中から移民が集まってできたオーストラリア社会を統計的に理解するためのセンサスの狙いと言えるだろう。
次回5年後(2031年)の「センサス・ナイト」(国勢調査対象日の夜)、私は果たしてシドニーにいるだろうか。仮にシドニーに滞在していたとしても、「センサス・ナイト」の時期を外れているかもしれない。そう考えると、今年の滞在が「センサス・ナイト」のタイミングに重なったのは結果的に、かなり幸運だったと思えるのだ。











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