п»ї 科学的なGAFAとコロナ敗戦国・日本『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第195回 | ニュース屋台村

科学的なGAFAとコロナ敗戦国・日本
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第195回

6月 04日 2021年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

o バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住23年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

新型コロナウイルスの第一波感染が世界的に拡大していた昨年7月、京都大学iPS細胞研究所所長でノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授が、NHKスペシャルの「人体VSウイルス」に出演されて「このコロナとの闘いは、人間とコロナの戦争になるかも知れません」と語っていたのを記憶している。またコロナウイルスの知見がそれほど世の中に出回っていない頃に、山中教授は既にこうしたことを述べていたのを鮮明に覚えている。併せて、「コロナと闘うためには科学的な思考方法によらなければならない」とも発言していた。私はこのNHKスペシャルを見る前に、スウェーデンの感染学者であるハンス・ロスリングの『ファクトフルネス』(日経BP、2019年1月)を読んでいた。ハンスはその著書の中で感染症の恐ろしさを説くとともに、まだその脅威が完全に克服されていないとしていた。このため私は山中教授の意見にもあまり驚かなかった。

生物37億年の歴史の中で私たちホモサピエンスが食物連鎖の頂点に立ち、偉そうな顔ができているのはわずか1万年程度の話である。さらにその1万年の歴史の中でも、私たちはペスト、天然痘、スペイン風邪など細菌やウイルスに敗北しそうになったことは何度もある。冷静に人間の歴史を振り返れば、人間はまだまだ自然界の中では脆弱(ぜいじゃく)な存在である。

◆伊丹万作が断罪した日本人の自己弁護の論理

それにしてもあまりにも無残な日本の「コロナ敗戦」である。新型コロナウイルスの闘いにあたふたし、強毒化するウイルスに押され続けている。コロナの感染防止策においては他のOECD(経済協力開発機構)加盟国に大きく後れを取り、ワクチン接種率は世界100位にも届かない。

「コロナ感染拡大が言われながら

 政府は、ステイホーム、県境を越えるな!飲み屋は早く閉める、など

 国民にガマンを強いるだけで

 検査はせず、ワクチンは敗北、病床確保せず、

 感染防止は自己管理、

 免疫力と運にかけるしかないといった有様!

 お互いなんとか生き抜きましょう!」

「ニュース屋台村」の編集主幹をしている山田厚史さんから、最近このような励まし(?)のメールをいただいた。全くその通りである。

日本政府は科学的思考を取り入れているようには思えず、国民への要請と言い訳に終始。しかし決して日本政府だけの問題ではない。こうした状況を容認している一般大衆の問題でもある。第2次世界大戦後「自分はだまされた側の人間であり、自分は決して悪くない」という自己弁護の論理に陥った多くの日本人を断罪した映画監督・脚本家の伊丹万作(1900~1946年、映画監督・俳優の故伊丹十三の父)。彼はその随筆「戦争責任者の問題」の中で、被害者面(づら)をした多くの一般大衆を糾弾した(「ニュース屋台村」2019年3月29日付拙稿第140回「日本の変革の主体はだれか?」ご参照)。否、それだけではない。「だまされた」と言いながら、だます側に回った人間が多くいたことを鋭く指摘している。それはまさに、このコロナの状況の中にも当てはまるものである。

「コロナはインフルエンザと同じようなもので感染しても恐くない」

「日本人はBCGワクチンを接種しているためコロナに感染しにくい」

「PCR検査の正確度は高くなく、PCR検査をすることに意味がない」

こうした意見を強弁する人たちは、コロナウイルス発生当時から最近まで私の周りにも多くいた。最近でこそこうした意見を述べる人は少なくなったが、その意見の根拠は「有名なAさんが言っていたから……」「ネットニュースにそうした意見が載っていたから……」などというあいまいなもので、自分の頭で論理的・科学的に考えたからではない。第2次世界大戦に加担し、敗戦を経験したあの頃の多くの日本人と何が違うというのであろうか?  コロナ敗戦の責任は日本政府やマスコミだけではなく、論理的・科学的に物事を考えない私たちにも帰せられる、と伊丹万作は言っているように思える。

◆GAFAから学ぶべき「科学的思考法」

 これと対極をなすのが、GAFAである。それが証拠にGAFAはコロナ感染が始まったこの1年強で収益を倍増させている。GAFAとはIT業界に君臨する米国の四つの巨大企業グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェイスブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)の頭文字を取って名付けられた4社の総称である。

「人生の目的が競争に勝つことだけだ」とは私は決して思わない。しかし私たちの人権が守られている「民主主義」という概念をとってみても、その代表例と思われる「アテネ民主主義」や「ローマ民主主義」はあくまでも支配者階級にのみ認められていたものであり、その民主主義の経済基盤は奴隷制に支えられていた。この21世紀でも民主主義を維持できている国は、経済的に世界の10%以内に入る先進国のみである。近代まで続いた奴隷制のような暴力的な搾取(さくしゅ)構造はさすがに消滅したが、現代の先進国は資本力や技術力などを背景として、後進国から経済的メリットを享受している。

ところが今回のコロナ敗戦により、日本は資本力・技術力・産業力・教育水準などで世界の10%から転げ落ちるところまで来ている。私たちホモサピエンスは「社会性」と「科学的な思考法」によって進化してきた。コロナ敗戦は現代の日本人が「科学的思考法」において優位性を失っていることを気づかせてくれる。今こそ人類を進化に導いてきた「科学的思考法」をGAFAから学ぶべき時なのである。

◆人間の本能を突くビジネス手法

 GAFAの科学的アプローチの手法については、これまでも何度かご紹介してきた。今回はそれを再度整理したい。第一に、この4社に共通することは、彼らのビジネスがいずれも「人間の本能」に強く訴えるものであるということである。人間の本能を規定する方法は幾つかあるが、ここでは「マズローの欲求5段階説」を使用しよう。米国の心理学者アブラハム・マズロー(1908~1970年)は人間の欲求を五つの段階でピラミッド状に表現したマズローの法則を提唱した。その法則によれば、人間の欲求には「生理的欲求」「安全の欲求」「社会帰属欲求」「承認欲求」「自己実現の欲求」の5段階がある。そしてこの五つの欲求にはピラミッド状の序列があり、低次の欲求が満たされるともう一つ上の欲求をもつようになるというものである。近年の脳医学によれば、この5段階の欲求のうち最高位の「自己実現の欲求」以外については、それぞれの欲求に対応する脳内ホルモンの動きが確認されており、医学的にも正しさが立証されている。

さて、ここでGAFAのビジネスを心理学的に読み解いていこう。まずアマゾンである。アマゾンはそもそも書籍のネット販売から始まったが、現在は6億点以上の商品を世界の多くの国の顧客に迅速に配送する。我々が生きていく上で、アマゾンは必要不可欠な存在になりつつある。まさに「生理的欲求」に応えている。グーグルは検索・映像配信・地図などを通して人々の“知”の要求に応える。人間の進化の過程を考えれば、人間は失敗を経験し、間違いを回避するようになった。“知”こそが人類に安全を保証し、現在の繁栄の礎(いしづえ)となったのである。

フェイスブックは人々の交流をインターネット上で実現し、人々をつなげている。人間が他の人とつながりたいという「社会帰属欲求」を充足させている。

最後にアップルである。アップルはIT企業のふるまいを見せているが、その本質はエルメスやルイヴィトンと同じである。iPhoneの持つ高い機能性・ファッション性が人々を魅了し、高価格であっても富裕層はiPhoneを手にする。この思想性は、アップル社がマッキントッシュを発売以来変わっていない。人々は高価格でファッション性の高いiPhoneを持つことにより、他者への優越意識を持つ。マズローの言う「承認欲求」である。こうしてみてくると、GAFAの4社は見事に人間の本能を突いてビジネスを拡大させている。

◆アナログ的な差別化戦略でさらに進化

 次に、GAFAの卓越した点は「社会環境を冷静に分析し、それを自分の味方につけて業績を発展させてきた」ことにある。GAFAが近年進化を遂げたIT技術を最大限に利用して発展してきたことは論をまたないが、世の中には成功しなかったIT企業だって山のようにある。

この4社に共通するのは、どん欲なまでの顧客ニーズの発掘と冷静な競合先分析である。顧客ニーズの発掘のためには自社データを徹底して分析するとともに「トライ・アンド・エラー」で果敢に新たなチャレンジを行う。また競合先には常に目を配り、潜在的成長企業は買収して自分の中に取り込む。こうしたことを実践していくために、金融環境も最大限に利用する。2000年代、日本から始まった先進諸国の金融緩和政策。この金融緩和政策で世界的にジャブついた資金を積極的に利用して、どん欲に投資を行っていった。金融緩和政策を真っ先に行った日本において、日本企業が投資に慎重になり、資金をため込んでしまったのとは好対照である。

 さらにこの4社は、現在の独占的状況を維持・強化するために別の観点で差別化戦略を試みようとしている。その差別化戦略のキーとなるものが、アナログ的なものであることが興味深い。アマゾンは「ECコマース」というIT技術を駆使しながら、世界最大の運送会社に変貌(へんぼう)しつつある。自社に航空機、船舶、倉庫、配送会社を抱え、このアナログ領域で他社を寄せ付けない力を蓄える。アップルは自社製品の主要ターゲットとなる先進主要国に、自社の直営販売店を運営する。人手がかかっても自社直営店だからこそアップルは自社ブランドを守り、顧客の微妙なニーズをつかむことができる。

またこれら4社はクラウドサービスにも参入している。クラウドサービスはデジタル的側面があるものの、資金力が勝負となるアナログ領域である。ここ5年ほど、GAFA4社の従業員数が急増してきているが、その大きな要因は、こうした彼らのアナログ的な差別化戦略であることが読み取れる。

GAFAはその「科学的思考法」を活用して現在も進化している。GAFAの進化の方向は今後の人類の進化の方向性を決めるかもしれない。私たちはGAFAの動きを注視するとともに、そのやり方を研究する必要がある。

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第194回「GAFAの知恵、日本の企業経営者はその経営手法を勉強しよう」(2021年5月21日付)

第179回「『勝ち組』として生き残るための経営者の指針」(20年10月16日付)

第140回「日本の変革の主体はだれか?」(19年3月29日付)

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