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労組をむしばむTV報道の危機-テレ朝労組、民放労連脱退
『山田厚史の地球は丸くない』第169回

8月 14日 2020年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

テレビが登場した昭和、「テレビはお茶の間に直結するメディア」と囃(はや)された。お茶の間がリビングになり、家族の関係が希薄になった令和でも、テレビは「世論と直結」とされ、安倍政権はメディア対策の重点に置いてきた。

テレビ各局を見わたすと、日テレ・フジ系は政府寄りで、安倍首相が頻繁に登場する。テレ朝・TBSはやや政権と距離を置き、その報道ぶりに官邸や自民党が目くじらをたてることが多かった。

メディアの役割が「権力の監視」にあるとすれば、報道現場はまだ頑張っているということだが、そのテレ朝・TBSで労働組合に異変が起きている。

◆「派遣切り」が伏線に

異変その一は「テレビ朝日の民放労連脱退」。7月25日に開かれた民放労連の定期大会で決まった。「労連が徴収する組合費が高い」というのが理由というのだから驚きだ。待遇では超恵まれている民放が「1人月額1500円の労連組合費」が高いから組織から抜ける、というのはどう考えても納得がいかない。

民放連の新委員長に就任した高木盛正TBS労組委員長は、テレ朝労組の脱退理由をこう語った。

スポンサーへの行動が脱退の大きな原因だったことは間違いありません。これはちゃんと聞いてあります、脱退の大きな要因としてMIC(日本マスコミ文化情報労組会議)の行動がある。これは間違いないです」

「スポンサーへの行動」「MICの行動」。門外漢には何のことかわからないが、「労連組合費が高い」というのは表向きの理由だと言う。本当の理由は、テレ朝が抱える面倒な課題、看板番組「報道ステーション」で起きた「派遣切り」が伏線になっているというのだ。

「報ステ」に代表される報道番組を現場で支えるのは、制作プロダクションなど下請けの非正規社員たちだ。局のディレクターら正社員は現場の管理職に過ぎない。取材・構成などコンテンツ作りはニュースの職人である「非正規労働者」が担う。有能な非正規人材をどれだけ抱えているかが番組の出来栄えを左右するのがこの世界だ。

かつて大阪のテレビ局でアシスタントディレクターとして働いた経験があるが、制作現場は「身分制度」によって成り立っていた。番組を作っているのは「下請け」の人たちは、雇用が不安定で、賃金は正社員の半分以下。入社まもない若造の私は「社員さん」と呼ばれた。

「報ステ」の前身「ニュースステーション」は夜の報道番組の草分けで、久米宏がキャスターを務めていたころから「辛口コメント」に定評があり、政権にとって煙ったい存在だった。

「報道姿勢に変化が出てきたのは安倍政権になってから。自民党が報道番組の『公正・中立』をことさら強調し、高市早苗総務大臣が『問題があれば停波も』と脅しをかけるようになってから」と関係者は言う。

安倍首相と仲がいい幻冬舎の見城徹社長がテレ朝の番組審議委員長になり、現場への風当たりが強まった。リベラルな姿勢を貫いていたプロデューサーが更迭され、制作現場の空気が変わったという。

◆ベテラン非正規社員を狙い撃ち

そんな中で新たに就任したプロデューサーの「セクハラ」が週刊誌に載った。社内調査で事実が確認され解任されたが、情報が外部にも漏れたのは「現場スタッフ」からと疑われ、「番組刷新」を口実に番組を背負っていたベテランの非正規社員が狙い撃ちされた。

見方を変えれば、官邸に問題視されるような「硬派路線」をスタッフとともに一掃する強硬策とも言える。社員に対する解雇なら労組は大問題として取り組むが、労組員でない非正規のクビ切りにテレ朝労組は十分に機能できなかった。雇い止めされた下請け社員を別の部署に斡旋するのが精いっぱいで、「報ステ潰し」への有効な反撃はできなかった。

動いたのは、日本マスコミ文化情報労組会議(通称MIC)。新聞労連の南彰委員長が呼びかけ、新聞、放送、出版、印刷、映画、広告などメディアを横断する労組の連絡会議で、ここが中心となって国会で院内集会を開くなど、報道の危機、非正規へのクビ切りなどを世に訴えた。運動の広がりで雇い止めになった非正規社員は、現場復帰はできなかったものの、再就職先が確保された。

MICは各方面に「報ステ」で起きている異常事態を訴えたが、その一つがスポンサー企業への「協力お願い」だった。

「経験豊かなスタッフの大量排除は、スポンサー企業のみなさまに育てていただいた日本有数の報道番組の事実上の解体にもつながるものと懸念します。(中略)契約終了の撤回に向けご協力いただければ幸いです」

テレ朝は反発したという。テレビ局はスポンサーに頭が上がらない。セクハラ発覚で不評を買っていたのに「非正規雇い止め」までもめごとを広げるとは、と営業部門も戸惑った、という。「身内の恥」を嫌がる経営側に労組まで同調し、MICの責任を追及した。

高木委員長の指摘する「スポンサーへの行動」「MICの行動」というのは、「報ステ問題」の処理に絡むものだ。

民放労連を脱退したテレ朝労組は、連合傘下の「メディア労連」に移るという。

◆メディア労組で進む「労働貴族化」

地方のテレビ局の労組がこぞって参加する民放労連は、「報道の自由の尊重」「辺野古軍事基地建設反対」など政治課題にも取り組む「闘う産業別組合」として定評があった。メディア労連は、政治闘争はせず労使協調を掲げるNHK労組である日本放送労働組合(日放労)を中心とするメディア労組の「第二組合」だ。

戦後の混乱期に「言論の自由」を掲げて闘ったメディアの労組は、高度成長による繁栄の果実で高給職場になり、「労働貴族化」が進んでいるとも指摘される。21世紀の通信革命で危機が叫ばれると「生き残り」を目指し、今度は労使一体化が顕著となった。運動は「正社員の雇用と待遇改善」へと傾斜し、メディアとしての存在が希薄化している。

テレ朝労組の脱退は、その一端だろう。民放労連そのものも新委員長の登場で大きく変わろうとしている。高木氏は次のように語っている。

「労使協調路線でいきたい。ムダな闘争は避けたい。私は思想的には右でも左でもありません、あるのは、徹底的な現実主義だけです。思想的、政治的な主張は控えていきたい。言論の自由は誰でもあるが、それに割く時間があればいいが、おそらくもうなくなる。自分たちの生活を守るために精いっぱいになる。政治的な主張、思想的な主張は控えて、現実的な路線の話し合いをするのが、我々のためであり、民放労連存続のためだ」

こうした主張に、地方テレビ局の労組から異論が上がっている。メディア労組を糾合したMICの中でも、高木民放労連は異質な存在になるかもしれない。

日放労が政治的闘争を放棄してから、NHKニュースが「政府追随」へと変化したことは業界の語り草になっている。民放の労働運動で起きている変化は、日本のメディア状況にどんな変化をもたらすだろうか。

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