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なぜ地銀の貸出金利は極度の低下が続くのか ~気が付けば「市場経済からの離反」
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第57回

6月 13日 2022年 経済

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山本謙三(やまもと・けんぞう)

oオフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。

地方銀行の貸出金利が、特異な低下を示している。

新規の短期貸し出しと長期貸し出しの加重平均金利である貸出約定平均金利(総合)は、都市銀行と同水準まで低下した。日本銀行のデータ検索サイトで遡及(そきゅう)可能な1994年以降、初めてのことだ。このうち長期貸し出しの金利は、昨年秋以来、ほとんどの月で都銀を下回っている。

都地銀の経費率や貸出先の信用リスクの差を踏まえれば、新規の貸出約定平均金利(以下、貸出金利)が肩を並べるのは、尋常でない。なぜ、こうした事態が起きているのか。その意味するところは、何か。

◆都銀の貸出金利はすでに低下に歯止め

参考1は、都地銀の貸出金利(総合)と経費率の推移をプロットしたものだ。貸出金利(総合)には、新規とストックの2種類がある。新規は当月実行分の平均金利をいい、ストックは過去実行分を含む貸出残高全体の平均金利をいう。

このうち、当期の利益を左右するのは、ストックの貸出金利(総合)と経費率の差だ。ただし、ストックの貸出金利は一定のタイムラグをもって新規の金利に近づく。したがって、新規の貸出金利(総合)も将来の利益を決める重要な要素となる。

(参考1)都地銀の貸出約定平均金利(総合)と経費率の推移

(出典)日本銀行「貸出約定平均金利」、全国銀行協会「全国銀行財務諸表分析」を基に筆者作成

都銀の貸し出しには、市場金利連動型が多い。このため2016年のマイナス金利政策の導入時には、新規の貸出金利(総合)は大幅に低下した。経費率、預金金利を差し引いた限界的な利ざやも、かなりのマイナスに陥ったとみられる。

こうした事態を眺め、都銀は経費の圧縮を急ぐとともに、貸出金利全般の見直しを進めた。この結果、新規の貸出金利は徐々に上昇に転じ、ストックの貸出金利も20年度以降ほぼ横ばいに転じている。利ざやも、薄利ながらプラスの領域で安定してきたとみられる。

◆低下が止まらない地銀の貸出金利

一方、地銀の貸出金利(総合)は、新規、ストックともに低下が止まらない。新規の貸出金利は経費率と同水準にまで低下し、限界的な利ざやはほぼゼロにまで縮小した。

他業態では、都銀だけでなく信用金庫も、新規の貸出金利(総合)は横ばいに転じている。対照的に、第二地方銀行は、地銀と貸出競合先が多く、貸出金利の低下が続く(参考2参照)。貸出金利の低下に歯止めがかからないのは、地銀、第二地銀に固有の現象である。

(参考2)業態別の新規の貸出金利(総合)推移

(出典)日本銀行「貸出約定平均金利」を基に筆者作成

地銀、第二地銀は、異次元緩和の長期化に伴う運用難から、少しでも配当原資を捻出(ねんしゅつ)しようと国内貸出への傾斜を一段と強めてきた。地方創生に対する社会や政治の「期待」もある。それらの動機が貸出金利を押し下げている。

◆それでも、貸出金利は低すぎる

それでも、地銀の貸出金利は低すぎるだろう。筆者がそう考える根拠は次のようなものだ。

日本銀行の金融システムレポート(2022年4月号)は、ストレステスト用のベースライン・シナリオとして、0.2%程度の信用コスト率を想定する。信用コスト率とは、貸出先が債務不履行に陥り、貸し出しが焦げ付く確率をいう。年平均0.2%程度という想定は、中長期的にみて妥当な水準だろう。

銀行が利益を確保するには、ストックの貸出金利が①経費率②預金利回り③信用コスト率の3者の合計を上回る必要がある。

21年度中間期の地銀の経費率と預金利回りの合計は、0.71%だった。一方、足元の地銀の新規貸出金利(総合)は0.67%にとどまる(2022年1~3月平均)。この貸出金利では、信用コストはもちろんのこと、プラスの利ざやを得ることも難しい。

なぜ地銀はここまで貸出金利を引き下げるのか。

一つの理由は、長引く金融緩和のもとで企業倒産が激減し、企業のデフォルト確率が足元、ゼロ近傍にあることだ。地銀は、今後も同様の状況が続くことを前提に、貸出金利を引き下げている可能性がある。しかし、超金融緩和下での実績をそのまま将来に当てはめることには、大きなリスクがある。

もう一つの理由は、新たに導入された各種の公的な制度が、結果として地域金融機関への補助金として機能していることだ。

典型は、新型コロナ対応としての「信用保証協会の保証付きの実質無利子融資」、いわゆる「ゼロゼロ融資」である。この融資制度では、民間金融機関は信用リスクを負うことなく、貸し出しを実行できる(民間金融機関による同制度の申請受付けは21年3月に終了)。

また、日銀が提供する上乗せ金利の制度も、実質的に銀行の収益悪化を緩和する措置として機能している。

例えば、企業の新型コロナウイルス感染症対応や気候変動対応を支援するための貸し出しの見合いに、日銀当座預金に上乗せ金利を付利する制度がある(「貸出促進付利制度」)。また、地域金融機関向けの制度として、経費率の改善や経営統合を条件に、日銀当座預金に上乗せ金利を付利する制度がある(「地域金融強化のための特別当座預金制度」)。

達観すれば、ゼロ近傍の信用コストの継続と上乗せ金利の制度の存在を前提に、地銀の貸出金利低下が続いている。

逆にいえば、環境が変われば、貸出金利の大幅な見直しが必要となる。しかし、新規の貸出金利の低下に歯止めをかけることができたとしても、ストックの金利が反転するまでに時間がかかる。21年度の地銀決算では増益を記録した先が多かったが、楽観はできない。

◆過度の低金利が市場機能を阻害する

こうした情勢を、マクロ経済の観点からはどう評価すればよいか。

銀行収益全般の悪化に伴い、金融システムの弱体化は避けられない。しかし、改正金融機能強化法(注)の成立もあり、金融システム全体が揺らぐ懸念は当面小さいだろう。また、企業は、超低利で銀行から借り入れを行うことができる。一見、望ましい状況にもみえる。

(注)新型コロナ対策の一環として、金融機関による公的資金の申請条件を大幅に緩和したもの。経営責任の明確化などの条件が緩和されるとともに、返済期限も撤廃された(2026年3月までの時限措置)。

しかし、金融機関や金融システムが本来果たすべき機能は、成長性のある企業を選び出し、新陳代謝を通じて日本経済の成長を促すことだ。「貸し出しの増加」イコール「金融機能の発揮」ではない。実体経済に基づかない低利の貸し出しは、企業の新陳代謝を損ない、経済の活力を奪う。

日銀の長期金利の誘導目標「ゼロ±0.25%」が市場メカニズムからかけ離れた水準であるのは、明らかだ。誘導目標が低下を促した貸出金利も、同様である。日銀自身が掲げる実質経済成長率の見通しは、これらの金利水準より高い(日銀の実質成長率見通し:22年度2.9%→23年度1.9%→24年度1.1%)。

気が付けば「市場経済からの離反」である。

日銀は、物価目標2%が安定的に達成されるまで「粘り強く」異次元緩和を続けるという。しかし、そう言い続けて、10年目に入った。いま必要なのは、これまでの結果を大局的な見地から俯瞰(ふかん)して評価することである。

早く市場機能を回復させ、市場経済を基軸とする日本経済に引き戻す必要がある。

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