山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
日本国憲法は「第一条、天皇」から始まる。「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」
「この地位」を巡って、深刻な対立がもやもやと広がっている。「皇室典範の改正」を巡る動きだ。誤解を恐れずに言えば、「天皇は男系男子で繋(つな)いでゆくもので、女性はダメだ」という政権中枢近くにいる人と、「愛子さまみたいな女性が天皇になれないのはおかしい」という庶民感覚が、底流でぶつかっている。
政治家・高市早苗首相の政権基盤を揺るがす問題になるかもしれない。「男系男子でなければ天皇になれない」と主張する保守派を束ねているのは首相本人だ。男女同権という近代の思想は、「天皇の血筋は男性によって継承される」という「日本の伝統」に及ばない、と考えているようだ。
高い支持率と強い権力があれば、庶民感覚の議論など吹っ飛ばせると言わんばかりの強引さは、危うい。「早苗ちゃん人気」とは異質の「愛子さま人気」を侮ってはいないか。
◆「国民の理解」に言及した天皇
天皇のお世継ぎは、天皇家の大問題だが、天皇は口出しできない。象徴たる天皇には、他の皇族同様、基本的人権はなく、政治的発言はできない。
だが、お世継ぎのあり方に関係する皇族のルールは、平成天皇が「生前退位」を主導したのと同様、天皇の意思を無視できない問題だ。
天皇はすでに動き出した。オランダ・ベルギーへの公式訪問を前にした6月11日の記者会見。皇族の数を増やす政府の動きについて聞かれた陛下は「制度に関する事項については私から言及することは避けたい」と前置きした上で「皇室のあり方や活動の基本は、国民と苦楽を共にすること」と強調し、「皇族数の確保のあり方についての議論においても国民のみなさんの理解を得られることを望んでおります」と述べた。
普通に聞けば、当たり前の、当たり障りのない発言だが、これまで「発言は差し控える」としてきた天皇陛下が「国民の理解」に言及したことは、一歩踏み込んだ発言と受け止められた。
今の政府案は「国民の理解を得られるようなものになっているのか」と問い直したに等しい。国民が納得する内容なら、わざわざ天皇が「国民の理解を」などと言うわけがない。政府と国民の意識に大きな隔たりがあることに天皇は警鐘を鳴らした。
◆政府と国民の間に隔たりある皇室典範改正
「隔たり」を生じさせている皇室典範の改正は、以下のようなものだ。
議論されているのは、①女性皇族が結婚後も皇室に残る②旧宮家の男系男子を養子に迎える――の2案である。
なぜ、この2案が俎上(そじょう)に上がっているか。皇族の数が減って、公務をこなす人が足らない、という事情がある。
皇族の数は1994年、秋篠宮家に次女佳子(かこ)さまが生まれた時が最近のピークで26人いた。その後、下降の一途をたどり、今では16人しかいない。しかも、次世代皇族は、天皇家の長女・愛子さま、秋篠宮家の佳子さま、長男・悠仁(ひさひと)さまの3人だけだ。「少子化・人手不足」は皇室も同じという構造なのだ。
そこで「人材確保対策」として政府が打ち出したのが先の2案。女性皇族は民間人と結婚すると皇室を離脱し「普通の人」になる。これを改め、結婚しても本人が希望すれば皇族としてとどまれる。ただし、その夫や子供は皇族にはなれない。結婚しても一代限りの皇族となる。
仮に愛子さまが、民間人と結婚したら、皇族のままで今のように公務を続けることもできる。ただし、夫や子供は男女を問わず、皇族になれない。
皇族には基本的人権はないので、政治や宗教活動の自由はない。選挙権もない。夫や子供には基本的人権が保障されている。つまり家族の中で、2種類の身分が混在することになる。1代限りの女性宮家は、女性であるがゆえに皇統から外される。公務を分担する人手不足対策。それが「女性皇族は結婚しても皇室に残れる」という案の中身だ。
もう一つの「旧宮家の男系男子を養子に迎える」という案は、全く違う。女性皇族とは逆で、公務を分担するというより、皇統を維持するため「天皇要員のスペアの確保」に狙いがある。
◆「男系男子」という鉄板ルール
旧宮家というのは戦争直後に遡る。占領政策の一環として身分制度の廃止が進められ、皇室は縮小された。天皇は残ったが、天皇家と血筋が遠い11の宮家が廃止され、民間人となった。それから80年近く経った今、皇室の人不足を理由に、旧宮家の男子を皇族が「養子」として迎え、場合によっては天皇になる皇族の数を増やそう、というのだ。
例えば、三笠宮家には夫のいない女性が2人いる。このままでは「お家断絶」になる。そこで、旧宮家の男子を養子にし、その男子が結婚し子供ができれば、その子は皇族になる。女の子は天皇になれないが、男の子は、場合によっては天皇になる可能性がある。
一般の家庭で育った人には分かりにくいが、皇族の世界では「誰が天皇になるか」という「お世継ぎ問題」は、歴史的にも様々なドラマを生んできた。
「お世継ぎ」を権力闘争の道具にしないため、皇統のルールを明確にしたのが皇室典範だ。いわば「皇室ルールブック」で、時代に沿って書き改めてきた。ところが現状のルールでは「天皇のなり手がいなくなる」という心配が出てきた。
なにしろ次世代の天皇になれるのは秋篠宮悠仁さまだけ。万が一のことがあったら、あるいは結婚しても男児ができなかったら、天皇のなり手はいなくなる。
「男系男子でなければ天皇になれない」という今のルールが、厚い壁になっている。このルールで1945年の敗戦までやってこられたのは「側室」があったからだ。皇后に子がなくても側室が男子を産めば、天皇の血筋はつながった。
一夫一婦制となった今、皇族の数は減り、「男系男子」で皇統をつないでいくことに限界が見えてきた。
「安定的な皇位継承」は政府の大問題となり、小泉純一郎首相のころ「有識者懇談会」で議論され、「女性天皇・女系天皇を認める」という改革が諮問された。
ところが、秋篠宮家に男児が生まれ、女性天皇は雲散霧消した。天皇家断絶の危機に心を痛めていた保守派は息を吹き返し、「安定的な皇位継承」という議論を棚上げした。お世継ぎを安定的に確保するには「女性天皇・女系天皇」に踏み込まざるを得ない。「男系男子」では安定的な皇位継承は難しい。
今回の改正は、お世継ぎルールに踏み込まない、として「女性・女系」の論議を封印した。議論を「皇族数の確保」に限定したのは、「男系男子」という鉄板ルールを埋め込むための方便だった。
「皇室ルールの変更は微妙な問題だから、静謐(せいひつ)な環境の中で行う」ということを口実に、官邸が内密に原案を作り、国会では議長を取りまとめ役にして、密かに根回しをした。
◆荒唐無稽な「養子案」
皇室典範改正の骨格が明らかになるにつれ、政府や国会の舞台裏で詰められた案が「国民の理解」に程遠いことが明らかになった。
「皇族数確保が目的と言いながら、実際は男系男子による継承の維持に道筋を付け、女性・女系の継承をあらかじめ封じようという意図が透けて見える」――政権に近い読売新聞まで社説(6月9日付)にこのように書いた。
日本経済新聞の社説(6月10日付)は「家系を根拠に特定の対象者だけを皇族にすることは、門地による差別を禁じた憲法に反するとの指摘が出ており、違憲訴訟が起こされる可能性もある」と指摘した上で「そもそも旧宮家の子孫と言っても、生まれた時から一般国民の人たちである。それが突然皇族になり、さらにその息子が天皇になる。そうした仕組みが広く受け入れられるのか、養子案には疑問が残る」と問題視した。天皇陛下が「国民の理解を得るものに」とクギを刺したのは、こうした流れを受けてのことだ。
「国論を二分する問題に挑戦する」と強気な高市政権は、国会を数で正面突破する構えだ。与党が過半数に満たない参議院は、国民民主党や参政党を取り込んで多数確保を目指す。だが、新聞各紙が揃って異を唱える荒唐無稽な「養子案」を押し通すことは果たしてできるのだろうか。
「養子案」は、以前からあったが「養子縁組には昔から政略が絡みやすい。お世継ぎに養子を絡ませば、政治権力の介在が必ず問題になる」という声があり、小泉首相時代の諮問では「養子は不適当」とされた。
今回の改正案は、麻生太郎自民党副総裁が主導しているとされる。麻生氏は三笠宮寬仁(ともひと)親王(故人)の妃・信子さまの実兄。男子がいない三笠宮家が、旧宮家から養子を取れば、将来、麻生家は天皇家の外戚になる可能性さえある。「男系男子」「旧宮家」「皇統を巡る養子縁組」など時間に針を逆戻りさせるような動きの中で、「皇族数の確保」を口実に「天皇の血脈は男性で繋ぐ」という策動が進んでいる。
◆「愛子さまは天皇になれないのか?」は大きな関心事
こうした「保守派の画策」が政治の世界で完結するなら、権力を握る高市政権に分(ぶ)があるだろう。ところが、天皇が「国民の理解」を口にするなど、この問題は大衆討議へと移りつつある。
世論を二分する他の対決課題、例えば国旗毀損(きそん)罪の制定や殺傷兵器の禁輸撤廃などと違う点が一つある。お世継ぎ問題は、国民の関心事になっていることだ。「皇室典範の改正」への関心は今でも限定的だが、「愛子さまは天皇になれないのか?」は大きな関心を集めている。
皇室問題は女性週刊誌のキラーコンテンツになっている。かつては雅子妃へのバッシングや秋篠宮家の長女・眞子さまの結婚相手に対するスキャンダラスな記事で部数を稼いでいた女性週刊誌が、今は「愛子さん応援団」になっている。
国民の感覚から離反した皇室ルール改正への動きや、賢明な愛子さまへの天皇陛下の期待などが女性週刊誌の特集記事に組まれるようになった。女性の支持を得ているのは高市首相も同じだが、「高市VS愛子さま」となると、週刊誌読者は圧倒的に愛子さま派だ。
皇室問題を深掘りしていけば、高市首相はゴリゴリの保守派であることは明らかだ。男女平等より日本の伝統が重いと考えている首相の感覚を女性たちは、どう受け止めるだろうか。
男女平等が日常となった暮らしの中で「男尊女卑」を日本の伝統として受け入れる人はどれだけいるだろうか。
「愛子さまこそ天皇にふさわしい」と思う大勢の女性が、「愛子さまを天皇にさせない動き」を知ることになる。高市人気はいつまで続くだろうか。











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