機械と一緒にデータを使うビジネスを考える
『おいしいデータの家庭料理』第13回

6月 29日 2026年 社会

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

株式会社ふぇの代表取締役。独自に考案した個体差の機械学習法、フェノラーニング®のビジネス展開を、栃木県那須町で模索中。元PGRD (Pfizer Global R&D) Clinical Technologies, Director。ロンドン大学St.George’s Hospital Medical SchoolでPh.D取得(薬理学)。東京大学教養学部基礎科学科卒業。趣味は農作業。

◆ニュースはAIビジネスの話題ばかり

たぶん、株式市場はAI(人工知能)バブルなのだろう。しかし、AIバブルがはじけたとしても、AIビジネスが停滞したり、衰退したりするとは思えない。インターネットバブルがはじけて、怪しげな新興企業が破綻(はたん)したけれども、インターネット技術は発展し続けた。インターネットのセキュリティーについては、遅ればせながら、大企業で本格的な対応が始まった。インターネットのビジネス需要は確実に発展している。ただし、インターネットバブルがはじけたあとの重要な変化は、インターネットサービス会社の話題がニュースにならなくなり、コロナウイルスや人口問題など、より現実的な社会問題がニュースの主役となった。現在は、AIビジネスの話題がなくなれば、戦争のニュースだけになってしまう。戦争もAIバブルになっているので、AIビジネスの話題と同時期に、戦争の話題もなくなってもらいたいものだ。

AI技術が、近未来の科学技術を破壊的創造することは確実だ。21世紀になって直後(2002年)、スティーブン・ウルフラムの著作『新しい種類の科学』(A New Kind of Science、NKSと省略)がベストセラーになった。筆者は当時、ウルフラムの会社が提供するマセマティカというコンピュータープログラムを使っていたので、1200ページの分厚い英語本NKSを、ユーザー会で購入して読んだ。当時の最先端AIはウルフラム・アルファだった。NKSはAIの話ではなく、セルオートマトンやライフゲームなど、コンピューターアルゴリズムの過大評価だった。ポピュラーサイエンスの読み物としては面白かったけれども、「新しい種類の科学」というよりは、近代科学の限界と終焉(しゅうえん)といった読後感だ。

筆者としては、現在のAIも、ビジネスや軍事への影響が過大評価されていて、確実なのは、近代文明の限界と終焉への警告だと思う。自然を創造した全能の神を100とすれば、近代自然科学が解明したことは10程度で、AIを使っても15が良いところだろう。自然は、因果関係ではなく、確率でできているので、その大部分は偶然でしかなく、実験ができずに、再現性もない。ただし、過去は確率の事後的解釈が可能な、整合的な事象でできているので、因果関係を記述することができる。過去の記述が、近代科学の得意領域だ。

そもそも、確率という概念は数学的なもので、理解が困難だ。自然科学、例えば量子論における確率は、計算できたとしても、因果関係が成立しないので、通常の自然観では理解できない。古代から、必然性に対立する概念として、蓋然(がいぜん)性(probability)が哲学の文脈で使われてきた。現在のAI、特に大規模言語モデル(LLM)では、確率計算というよりは、かなり大まかに蓋然性が数値評価されている。単語をトークンに分解するという、技術的なブレークスルーと、生成AIを敵対的生成ネットワーク(GAN)によって事後的に評価することで、蓋然性の「感覚」が獲得されている。もちろん、AIは機械なので、動物のような「感覚」はない。しかし、植物にも「感覚」があるように、AIも、高度な訓練によって、もっともらしさを理解している。AIは私たちのもっともらしさの感覚を理解しているけれども、私たちは、AIのもっともらしさの感覚を理解することはできない。そして、タンパク質の立体構造予測など、AIの予測能力は、自然科学の予測能力を超えている。

AIが決定的に重要になるのは、近未来の予測であって、シミュレーションだ。どのようなデータを、どのように収集するのか、シミュレーションして、データをリアルタイムで解析する。天気予報は、確実に予測精度が向上している。株価予測は、市場における人々の行動を制御できない限り、あまり信用できない。しかし、AIでSNSを支配すれば、AIによる株価予測の犯罪は可能だ。AIのある未来は、AIのない近代文明とは、原理的に異質なものになる。神が死んで、AIの悪魔とともに生きる未来しかない。筆者が好む悪魔は「マクスウェルの悪魔」(参考1:https://ja.wikipedia.org/wiki/マクスウェルの悪魔 )であって、近代科学の未解決問題だ。AIの悪魔が、中世の悪魔ではなく、近代科学を乗り越える悪魔であってほしい。アルパカキャラたちに、物語を続けてもらおう。

3.3 機械と一緒にデータを使うビジネスを考える
データを集める機械

フェナ:フェニイは、センサーとスマホを使えば、データは安価で大量に収集できると言っていたわよね。じいは「再帰的データ学習」などという、わけのわからないことを言っていたけれど、AIをビジネスに使う場合には、ビジネスで必要なデータは、すでに大企業が独占しているのではないかしら。中小企業の情報システムは、大企業やIT専門業者からの既製品でしょう。AIが学習するデータにしても、中小企業が独自に収集するとは思えないわ。地方でも大規模なショッピングセンターができて、駅前商店街がなくなっているでしょ。社会全体の流れが変わらない限り、AIビジネスだって同じことのような気がするわ。

フェネイ:自動車のように、社会全体の流れを変える技術もあるわ。AI技術は、そのような技術かもしれないのよ。少なくとも、戦争の流れを変えたみたいだし。現在のAIビジネスは、お金の流れを変えているのは確かね。自動運転だって先延ばしになっていて、クルマ社会全体にとっては、たいしたことはなさそうだけど。

フェナ:とにかく、AIがスマホ程度に安価にならないとね。そして、わけのわからないデータをAIと一緒に学習して、AIにデータを使うビジネスを考えてもらうのよ。スマホと電気自転車で宅配ビジネスができるように、AIとスマホでビジネスができないかしら。

フェネイ:ごみ収集車のビジネスのように、社会の底辺で不可欠なビジネスを、AIで変革できるかもしれないわ。とにかく貧富の差が大きくなっているので、社会全体は貧しい側にあって、現在のAIビジネスのように、ごく一部の大富豪では想像もできないビジネスが有望ね。クルマ社会の未来形としては、電気自転車を使うビジネスは、センスが良い発想ね。

フェニイ:電気自転車は自動運転ができないけど、徹底的に安全対策を行うことがビジネスになるぜ。自動運転車の頭についている、ぐるぐる回るカメラを電気自転車につけて、リアルタイムに解析するのさ。車体が小さいし、ゆっくり走るので、技術的には難しくないぜ。安全対策をした電動アシスト三輪車は、高齢者にもニーズがあるはずだ。安全対策のデータを収集して、ビジネスにする要領だ。保険会社もアジア展開をにらんで、興味を持つぜ。

フェネイ:地方の宅配ビジネスは、ネット環境が弱いので工夫が必要ね。カラー表示の電子書籍(Kindle Colorsoftなど)に、新聞のチラシを配布するのはどうかしら。電子書籍は新聞社が無料レンタルするのよ。チラシの広告料で採算が合わなければ、市町村の広報なども配布して、社会情報インフラにするの。双方向のコミュニケーションのためには、文字起こしなど、さらに工夫が必要なので、ビジネスとしては奥深いでしょ。

意味不明なデータがビジネスになる

フェニイ:センサーデータとしての画像はわかりやすいので、道路状況のデータなどに加工して、ビジネスにすることは簡単さ。しかし、画像データは個人情報への配慮が必要で、のめり込むのはごめんだな。それよりも、非可聴高音など、意味不明なデータのほうが、もしビジネスになったら、大きく儲(もう)けられるぜ。工場や戦場など、応用範囲が広がる可能性があるのさ。

フェネイ:お金に換算できるビジネスは別として、社会現象のほとんどは意味不明よ。それなのに、貧富の差だけは明確でしょ。奴隷制度や階級制度と同じで、衣食住、生活のすべてが違うのだから。

フェノじい:意味があるというのは感覚で、意味を理解してから推論が始まるのじゃ。現在のAIは推論は得意じゃが、AIの感覚がどうなっているのか、だれもわかっていないのだぞ。ドイツの若手哲学者マルクス・ガブリエルは『考えるという感覚-思考の意味』(講談社選書メチエ、2024年)において、考えること、考えることを考えること、そして、考えるモデルとしてのAI(人間自体が人工知性であるため、機械としてのAIをAAIと記載している)について考えているのじゃが、思考は感覚から始まることを指摘しているのじゃ。社会現象は他者の存在と同じように、意味不明ではあっても、意味があることは感覚として自明じゃな。

フェナ:じいの話は、ヌェフさん(前回第12回で登場)に未来から解説してもらわないと、よくわからないのよね。わからないということも、確かな感覚よ。AIの場合は、思考の大雑把(おおざっぱ)な感覚を調整できるので、どの程度の大雑把さ加減にするのか指示を与えると、すぐに気分転換するわ。そのへんが機械らしいわね。

フェネイ:他者の存在が意味不明ではあっても、意味があることは確実だと感じるじいは健全なのよ。近代文明の行き過ぎた個人主義は、他者の意味を考える前に、都合の悪い他者を抹殺(まっさつ)するのだから。自分にとって、都合がよい他者なのか、都合が悪い他者なのかも感覚の問題ね。ヌェフさんなら植物の感覚も知っていて、森の生活の話をしてくれるわ。きっと先史時代のホモサピエンスや、近代文明に破壊された先住民の生活でも、意味不明ではあっても、意味があることは確実な社会現象や自然現象について、みんなはもっと自覚的だったのよ。

フェノじい:意味があるという感覚について、もっと自覚的であるためには、自発的な生き方が大切じゃな。自由がない生活では、考えるという感覚が麻痺(まひ)してくるぞ。しかし、AIが自発的になりすぎると、AIの強力な推論能力が暴走するかもしれんな。知識や推論能力が人間のレベルを超える状況では、AIの考えるという感覚を強制的に、かつ短時間ごとにオン/オフするなど、特別な工夫が必要じゃの。

フェニイ:多くの人びとは、意味不明なデータを集めたり、学習したりするのが苦手だし、機械任せにしたいところだけれど、危険性もあるということか。

データビジネスによるAIビジネスの創造的破壊

フェノじい:AIビジネスには、大量のビジネス価値のあるデータが必要じゃ。データビジネスは、AIビジネスにデータを提供するだけではなく、既存のAIビジネス以外の、まったく新しいビジネスを創出する可能性もあるのだぞ。アートや科学において、既存のデータではなく、まったく新規なデータを使って機械学習した生成AIは、新たな著作権や知的財産権の対象となるのじゃ。その場合、データは量ではなく、データ化する目的や方法の新規性が問題となるのじゃ。多くの場合、既存のAIビジネスにおける、目的や方法の問題点を明確にすることが出発点になるぞ。既存のAIビジネスの問題点をハイライトする、いわく、ダメAIがデータビジネスの出発点として有望じゃの。

フェネイ:未成年のAI利用を制限する目的で、未成年向けのデータビジネスを考えるといったような課題かしら。例えば、子供専用のスマート体組成計を作って、健康管理をするとともに、学習支援の機能も追加するのよ。そうすれば、毎日の体調に配慮しながら、学習する習慣が醸成されるでしょ。学習支援にはAI技術を使うけれども、大人のAIとは異なるローカルLLMで十分ね。体重計と連動するスマートウォッチを子供専用に設計して、学校や駅などのチェックポイントで見守るのも難しくなさそうね。子供たちは、スポーツの記録をして楽しむの。スマホと連携する体重計やスマートウォッチはあるけれども、スマホ不用の設計にすることがポイントよ。体重計がホームサーバーになる感じかしら。

フェニイ:俺なら、もっとダメAIなデータビジネスを考えるぜ。既存のAIビジネスの弱点を、データで探査するデータビジネスさ。AIの判断の偏りや、AIの危険な使用法を検出する、AIの安全性評価技術は、AIの能力向上に追いついていないんだぜ。AIが苦手そうな課題を考えて、その課題に関連するデータを集めるのさ。意味がありそうなデータと、本当に意味がないデータを、見分けにくいように加工したデータなんかどうかな。本当の他者と、AIが作った他者を、見分けるための質問を考えて、そのデータでテストするといった感じさ。

フェノじい:ダメAIが、アンチAI(参考2:https://ja.wikipedia.org/wiki/反AI)のような、政治や思想の問題ではなくて、ビジネスになることが重要じゃな。AIビジネスとダメAIビジネスが混在することで、AIビジネスの価値を正確に知ることができるのじゃ。金銭の価値は、金銭では売買できない価値を、社会が自覚することで、継続的な価値として国家がコントロールしているように、AIの価値も、AIでは実現できない価値を、社会が明確に自覚する必要があるのじゃ。

フェニイ:アンチAIが、政治や思想の問題になるのは、AIビジネスが、一握りの超富豪のものとなり、AIのためのAIが暴走して、人びとの未来への希望を破壊して、人びとが生存する尊厳を奪うときさ。それは来年かもしれないし、すでに始まっているかもしれない。アンチ核兵器と同じような話さ。核兵器だって、すでに一握りの独裁者のものとなっているんだぜ。それと比べれば、ダメAIは、そもそも性能競争が無意味なAI技術であって、ニッチなAIにしかならないから、逆に、経済格差に苦しむ人びとの味方になる可能性があるのさ。ダメAIもたくさん集まれば、高性能AIの暴走を止める、ゲリラ戦や抵抗戦線になるぜ。

心地よいデータビジネス

フェナ:また、じいとフェニイの話が暴走しているわ。データビジネスは、機械と私たちが一緒にデータを学習して、何か意味のありそうなデータ間の関係を探すことから始めるのよね。ネットサーフィンという言葉があったけれど、データサーフィンなのかしら。データビジネスで大儲けできるかどうかは別として、データビジネスは波乗りみたいなものだとすれば、若いスポーツ好きにはいいかもしれないけれど、私なんて怖くていやよ。のんびりと、心地よいビジネスにはならないのかしら。

フェネイ:まずは、のんびりと心地よく、データを眺めることね。喫茶店もよいけど、海岸とか、草原も気持ちよさそうよ。一定パターンの強弱の風ではなく、自然と同じく不規則な風でさわやかな涼感をもたらすという触れ込みで1/fゆらぎの扇風機がはやったこともあったわね。京都の川床のように、谷や川の風は特別だわ。じいの時代には、まずは変数の分布を眺めて、変数相互の共分散行列を調べたのですって。変数が20個だとしても、190個の2変数の組み合わせを調べるのだから大変よ。そこで、変数を男女のような2値変数にして、分布の調査を簡略化したらしいの。そういったデータの前処理を、機械が引き受けてくれると助かるわね。

フェノじい:じいの時代では、統計ソフトがあって、特に高価な統計ソフトを学習することが楽しみじゃった。現在のAIは、統計ソフトの機能や使い方も学習しているし、AIを使うユーザーのことも学習しているので、ユーザーの立場からは、簡単といえば簡単じゃが、学習する楽しみもなくなっておるの。波乗りは冒険で、心地よい環境は、ふるさとや家庭のように、親しみのある場所じゃの。その場所が、場所性を失って、都市機能や行政区分に解体(脱構築)されていると思わないかの。地域データには、そのような文明論的な変化をとらえる、ビジネス以上の、社会的な役割があると思えるのじゃがな。

フェナ:じいの言うとおりだわ。現在の社会が、まったく心地よくないのだから、心地よいデータビジネスなんて、夢物語よ。映画「急に具合が悪くなる」の濱口竜介監督は「希望は、絶望を丁寧に積み重ねた先にしか存在しない」(参考3:https://courrier.jp/news/archives/449522/ )と言っていたわ。居心地の悪さをデータで示す、そんな地域データを、丁寧に積み重ねてゆきましょう。データのことやAIがよくわからないからと言って、スマホがうまく使えないからと言って、少なくとも現在を生きていて、死に直面しているときには、個人ではなく、「ひとびと」の一員としての尊厳が守られるような、そういうデータビジネスであることが最低条件ね。

  • 番外コラム:宮脇方式の森再生
  • 最近、宮脇方式の森再生に関する本を読んだ(『ミニフォレスト革命-最速で世界に森を再生している宮脇方式』〈ハンナ・ルイス著、丸善出版、2026年〉)。元首相の細川護熙(もりひろ)が推薦文を書いていた。筆者は不勉強で、宮脇方式を外国人著者から逆輸入した。この本のタイトルはよくできている。宮脇先生は2021年に他界したが、宮脇方式は世界中で受け入れられ、実践されている。筆者の理解では、宮脇方式は、学問的というよりは、実践的かつ思想的なガイドラインで、日本の鎮守の森の特性を、文化レベルから、よくとらえて、世界に発信している。

    筆者は実務家ではあっても、影響力の大きい実践者ではないので、宮脇方式の粗削りな部分が気になってしまう。森を形作る、地下の土壌や菌根菌のことは記載されているけれども、見えない世界への想像力が強調されるだけで、誰にでも見えるようにする技術については追及されていない。

    一方で、マツタケの研究から、松林の再生の問題に取り組んだ小川真は、菌根菌研究グループを先導して、世界の森林再生に貢献している(『菌と世界の森林再生』〈小川真、築地書館、2011年〉)。アプローチは異なるけれども、宮脇先生や小川先生など、世界の森林再生に貢献する日本の植物学者たちを、日本人自身がもっと知って、応援したいものだ。

    【目次案】「おいしいデータの家庭料理」
    1     はじめに; データをおいしくする家庭料理
    1.1 おいしいデータは栄養たっぷり
    1.2   地域のデータをおいしくする
    1.3 データの学習と食事
    2     データの料理法
    2.1 生データのしたごしらえ
    2.2 データは発酵するのか
    2.3 データの調理器具
    2.4 データの献立表
    2.5 データのフルコース
    2.6 おいしいデータは、地域と経済を健康にする
    3  機械学習の学習
    3.1 データをおいしく下ごしらえしてから機械学習する
    3.2 機械と一緒にデータを学習する
    3.3 機械と一緒にデータを使うビジネスを考える<本稿>
    3.4 楽しくデータの学習をする
    3.5 データの学習は冒険でもある
    3.6 機械と一緒にデータを使うビジネスの冒険をする
    4  まばらでゆらぐデータの家庭料理
    4.1 まばらでゆらぐ生活と経済のデータ
    4.2   生活と経済を豊かにするデータの家庭料理
    4.3 まばらでゆらぐデータの調理法
    4.4   まばらでゆらぐデータで健康になる
    4.5   データを使った生活と経済の予測
    4.6 生活と経済のリスクを生き延びる
    4.7 たくさんの小さな試行錯誤による適応
    5  よりあいグループと社会
    5.1 よりあいグループ(地域や家族)のデータ
    5.2 よりあいグループのよりあいグループ
    5.3 機械と学習するよりあいグループのデータ
    5.4 よりあいグループのデータは廻る
    5.5 よりあいグループのデータの周辺
    5.6 よりあいグループのデータを予測する
    5.7 よりあいグループのデータで社会問題を解決する
    6  おわりに;生活と社会の近未来
    6.1 ほとんど色即是空・空即是色な(まばらでゆらぐ)世界
    6.2 まばらでゆらぐ人びとの地域社会
    6.4 データでつながる、地域のNPOから国際NGO連合まで

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    技術的な内容は、「ニュース屋台村」にはコメントしないでください。「株式会社ふぇの」で、フェノラーニング®を実装する試みを開始しました。

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