元記者M(もときしゃ・エム)
元新聞記者。「ニュース屋台村」編集長。南米と東南アジアに駐在歴13年余。座右の銘は「壮志凌雲」。2023年1月定年退職。これを機に日本、タイ、ラオス、オーストラリアの各国を一番過ごしやすい時期に滞在しながら巡る「4か国回遊生活」に入る。日本での日課は5年以上続けている15キロ前後のウォーキング。歩くのが三度の飯とほぼ同じくらい好き。回遊生活先でも沿道の草花を撮影して「ニュース屋台村」のフェイスブックに載せている。
◆千葉豪雨の日、快晴のシドニー
冬のシドニーは例年、雨が多い。ただ、雨といっても一日中ずっと降り続くのではなく、一日のうちどこかの時間帯で短時間降るのが大半だ。雨脚が強くなることはあまりない。ウォーキング先で運悪く雨に遭っても、軒先や大きな樹の下で雨宿りをしていれば5分もすれば、まあ大丈夫である。だから私はふだん、折りたたみの傘や合羽を持ち歩かない。
こちらの天気予報の精度の高さについては以前書いたことがあるが、時間ごとに雨の有る無し、雨量がおおよそ予測できる。だから、ウォーキング先での歩き始めの時間をあらかじめチェックして家を出れば、降水確率がかなり高くても雨に遭わずに行って帰ってこられることが多い。
それでも、この時期にはかなり珍しい、朝起きてから夜寝るまで一日中晴れマークが並ぶ、まさに快晴の日はやっぱり楽しみだ。さてさて、きょうはどこを歩こうか、とあれこれ思いを巡らせる。
8月14日はまさにそんな日だった。この日未明にかけて千葉県は記録的な豪雨に見舞われたが、シドニーの朝は、雲の影ひとつない空に、澄みきった青だけが満ちていた。
まさにすがすがしい、そんな青空だった。しかし歩き始めてしばらくすると、快晴に映し出された高揚した気持ちをかき乱すような光景に出くわした。
◆シドニー大学のキャンパスへ
私はこの日、シドニー大学の構内を歩いた。1850年にオーストラリアで最初に創立されたこの大学の経済学部で学ぶ姪に案内してもらうつもりだった。が、「18歳女子」のスケジュールは講義やらアルバイトやら、友だちのパーティーやらとかなり過密で、なかなか合わない。そこで私は散歩がてら1人で行くことにしたのだった。
レッドファーン駅で電車を下りて案内板に従って歩くこと約10分。周りはほぼシドニー大学の学生ばかりだから、彼らに付いていけばよかった。ただ、日本の大学のように正門のような目立つゲートはなく、どこから大学の構内に入ったかわからない。広大な構内をバスや車が走る大きな通りが貫いているので、余計にわかりにくい。そう言えば姪は「講義に遅れそうになった友だちの中には構内をタクシーで移動するんだよ」と笑っていた。
シドニー大学の公式資料によると、メインキャンパスの広さは約72ヘクタール。東京ドームの15個分に相当する。大学に隣接するビクトリア公園の広さは9ヘクタールあって、私は大学からの帰りに公園を抜けてセントラル駅に出ることが多い。レッドファーン駅からシドニー大学を抜けてセントラル駅のコンコースに着くと、ざっと10キロ歩いたことになる。
◆中国人の超人気観光スポット
私がこの日訪ねたのは、大学の象徴的な建物であるクアドラングル。19世紀のヴィクトリアン・ゴシック様式で、砂岩の建物、尖塔(せんとう)、アーチ、回廊(かいろう)、ガーゴイル(雨樋〈あまどい〉の機能をもつ、怪物などをかたどった彫刻)、ステンドグラスなどが並ぶ。大学側もインスタ映えする場所として紹介しているが、映画「ハリー・ポッター」の舞台となる「ホグワーツ魔法魔術学校」の雰囲気に似ているのだという。
驚いたのは、建物の正面の芝生や建物の回廊の中の人の数である。学生ではなく、いかにも観光客風で、ここだけ人の群れの密度が一段と高く、大げさではなく、ごった返している。
みんな、手にスマホ。三脚や自撮り棒の数も異様で、回廊に座ってポーズを取ったり、中央の芝生で飛び跳ねたり踊ったり。辺りは中国語が席巻、まさに中国人の観光名所と化していた。
調べてみると、2010年代後半、中国人観光客の増加に伴って、一部の中国語圏の観光情報やツアー業者が、シドニー大学を「ハリー・ポッターの撮影場所」あるいは「オーストラリアのホグワーツ」として紹介するようになったのが人気に火を付けるきっかけになったらしい。
「シドニー大学=ハリー・ポッターのホグワーツのような場所」というイメージに結びつき、実際には映画はシドニー大学では撮影されていないのだが、中国人の間で「ホグワーツみたい」という評判が独り歩きし、「本物の撮影地」ではないのに、「ホグワーツそっくりの場所」として観光価値が生まれたのだという。
さらに、それに拍車を掛けたのが中国のSNS。「有名な場所へ行って、自分がそこへ行った証拠写真を撮り、SNSで共有する」という「打卡(ダーカー)」スポットになり、ホグワーツみたいな場所」→「写真を撮ると非常に映える」→「友人が撮ってSNSに投稿する」→「それを見た別の人が行きたくなる」という強力な循環ができ上がり、大学側が「中国人観光客の名所」にしたというより、中国人観光客自身がSNSを通じて名所を作り上げた面がかなり大きいとされる。
大学当局が「インスタ映えする場所」として紹介し、観光名所化を公然と奨励している以上、通りがかりの外国人の私が異論をはさむ筋合いはない。が、母校の大学におびただしい数の中国人観光客が連日押し寄せ、写真やビデオの撮影スポットとして人気を集めるようになったら、いったいどう感じるだろう。
アカデミズムとツーリズム。それらが互いに相いれるものか、あるいは「相克」の関係にあるのか、にわかにわからない。が、この日まざまざと見せつけられた中国人観光客の圧倒的なパワーもあって、クアドラングルからビクトリア公園に続く帰りのなだらかな下り坂を歩く足取りは正直、重かった。
◆異国で目覚める愛国心
「異国、異文化、異邦人に接したとき、人は自己を自己たらしめ、他者と隔てるすべてのものを確認しようと躍起になる。自分に連なる祖先、文化を育んだ自然条件、その他諸々のものに突然親近感を抱く。これは、食欲や性欲に並ぶような、一種の自己保全本能、自己肯定本能のようなものではないだろうか。愛国心、あるいは愛郷心という不思議な感情は、等しく誰もが心の中に抱いているはずだ。」
米原万里の大宅壮一ノンフィクション賞受賞作『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(角川文庫、2001年)の中の一節。読み返すたびに、まさにその通りだと膝(ひざ)を打つところだ。シドニーを歩いていても、まさに正鵠(せいこく)を射ているとしばしば感じる。
例えば、シドニー観光の定番の一つ、オペラハウスの周辺を歩いていると「あるある」の光景だが、中国人、韓国人、インド人、タイ人などのアジア系の観光客はいつもあふれんばかりだ。ところが日本人の姿は、日本の夏休みの時期に当たるのに、ほとんど見かけない。
たまに近くで日本語の会話がすると、細かく聴き取ろうとしたり、会話のする方向をチラ見したりしてしまう。「ここにも日本人がいますよ」と、衝動的に声を掛けたくなることもある。だが、日本人観光客がいっぱいいたらいたで、「ここは日本人が多いから次は避けよう」と思うに決まっている。そんなことを堂々巡りで考えながら、シドニーを歩いている。
◆日本人が海外に出なくなった実相
日本人の観光客が少ないのは、なにもシドニーに限ったことではないだろう。JTBが2026年の夏休みについて行った予測では、海外旅行者数は217万人で前年比8.8%減。平均旅行費用は32万3000円で6.3%増という。
海外旅行者減少の最大の要因は円安だ、と私は思う。さらに、海外の物価高。オーストラリアや米国、欧州などでは、ホテル、レストラン、交通費などの現地価格がコロナ禍前より大幅に上昇しており、「円安×現地物価高」という二重の負担を強いられる構図である。
一方、JTBの2026年調査では、海外旅行に行かない理由の1位は「旅行費用が高いから」が36.5%で、「円安だから」は21.2%にとどまっている。つまり、日本人自身、「円安だから海外に行けない」というより、「そもそも海外旅行は高すぎる」と感じ始めている可能性がある。
さらに、日本国内の物価高と実質所得の減少で、「海外旅行=なくても生活できる大きな支出」を後回しにする人が増えているという。ほかにも、航空運賃・燃油サーチャージの上昇で、「韓国・台湾なら行けるけれど、欧州はやめておこう」と旅行距離の短縮が起きているとされる。
加えて、「『海外旅行に行く』という習慣そのものが弱くなった」とする見方もある。コロナ禍前の2019年には約2008万人が海外へ渡航。ところが、2020~22年のコロナ禍で海外旅行がほぼ消滅。その結果、海外旅行を頻繁にしていた人が高齢化▽若い世代が海外旅行を経験する機会を失った▽パスポートを持たない人が増えた▽「海外旅行は特別なもの」という感覚が強くなった――という「旅行習慣そのものの断絶」が生じているというのである。
JTBの2026年調査でも、「言語の問題」「出入国手続きが面倒」「パスポートを取り直すのが面倒」といった、金銭以外の心理的・手続き的ハードルが指摘されている。
しかしそれでもなお、私は敢えて言いたい。みんな、できる限り、海外に出るべきだと。日本が俯瞰(ふかん)できるし、人によっては日本をより愛おしく思うきっかけになるだろう。日本や日本人が内向きになればなるほど、視野狭窄(きょうさく)に陥りやすくなるし、日本の立ち位置を見失いがちになると思うのだ。
◆世界一高い豪州旅券
日本のパスポートの手数料が7月1日申請分から大幅に値下げされた。18歳以上で10年旅券がオンライン申請で従来の15900円が8900円と7000円も安くなった。外務省の説明では「パスポートの電子化・発給事務の効率化」のほか、「海外渡航の促進」というのが大幅値下げの理由である。
政策的な意味合いのある歓迎すべき動きと言えるが、果たして、前述の日本人の「旅行習慣そのものの断絶」という深刻な事態に風穴を開けるほどのインパクトがあるかといえば、残念ながら強い疑問符が付く。
妻の一番下の妹は現在、豪州外務省の契約職員としてシドニーのパスポートセンターでパスポートの発給事務に携わっている。義妹の話を聞いて、少なからず驚いた。
豪州のパスポート(10年有効)の発給手数料は422豪ドル(約4万8100円)と2025〜2026年の国際比較では、世界で最も高額とされる。それは、高度なセキュリティー技術▽毎年のCPI(物価指数)連動値上げ▽完全コスト回収方式――という3つの理由によるという。
義妹によると、セキュリティー対策では高度なバイオメトリック(顔認証)対応▽偽造防止のための特殊ラミネート▽ポリカーボネート製データページ(耐久性・偽造防止)▽SmartGate(自動入国審査)との連携強化――などの技術によって、「世界で最も安全で信頼されるパスポートの一つ」と評価されている。
一方、豪州のパスポート料金は、法律で毎年1月1日にCPI(物価指数)に合わせて値上げする仕組みで、2025年は412豪ドルだったが、今年は10豪ドル値上がりして422豪ドルになった。今後もCPIに連動して毎年少しずつ上昇する。
そして、無視できないのが「完全コスト回収方式」。パスポート発給にかかる費用を税金ではなく、利用者が全額負担する方式を採用している点である。つまり、セキュリティー技術の更新、システム維持費、国際標準へのアップグレード、将来のデジタルパスポート化の準備などの費用をすべて利用者の手数料で賄うため、料金が高くなるのだ。
10年パスポートで他国と比較してみる(豪ドル換算)と、メキシコ約336豪ドル▽米国約251豪ドル▽ニュージーランド約226豪ドル▽英国約194豪ドル――などとなっており、豪州は断トツに高額である。
◆豪州はほぼ2人に1人以上が旅券保有
一方、パスポートの保有率でも日豪の差異は歴然である。
日本の保有率は18.4%(2025年末)、豪州の保有率は58%超(2025~26年)で、日本は主要先進国の中でも突出して低い(カナダ約67%〈2025年〉、英国約86.5%〈2021年国勢調査〉、米国約54%〈2025年〉、ドイツ推定8割前後)。日本では5~6人に1人しか有効なパスポートを持っていないのに対し、豪州はほぼ2人に1人以上が持っている。
これは単純に「豪州人のほうが海外旅行好き」という一言では説明できない。地理・国内旅行市場・移民社会・生活圏・海外旅行の必要性・歴史的な旅行文化の6つが大きいとの見方がある。
日本の場合、国内だけで巨大な生活圏が完結し、海外に行かなくても旅行の選択肢が非常に豊富である。これに対し豪州は、外国と繋(つな)がって暮らす国で、外国の存在が日本人より生活の中に入りやすい。
とくに典型的な移民国家である豪州では、親族の少なくとも誰か1人は海外出身であることが一般的なので、親族を訪問するための海外渡航は珍しいことではない。このため豪州人にとって「外国へ行く」ことは特別ではなく、日本人が「国内旅行をする」感覚と同じなのである。
◆日本人は「世界の中のいなかっぺ」
それにしても、である。日本のパスポートの保有率の低さはどう考えても驚くし、信じがたく、さみしさ・哀しさすら感じてしまう。自虐的に言えば、ある意味、「世界の中のいなかっぺ」の証しではないか。
もちろん、私だって日本国内にも行ってみたいところはいっぱいある。来日した外国の親族から初めて聞く国内の観光地の名前は数知れず。日本人でありながら、国内の知らないところや行ったことがないところは多い。
それでも私は、いま自由に使える20万円の旅費があるとしたら、ぜいたく三昧(ざんまい)の国内旅行よりも、旅費や食費を切り詰めてでも異文化、異邦人に接して歩く異国を選ぶだろうし、若い頃からずっとそうしてきた。
だからと言って、「日本国内は年を取ってからでも行ける」とは思っていないし、加齢を口実にいずれかのタイミングで海外での滞在を国内旅行に完全に切り替えようとも考えていない。空路で10時間未満の旅が苦痛に感じたら、その時が海外渡航を断念する潮時だと思っている。徐々にではあるが、その時は確実に近づいている。
翻って、日本の旅券の発給手数料の大幅値下げは、海外渡航の促進策としてはあまりにもお粗末で、「弥縫(びぼう)策」として数えるほどの値打ちもない。敢えて言うなら、旅券の再発行希望者にとっては「屁(へ)の突っ張り」程度の価値はあるだろうか。
日本人の海外渡航を促す手立ては本当にないのか。「日本人が海外へ行くことは、日本人自身のためだけでなく、日本の国際競争力のためでもある」という本質を強くアピールし、実効あるものにできないだろうか。
残念ながら、その知恵がなかなか浮かんでこない。このままだと、大局観を著しく欠いた外交音痴の首相をただただ叩くだけで喜んでいる今の無責任な日本を放置しているのと同じことだとわかっているのだが。











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