山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
ネット通販の「楽天市場」から出発し、カード、銀行、証券、旅行、携帯電話へと事業領域を広げてきた楽天グループが、防衛産業に足を踏み入れた。提携相手は、ドイツ・ミュンヘンに本拠を置く防衛テック企業ヘルシング。陸上自衛隊は現在、同社が開発した攻撃型ドローン「HX-2」を試験しており、今年9月末までの検証を経て、導入の可否を判断するという。
楽天はドローンを製造するわけではない。ヘルシングの日本側窓口となり、防衛省への提案、実証試験、調達手続き、国内企業との連携などを支援する。「スタートアップや先端技術と政府機関のニーズをつなぐ」と説明している。平たく言えば、海外の兵器会社と防衛省を結ぶ仲介者、代理店ないし防衛商社に近い役割である。
通販、金融、携帯電話という生活密着型の企業が、なぜ殺傷兵器を扱う防衛産業へと向かうのか。その背景には、ウクライナとの関係、民生技術と軍事技術の接近、「楽天経済圏」の成長限界、携帯電話事業で培った官庁との交渉力、そして、急拡大する防衛予算という5つの事情が重なっている。
◆「HX-2」はAIを搭載した徘徊型弾薬
「HX-2」は、通常の偵察用ドローンではない。目標地域まで飛び、上空を旋回しながら標的を捜索し、発見すると突入して爆発する。「徘徊(はいかい)型弾薬」と呼ばれる攻撃的ドローンだ。
ヘルシングによれば、重量は約12キロ、最高速度は時速220キロ、最大射程は100キロ。戦車、装甲車、砲兵陣地、建造物などを攻撃する弾頭を搭載する。通信や衛星測位が妨害された環境でも、機体のAI(人工知能)が標的を探索、再識別し、任務を続ける。複数の機体をネットワークで結び、編隊で攻撃することも可能だ。
メーカーは、攻撃などの重要な判断には人間を関与させるとしている。しかし、人間が一つ一つの攻撃を最終承認するのか、それともAIの自律的判断で攻撃するか、詳細は明確でない。
報道では、日本国内での量産、いわゆる国産化の可能性も報じられた。楽天は「現時点ではヘルシング側と日本量産について協議していない」と説明している。正式な調達契約も、配備数や契約金額も決まっていない。楽天が直ちに兵器メーカーになるわけではない。それでも、導入後には整備、補修、部品供給、操作教育、ソフトウエア更新、指揮通信システムとの接続が必要になる。業務を広げれば、楽天は単なる販売仲介から、IT・ソフトウエアを重視する新型の防衛商社へ変わるだろう。
◆入り口は通信アプリ「Viber」
楽天と欧州の防衛企業を結んだきっかけは、通信アプリ「Viber」だった。
ViberはLINEのような無料通話・メッセージアプリで、楽天が2014年に約9億ドルで買収した。日本で知名度は低いが、ウクライナなど東欧で広く使われている。楽天によると、ウクライナでの普及率は98%、2024年にはキーウに新たな拠点を開設した。
ロシアによるウクライナ侵攻後、三木谷浩史会長兼社長は多額の寄付や通信支援を行い、ゼレンスキー政権との関係を深めた。Viberを生活基盤として提供してきた楽天は、ウクライナにとって単なる外国企業ではなかった。
ウクライナとの関係は、人道支援から防衛技術支援へと進み、2025年にはウクライナの防衛技術支援機関「Brave1」と協力し、日本の防衛装備展示会「DSEIJapan」にウクライナ企業6社を出展させた。戦闘用ドローン、電波妨害下でも自律飛行する技術、多数のドローンをAIで群制御するシステム、戦場情報を統合するソフトウエアなどを展示した。楽天は、日本政府や国内企業との提携を支援する立場に回った。
Viberによるウクライナとの接点が三木谷氏の支援活動につながり、そこからウクライナや欧州の防衛スタートアップとの人脈が生まれ、ヘルシングの日本進出を仲介する今回の事業へ発展したのである。
Viberが楽天にもたらした現地での信用、人脈、情報経路が、防衛産業への入り口になった。
◆兵器と楽天の接点
防衛産業参入を可能にしたもう一つの要因は、民生技術と軍事技術の境界が薄くなったことだ。従来の防衛産業は、戦闘機、戦車、艦船、ミサイルなど重工業が中心だった。ところが現代の戦争では、無人機、AI、クラウド、衛星通信、画像認識、電子戦、サイバー技術が戦闘の結果を左右する。
ドローン戦で重要なのは、機体を組み立てる技術だけではない。通信が切れた状態で飛行を続けるソフトウエア、AIによる標的認識、多数の無人機の一括管理、地図・位置情報、通信妨害への対処、現場から送られる膨大なデータの処理など。これらは楽天が携帯電話、クラウド、AI、データ分析で蓄積してきた分野と重なる。
楽天が重工メーカーへ転身したのではなく、兵器のソフトウエア化が進み、防衛産業の側が楽天の得意分野に近づいてきたともいえる。
ヘルシングは、2021年創業のスタートアップ企業だ。戦場データを分析するAIソフトウエア企業から始まった。その後、攻撃型ドローン、水中監視システム、軍用航空機向けAIへと事業を拡大した。楽天とヘルシングは、情報処理や通信を出発点に、軍事システムへ接近した企業といえる。
◆「楽天経済圏」の成長限界
楽天の事業拡大は創業以来、ビジネス戦略に沿ってきた。
楽天市場で買い物をさせ、楽天カードで決済させ、楽天銀行に預金させ、楽天証券で資産を運用させ、楽天トラベルで旅行し、楽天モバイルを利用させる。共通の楽天IDとポイントで消費者を囲い込み、1人の顧客から複数の収益を得る「楽天経済圏」である。
国内人口は減少し、ネット通販市場は成熟している。Amazonとの競争に加え、PayPay、NTTドコモ、KDDIなど競争相手も決済、金融、通信を組み合わせた経済圏の形成を目指している。ポイントを配って利用者を囲い込む方式には、費用の増加と成長余地の縮小という問題がある。
そこで楽天は携帯電話事業へ乗り込んだ。スマートフォンは毎日使われるため、通信回線を押さえれば、楽天市場、カード、銀行などへの強力な入り口になると考えたからだ。
だが、全国の基地局整備には巨額の資金が必要だった。携帯事業の赤字(累積で約2兆円)は楽天グループの財務を圧迫し、金融関連会社の株式売却などによる資金調達を余儀なくされた。足元ではモバイル事業の収益は改善しているものの、過去の巨額投資による負担が消えたわけではない。
楽天は防衛事業を携帯赤字の穴埋めと公式に説明したわけではないが、「携帯事業の巨額赤字」をどう埋めるかは、経営の根幹にある課題だ。
国内の生活市場に成長の限界が見え、携帯事業で大きな負担を抱えた楽天が、新たな収益源を探していることは間違いない。防衛産業は、その有力な候補として浮かび上がったと考えられる。
◆携帯事業で身につけた「政府相手の商売」
携帯電話事業は、楽天に赤字だけでなく、政府を相手に事業を進める能力も与えた。通信は普通の商品とは違う。政府から周波数の割り当てを受け、基地局の整備計画を示し、通信障害、災害対応、サイバーセキュリティー、経済安全保障に対応しなければならない。
楽天は携帯事業を通じて、総務省をはじめとする官庁との折衝、政治家への政策要望、規制・認可への対応、基幹インフラの運用、長期にわたる大規模事業の管理を経験した。通信料金をめぐる政府方針に対応し、自社に有利な競争環境を求めて官僚や政治家と交渉することも必要だった。この経験は、防衛省を顧客とする事業に応用できる。
ヘルシングには優れた製品があっても、日本での納入実績や政府との交渉経路がない。日本の防衛調達制度は複雑で、秘密保全、国内での整備、長期的な部品供給などの条件を満たす必要がある。
楽天は、国内で知られた企業としての信用、官庁との交渉経験、IT・通信技術、ウクライナや欧州の企業との人脈を持つ。ヘルシングは兵器を持ち、楽天は日本市場への入り口を持つ。両社の提携は、それぞれの不足を補う組み合わせなのだ。
◆防衛費は「突出した成長市場」
人口減少が進む日本で、防衛は政策的に予算が増え続ける数少ない市場である。政府は防衛力の抜本的強化を掲げ、無人機、AI、宇宙、サイバー、指揮通信システムを重点分野としている。
ウクライナ戦争によって、高価なミサイルだけでなく、比較的安価なドローンを大量に運用する必要性も認識された。
防衛装備は一度納入すれば終わりではない。保守、補修、交換部品、弾薬、操作教育、ソフトウエア更新が長期間続く。採用企業にとって、防衛省は安定した大口顧客となる。
この市場を狙って、先端技術を持つ海外企業が日本に集まりつつある。しかし、外国のスタートアップだけで日本の政府調達に参入するのは難しい。そこで国内企業による仲介に商機が生まれる。
楽天は当初から自社工場を建設する必要がない。海外企業と政府を結び、導入を支援することで参入できる。携帯事業のような巨額の設備投資をせず、成長する政府市場に入れる点は、財務に余裕のない楽天にとって魅力的だろう。
◆生活企業から「政商」へ
防衛参入によって楽天の企業としての性格は大きく変わる。
楽天市場では、多数の出店者が商品を並べ、消費者が自由に選ぶ。ところが防衛装備の買い手は、事実上、政府だけである。価格や性能だけでなく、官庁との関係、政策判断、秘密保全、政治的な信頼が受注を左右する。
消費者に選ばれる生活企業から、政府に選ばれる防衛企業へと領域を広げる楽天。市場での競争から、税金を原資とする政府調達へ移る。
海外の兵器企業と防衛省の間に入り、仲介料や保守収入を得るなら、「政商ビジネスではないか」との批判も出るだろう。なぜ楽天が仲介者に選ばれたのか、「HX-2」はどのような手続きで試験対象になったのか、契約額や仲介報酬はいくらなのか。調達過程の透明性が求められる。
楽天の政策的重要性も高まる。携帯電話に加えて防衛を担えば、政府にとって簡単には無視できない企業になる。そのことが経営上の信用を強める一方、政府との距離が近くなりすぎる危険もある。
◆「通販生活」が突きつけた問い
ブランドイメージへの影響は、すでに表面化している。「通販生活」を発行するカタログハウスは、楽天とヘルシングの連携報道を受け、今年3月に始めたばかりの楽天市場への出店を、8月18日に取りやめた。
同社は「商品憲法」で、核ミサイル、原子力潜水艦、戦闘機、戦車、大砲、銃器のたぐいをできるだけ販売しないとの理念を掲げている。楽天の攻撃型ドローンへの関与は、同社の「非戦」の理念と相いれないと判断した。
この撤退は、一つの店舗が楽天市場を離れたというだけの問題ではない。
楽天市場、楽天カード、楽天銀行、楽天トラベルは、買い物、家計、旅行など市民生活に密着している。その楽天が殺傷兵器の販売を仲介すれば、利用者は「楽天のサービスを使うことが、間接的に軍事事業を支えるのではないか」と考えるかもしれない。
防衛事業が法律に沿い、政府の安全保障政策に貢献するとしても、それだけで利用者の理解が得られるわけではない。
楽天は、どの国や組織への販売を認めるのか、AIに標的識別をどこまで委ねるのか、民生用の通信技術や顧客データと防衛事業をどう分離するのか、将来の武器輸出に関与するのか、といった原則を明らかにする必要がある。
「日本の防衛力強化に役立つ」「先端技術と政府需要を結ぶ」という説明だけでは不十分である。「HX-2」は「イノベーション」である前に、人や物を破壊する殺傷兵器である。
通販から金融へ、金融から通信へと広がった「楽天経済圏」は、いま国家の軍事システムに接続されようとしている。今回の提携は小さな仲介案件に見えるが、楽天の企業理念と性格を変える重大な一歩である。
生活産業から軍事産業へ踏み出すのなら、楽天はなぜそれが自社の使命に含まれるのか、どこに倫理的な一線を引くのかを示さなければならない。
「利益のためなら何でもするのか」という疑念に対し、三木谷氏と楽天経営陣には、経営理念の再構築と、株主、利用者、出店者、社会への明確な説明が求められている。











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