カレーがつなぐインドの独立と友好の絆
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第284回

8月 24日 2026年 国際, 文化, 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

特別支援が必要な方の学びの場「みんなの大学校」学長、博士(新聞学)。フェリス女学院大学准教授、文部科学省障害者生涯学習支援アドバイザー、一般財団法人発達支援研究所客員研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。

◆フェリスと新宿中村屋
 2025年初めにインドの大学で学会発表を行って以来、インドに渡航する機会が増え、インド南部のベンガルールにあるセントジョセフ大学とは私が勤めるフェリス女学院大学と交流協定を結び、学生交流やシンポジウムの開催など活発な交流を行っている。この交流の中で、私が強調しているのがインドカレーとインドの独立、そしてフェリス女学院大学の関係である。この話はインドの誰もがフェリス女学院大学に親近感を抱くきっかけとなっている。

特に私からの説明で時間を割いたのは「新宿中村屋のカレー」だった。東京・新宿駅近くにある新宿中村屋は和洋菓子や総菜で人気のブランドだが、カレーの知名度も抜群で、レストランだけではなく、今やレトルトカレーはスーパーで販売され、家庭の味にもなっている。

◆独立の志士をかくまう
 もともとパン屋であった中村屋が本場インドのカレーを作り始めたのは、インド独立運動の志士といわれるラス・ビハリ・ボースとの出会いから始まった。アジア初のノーベル賞作家の詩人タゴールが来日した際に、一緒に日本に渡ったのがボースであり、そのまま日本に亡命し警察当局に追われる身を匿(かくま)ったのが中村屋の女主人である相馬黒光(そうま・こっこう)であった。インド独立には2人のボースが関わっているが、先鞭(せんべん)をつけたのがこのボースで、後を引き継いだのがチャンドラ・ボースである。

相馬は仙台生まれのフェリス女学院大学出身であり、卒業後も同窓会として同大学の発展に貢献した人物である。このエピソードをセントジョセフ大学の副学長に紹介し、フェリス女学院大学のフィロソフィーである「For Others」(他者のために)とインド独立の闘志が響き合ってできたのが日本で広がった「本場の味」と主張してみた。私見であるが、このようなストーリーにインド人は目を輝かせて聞いてくれる。そして質問が次から次へと話が発展していく。

喧噪(けんそう)の中をインドの研究者や学生と話を繰り広げていくと、沈黙は敵かのようにすき間を許さない言葉が放り込まれて転がっていく。タゴールの話題を熱心に聞くのは、それが国民のシンボルでもあったからだろう。

タゴールはよく日本を訪れ日本の言論界とも関係を維持していたが、ある日戦前の日本で国家主義を批判したことで、仲間とのすき間が出来て晩年は来日しなくなったといわれる。これまで一貫して友好関係を維持してきたインドとの間にはすき間風が吹く要素がないものの、タゴールの事例を考えるのであれば、やはり友好からさらなる関係を発展、維持するために、まだまだ対話を重ねる必要がある。大学間協定はさらなる発展を目指し、セントジョセフ大学の要望もあり、深い対話が出来る関係を築いていきたい。

◆カレーを食べながら
 新宿中村屋とフェリス女学院大学は今年9月16日に新宿中村屋本店(東京都新宿区新宿三丁目26番13号)の新宿中村屋ビル8階「グランナ」で、講演とランチを組み合わせたイベント「中村屋のカレーはなぜ生まれたのか?」を行う。私が最近の日印関係に触れながらあいさつをし、新宿中村屋の島田千加子・広報・CSR部長が「新宿中村屋の創業と純印度式カリー」について説明、フェリス女学院大学の小檜山ルイ学長が「中村屋のカレー誕生の前史―相馬黒光が受けた教育」と題した講演を行う。

今や多くの街角にはためく三色のインド国旗とインド料理店は、日本の都市に溶け込んでいるが、その原点を知るとますますインドとの融和的な雰囲気が醸成され、心地よい関係が発展するのではないだろうか。

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