п»ї 日本経済、「円安」メリットは限定的日本見たまま、聞いたまま『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第267回 | ニュース屋台村

日本経済、「円安」メリットは限定的
日本見たまま、聞いたまま
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第267回

5月 24日 2024年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住26年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

2020年に始まったコロナ禍は世界中に大きな爪痕(つめあと)を残した。中でも、コロナ禍による弊害を最も受けた国は日本ではないだろうか。2か月に及ぶ今回の日本出張を通じて私が感じた率直な感想である。

日本という国・社会を海外から客観的に見ているからであろう。日本の衰退がやたら気にかかる。海外に住むほとんどの日本人が日本の衰退を肌で感じている。自分が知っている「良き時代の日本」を懐かしむ気持ちがこうした日本の衰退を嘆く源流なのかもしれない。あるいは、IT決済や電気自動車(EV)の普及が進む中国を2月末に視察した後だからかもしれない。

今回の日本出張では、経済産業省など政府官公庁、大手自動車メーカー、提携銀行などを訪問してタイや中国での日系企業を取り巻く厳しい状況について話をさせていただいている。拙稿第262~265回の「中国見たまま聞いたまま(その1~4)」で4回にわたって、今年2月の中国出張時の見聞録を紹介した。一部の人からご賛同いただいたものの、強く反発される人も多くいる。

私は「ニュース屋台村」の中でこれまで何度も「日本の衰退」を取り上げ、日本人の危機意識の醸成を図ろうとさまざまな指摘や主張をしてきた。そんな私は何度となく「国賊扱い」されてきた。しかし、どんなにぞんざいな扱いを受けたとしても、日本の衰退に警鐘を鳴らし続けることは、海外に長く住む私のある意味で、義務だとも感じている。一方、今回の日本出張では「日本経済の良いところ」を探すことも大きな目的であった。今回は、有識者の人たちが教えてくれた「日本経済の良いところ」について考えてみたい。

◆観光地、人気の有無で大きな差

多くの人が私に語ってくれたように、確かに日本の都市部の多くには活気が戻ってきた。新橋や新宿など東京の繁華街は夜になると大勢の人たちが繰り出し、一部のレストランは満席となっている。

しかし、よくよく見てみると、それらのレストランでも外国人客の姿を見かける。すし屋、うなぎ屋、焼き肉屋、てんぷら屋などに入ってみると、一部の店では外国人客のほうが多かった。中国人やタイ人などアジア系の人たちも多くいるので、「ぱっと見」では外国人が多くいることがわからない。

一方、日本人のサラリーマンたちが手ごろな値段のセットで酒を飲んでいるのに対して、外国人客は最高級のメニューを選んでいるケースが多い。「せっかく日本に来たのだから、おいしいものを食べて楽しい経験をしたい」。私が海外に行ったならば同じように考える。外国人客は日本でたくさんのカネを落としてくれる。決して悪い話ではない。

東京の繁華街だけではない。出張で訪れた名古屋でも大勢の外国人客を見かけた。新幹線のホームで小旗を持った観光ガイドに引率された欧米系とみられる観光客の姿も何度も見た。1団体で50人以上いるであろう。ホームからこぼれんばかりの人だかりである。特急券の指定席予約時には、1車両のほぼ7割が端からきれいに埋まっている車両を見ることもある。これも外国人客に違いない。

こうした団体の外国人客が下車する際はトラブルになる。荷物を下ろすのに時間がかかるため、列車が時刻通りに発車できない。日本人と異なった時間の感覚に戸惑うこともあるが、それも仕方がない。とりあえず、外国人客は日本にカネを落としてくれるのだから。

今回の日本出張で会ったある地方創生コンサルタントから「タイ人や台湾人は個人旅行客が多く、飲食代とお土産代だけで1人当たり50万円から100万円ぐらいお金を使ってくれる」と聞いた。円安のメリットのおかげで日本を堪能して帰っていくようである。

ただし、こうした観光客で潤っているのは一部の地域である。私どもバンコック銀行の提携銀行のある人は「日本全体として見ると、観光業は厳しい状況にある」として、不良債権の発生に備えていると話していた。

外国人に人気のない観光地は廃業の話が絶えないという。ひとくちに観光業といっても、人気のある場所とそうでない場所の格差は大きいようである。また、活気があるように見える東京の繁華街も「夜10時を過ぎると、パタッと人の波が引いていく」と、タクシー運転手は話していた。コンプライアンス(法令や社会規範の順守)の強化から2次会を禁止している会社が多いという。ただし、タクシー運転手の水揚げは、運転手不足からタクシー1台当たりの稼働率が上がり、それほど悪くはないようである。

◆一部の大手企業・観光業を潤す「円安」

では、民間企業の業績はどうか。いくつかの銀行に聞いて回ると、取引先によって全く違う。取引先の格付分布が改善したという銀行もあれば、悪化しているという銀行もあった。

トヨタ自動車のように、23年度の最終利益が5兆円に迫ろうという強い企業も存在する。トヨタの企業業績を見る限り、日本の企業、特に自動車産業は力強く回復したように感じる。

しかし、中国に行ってみると全く違った風景が見える。トヨタの関係者に聞くと、同社の決算は米国と日本のハイブリッド車の販売増が貢献したようである。この事象をとらえて「EVはハイブリッドに負けた」と囃(はや)し立てる記事を見受ける。確かに日本と米国は中国のEVに対して様々な障壁を設けて進出を遅らせようとしている。しかしそれ以外の地域では、トヨタといえども業績はそれほど良くないようである。

提携銀行の人たちの話を総合すると、「輸出関連企業および海外進出済み大手企業が円安のメリットを享受して業績を伸ばしている」ということのようだ。また「飲食業を含む観光関連企業も地域によって好調」のようである。それでも人手不足などを背景にコロナ禍以降、飲食業の廃業は増加している。いずれにしても、ここでも「円安」が大手企業と観光業を潤しているようである。

◆株価と不動産価格の高騰の効果も限定的

株価と不動産価格の高騰も日本経済の良い側面として語られている。ただ、こうした取引に参加できる人たちはいわゆる「勝ち組」と呼ばれる限られた層である。

関係者に聞くと、欧米の大手ファンドの経営陣が岸田首相をはじめとして政府関係者を頻繁に訪問しているようである。円安状況下で欧米の投資家にとっては日本の株は安い投資に映るのであろう。欧米の投資家は岸田首相に「当面の円安の継続」を確認しに来ているのではないか?と疑ってしまう。

欧米の投資家の投資銘柄選定は、業種総体ではなく企業ごとがベースになっているようである。半導体など戦略商品に不可欠な部品などの製造企業を慎重に選んで株を購入しているという。決して日本の国全体を信用しているわけではなさそうである。

不動産についても、関係者に聞くと、東京湾岸部の高層マンションの購入者は主に、①地方在住の資産家(地方で投資する物件が見つからないため東京の不動産を購入する)②中国人などの円安の恩恵を受けた外国人投資家③相続税対策のために不動産を購入する富裕層④夫婦で年収1200万円以上のパワーカップル(夫婦ともに高収入のカップル)――の四つに分けられるようである。このうち、④のパワーカップル以外は実需に基づいて不動産を購入しているわけではない。高齢者の死亡増加や海外投資家の物件売却が始まれば、不動産価格の反落が始まる可能性は否定できない。

野村総合研究所のレポートによると、純金融資産が1億円以上の富裕層は2021年時点で148万世帯(全世帯数4213万世帯の3.5%)、総額364兆円の金融資産を有しているという。この統計が始まった05年の87万世帯213兆円と比較すると世帯数・金融資産額とも70%の増加率となっている。また第2次安倍政権によるアベノミクス開始時の13年は101万世帯241兆円だったことを考えると、約50%の増加となっている。アベノミクスとは超金融緩和政策による円安、株高誘導政策であり、日経平均株価も13年の1万円前後から23年には3万円超えとなるなど、円安効果が十分に表れている。

私が日本の友人・知人の有識者に日本経済の良いところを尋ねたところ、おおむねこのような回答であった。私の友人・知人は年配者が多く、また社会的にも成功を収めている人が多い。こうした人たちから見ると、日本の経済は決して悪くはないようである。

◆所得格差は拡大する一方

日本経済の実相は本当に良好と言える状況なのであろうか。日本の富裕層はアベノミクス以来、5割増加したといわれている。ただし、日本の国富自体が増えているわけではない。富裕層が増加したということは、それに見合うほどの貧困層も増加したといえる。現に給与所得者の年収は過去20年以上450万円で変化なく、一方で年収の中間値は200万円台後半にまで落ち込んでしまった。

これまで述べてきた通り、日本経済の良好な側面といわれるものは現在、すべて「円安」によってもたらされたものだ。賃金の上昇は輸入物価上昇を主要因とした消費者物価の上昇に追い付かず、過去24か月にわたり実質賃金はマイナス成長となっている。また、円安のメリットを享受しているのは外国人旅行者、海外に進出している大企業、観光関連企業であり、一部の人たちに限定されている。

私たちの子供世代や孫世代は豊かで幸せな生活が保証されているのであろうか。否、私たち高齢者世代でも株式や不動産を持たない非富裕者層の人たちはこれからも安定した生活が送れるのであろうか。

アベノミクスに代表される金融緩和施策は、懐(ふところ)に余裕のある人たちの投機熱を呼び起こし、「富める者はより豊かに、持たぬ者はさらに貧しくなる」結果をもたらした。日本国民の所得格差を表すジニ計数は14年の0.376から21年には0.386(厚生労働省)と格差が拡大している。

さらに、湯水のごとく使い始めた財政支出は岸田政権になって一挙にタガが外れてしまった。08年のリーマン・ショック以前は80兆円台で推移していた財政支出は、安倍政権になって100兆円程度に増加。この間「2%のインフレ率達成」をお題目にマイナス金利など超緩和金融政策を導入し、国債を日銀が購入するという世界でも例を見ない「財政ファイナンス」を始めてしまった。

岸田政権になると、いよいよ「政治家・政商による予算ぶん捕り合戦」の歯止めが利かず、財政支出の額は年間130兆円規模に拡大。リーマン・ショック以前と比べると、年間60%も増やしてしまっている。さらに、財政支出も国会での議論が十分なされないまま「補正予算」で組まれ、「閣議決定」によって勝手に使われてしまっている。

カネの使い道が国民に知らされることが少なく、しかもその効果が検証されることもない。結果として、23年の日本政府の借金は国債発行額1068億円を含めて総額1270兆円になっている。これは国民1人当たり1000万円を超える金額であり、いずれ日本国民はこの金額を何らかの形で支払う必要が出てくる。

最も起こりうるシナリオが、インフレによる実質所得の低下である。日本では過去24か月にわたって輸入物価が上昇して実質賃金がマイナスとなっている。徐々にこうした事態が進行していると考えるのは穿(うが)ちすぎであろうか。

◆「円安」は「両刃の剣」?

一時的に日本に好循環をもたらした「円安」。この「円安」を成就するためにアベノミクスが犯したもう一つの大罪が、海外ファンドからの攻撃に対する手段を放棄したことにある。

先ほど述べたように日本は1068億円もの国債を発行している。国内総生産(GDP)に占める国債の割合は252%にも上り、先進国では断トツの高さである。ちなみに、過去にたびたび債務返済の繰り延べを世界各国に要請してきたギリシャやアルゼンチンでもそれぞれ168%、154%と日本よりかなり低い水準にある。

日本はこれまで富の蓄積があり、海外からの借り入れに頼っていないことがこれほどまでの債務積み上げを可能にしてきた。しかし日本の国債の54%を日銀が保有する「財政ファイナンス」を積極的に推し進めてきた結果、日本政府は金融緩和をやめて金利引き上げに果敢に挑むことができないでいる。金利を引き上げることで日銀が保有する日本国債の市場価格が下がり、日銀が債務超過になってしまうのである。

日銀が債務超過になれば、日本銀行券としての「円」の信用がなくなり円の大暴落が始まりかねない。一方で、じりじり進行する「円安」対策としての為替介入(日銀による大量のドル売り円買い)も使える原資は20兆円ぐらいしか残されていない。もし海外ファンドが一斉に「円売り」を仕掛けてきたら、日本はなす術(すべ)もなく、ハイパーインフレ(急激で制御不能な、極端なインフレ)に襲われることになるであろう。1997年のアジア通貨危機の再来である。

しかし、さすがにこうした事態は考えたくない。中国による台湾侵攻や、日本で再び大地震が起これば現実となるかもしれないが……。

それよりも今後、じりじりと「円安」が進んでいくことが考えられる。「円安」が続くことにより、来日外国人客は増加するだろうし、企業業績も表面上は堅調に推移するかもしれない。一方で、「円安」により貧富の格差は拡大し、日本企業の競争力はさらに削(そ)がれていく。日本は「ゆでガエル」状態から抜け出す手立てを失ったような気がする。

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第262回「閉じこもる大国?―中国 見たまま聞いたまま(その1)」(24年3月15日付)

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第263回「中国経済は本当に破綻するのか?―中国 見たまま聞いたまま(その2)」(24年3月29日付)

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第264回「中国のEV市場を見て感じたこと―中国 見たまま聞いたまま(その3)」(24年4月13日付)

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第265回「急増する中国EV車と在タイ日系企業の覚悟―中国 見たまま聞いたまま(その4完)」(24年4月26日付)

急増する中国EVと在タイ日系企業の覚悟 中国 見たまま聞いたまま(その4完) 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第265回

第206回「日本の衰退30年―その間に中国は何をしてきたのか?」(22年11月19日付)

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第256回「タイへの投資は日系企業にとって最適解か?」(23年12月22日付)

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