п»ї 後がない検察に世間の喝采裏ガネ捜査「から騒ぎ」の恐れ 『山田厚史の地球は丸くない』第253回 | ニュース屋台村

後がない検察に世間の喝采
裏ガネ捜査「から騒ぎ」の恐れ
『山田厚史の地球は丸くない』第253回

12月 29日 2023年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

自民党の派閥を舞台にした裏ガネ疑惑は、連日メディアを賑わしている。検察の捜査は松野博一前官房長官ら政権中枢にのび、「年明けに大物逮捕か?」などと憶測が飛び交う。果たしてそのような展開になるだろうか。事件が政治資金報告書への不記載にとどまるなら、政治家の逮捕はおろか大掛かりな起訴は困難だろう。期待ばかりが先行する中で、検察に勝算はあるのか。

◆「指示していない」と逃げる政治家

「裏金疑惑」はひと言でいえば、受け取った資金を政治金報告書にきちんと記載していなかった、という事件である。安倍派では、毎年開いている派閥のパーティーで所属議員に入場券の販売を割り当てていた。ノルマを超えて売った分は、代金を議員に還付(キックバック)していた。派閥の収支報告書にはキックバック分を載せず、議員側も受け取ったことを報告書に記載していなかった。キックバックされたカネは闇に消え、政治家が密かに使う「裏ガネ」となる。安倍派では時効にかからない最近5年間だけで5億円超が闇に消えた。

政治資金規正法は、政治家や政治団体にカネの出入りを明らかにさせるため、受け取ったり支払ったりしたカネは収支報告書に記載することを義務付けている。

自民党ではリクルート事件など政治献金にまつわる不正がしばしば起こり、政治にカネがかかるなら税金で面倒を見よう、ということになり、1994年に政党助成金が設けられた。併せて政治家個人への献金は禁止されたが、政治団体への献金は認められ、経済界は一時中断していた自民党への政治献金を復活している。その結果、自民党は年間160億円の政党助成金と、25億円規模の政治献金を「二重取り」し、更に政治資金パーティーでカネを集め、議員は裏金づくりに励んでいる。何のために政党助成金を作ったのか。有権者が目を離しているうちに政権党は濡れ手に粟(あわ)でカネを掴(つか)んでいる。

権限を餌にパー券を売り、キックバック、不記載、裏ガネという闇ルートで私腹を肥やすのは政治家として許し難い行為だろう。

だが、こうしたことで政治家が罰せられるか、と言えば「NO」である。公職選挙法では、カネの出入りを報告書に書き込むのは政治団体の会計責任者の仕事になっている。派閥では政治家でない事務局長や局員が担当し、政治家の団体では秘書が会計責任者になっているのが普通だ。不記載や裏ガネがバレても政治家は「知らなかった」と逃げ切れば起訴を免れる。

安倍派で会計の任に当たる事務局員は、検察の調べにキックバックや不記載を認めている、という。しかし、派閥の経営を仕切ってきた松野前官房長官ら歴代の事務総長らは、任意の事情聴取で「関与や共謀」を否定している、という。不記載は派閥の職員や秘書がやったことで、政治家である自分は手を染めていない、と異口同音の主張をしているようだ。

政治資金規正法はザル法で、政治家が裏ガネ作りは倫理的に許されないとしても、法を超える処罰はできない。さらに立件にはもうひとつのハードルがある。仮に政治家の関与が明らかになったとしても処罰するほどの悪質性(可罰的違法性)があるか、という点だ。政治資金報告書はしばしば「記載漏れ」があるので、気がついた時、修正すればそれでよし、とされてきた。

悪質性の目安とされてきたのは「1億円を超える不記載」。

政治家が知りながら1億円を超えて収入を隠していた事実が明らかになれば起訴、という「基準」が慣行となってきた。

昨年、パーティー券収入などを隠し4900万円の不記載が明になった千葉5区選出の薗浦(そのうら)健太郎元首相補佐官は、略式起訴で済まされた。任意の取り調べで容疑を全て認め、国会議員を辞職したことも考慮され、罰金100万円を払い、起訴を免れた。公判が行われないので、どんな犯罪だったか罪状は非公開のままだ。

今回の裏ガネ疑惑では、松野前官房長官の場合でも不記載は1000万円超と報じられている。多額の不記載が問題視されている大野泰正参議院議員や谷川弥一衆議院議員でも不記載は5000万円前後とされる。「薗浦基準」を当てはめれば、罰金で逃げ切る恐れは十分ある。安倍元首相の「桜を見る会」で、会の収入を過少に記載した秘書も略式起訴・罰金100万円だった。

更に、キックバックを受けた中には「事務局員からこのカネは報告書の記載は不要ですと言われた」「キックバック分は派閥から支払われる政務活動費だと思った」などと言い訳し、「違法性の認識はなかった」と主張する議員は少なくない。

検察は略式起訴に持ち込むには、議員が違法性を認識していたことや会計責任者との共謀・指示を立証しなければならない。政治家側は「不記載=裏金づくり」は事務職員や秘書の責任という防波堤を築いている。逮捕し精神的なプレッシャーを与える逮捕・身柄勾留と違い、任意の事情聴取で、「私は知らなかった」「指示していない」と逃げる政治家から起訴に足る自供を引き出すことは容易ではない。

◆検察のたび重なる失態

検察は全国から応援の検事を集め、50人態勢で裏ガネ政治の防波堤を突き崩そうと必死だ。そこまで手を広げて勝負に出るのはなぜか。「揺らぐ検察への信頼」が背後にあるからではないだろうか。かつて田中金脈を追及したロッキード事件や、政権崩壊へと追い込んだリクルート・佐川急便事件などで「巨悪は眠らせない」と豪語した検察の権威は今や霞んでいる。

厚生労働省の局長だった村木厚子さんを逮捕した冤罪(えんざい)事件では、大阪地検が証拠改竄(かいざん)にまで手を染めたことが明らかになった。安倍政権では官邸が検察人事に介入し、首相と気脈を通ずる黒川弘務東京高検検事長(当時)を検事総長に就任させようと画策がなされた。検察はこれに反発して、安倍官邸が主導した参院広島選挙区の河井案里議員派の選挙違反を摘発したが、これに絡む買収事件で失態を演じた。河井派の買収を立証するため、後で不起訴にすることを示唆して市会議員から容疑を認める供述調書を取っていたことが露見した。

最高検察庁は12月25日、取り調べが「不適正」だったとする調査報告書を公表した。東京地検特捜部から応援に行った検事が、供述誘導を行ったもので、とかく批判の多い検察の捜査手法の内実が露わになった。27日には冤罪が明らかになり起訴が取り消された大川原化工機の損害賠償訴訟で判決が出る。無実を訴える容疑者を長期間勾留し、無理やり自供させる人質司法や、杜撰(ずさん)な捜査で起訴した検察に厳しい判決が予想される。東京地検は起訴した事件を公判直前になって「起訴取り消し」という前代未聞の醜態を演じた。公判では警視庁公安部の捜査官が事件を「捏造(ねつぞう)」と証言するなど、捜査の異様さは際立っている。指揮した検察の責任が問われることは必至だ。

最近の検察は政治家が絡む目立った事件の摘発はほとんどない。洋上風力発電の立地をめぐり業者から現金を受け取ったとして秋本真利衆議院議員を逮捕・起訴したが「自民党で原発反対を主張する異端児の駆除」などと揶揄(やゆ)されるほど、権力から遠く離れた捜査だった。安倍・菅時代は、官邸で警察官僚の杉田和博官房副長官(当時)が内閣人事局長を兼務し、後輩の北村滋内閣広報官(当時)が国家安全保障局長になり「経済安全保障」が叫ばれていた。中国を危険視する公安警察の自作自演が大川原化工機の冤罪事件を作り出し、検察はこれに加勢して醜態を演じた。

◆存在意義が問われている検察

冤罪といえば袴田事件がある。再審の重い扉が開かれ、87歳になった袴田巌さんはやっと自由の身になれるかと思われたが、検察は「有罪を立証する」と裁判を継続する。

巨悪を眠らせたまま、弱いものをいじめる。検察の筋書きに沿って密室で強引な供述誘導をする。検察は正義の味方という見立ては、今や消えてしまった。

検察が威信を回復するためには、喝采(かっさい)を浴びるような事件を手がけるしかない。そんな時、神戸学院大学の上脇博之教授から告発が持ち込まれた。自民党の中枢を網羅する広がりのある犯罪だ。少なくとも「不記載」「裏ガネ」は立証できる。家宅捜索すれば、もっと大きな事件につながる端緒が掴めるかもしれない。

今年末に河井派選挙違反の捜査を検証した調査結果が出る。その直後には大川原化工機賠償訴訟が判決を迎える。年が明ければ、袴田事件の再審が始まる。批判の矢面に立つことが避けられない検察にとって裏ガネ捜査は、「正義の味方」を取り戻すチャンスでもある。

1989年に「金丸5億円」という出来事があった。佐川急便から5億円の献金を受け取りながら、自民党副総裁だった金丸信氏は政治資金報告書に記載していなかった。朝日新聞がスクープしたが、金丸氏は当時の実力者で、検察は「略式起訴・20万円の罰金」で済ませた。これが世間の怒りに火をつけた。検察は捜査をやり直し、所得税法違反で家宅捜索すると、金庫から金の延べ棒や有価証券が見つかった。金丸氏は脱税で逮捕・起訴され政界から去った。

検察を動かしたのは世論だった。今回はどうだろう。後がない検察に「正義のバネ」は働くか。今起きている検察への喝采は「巨悪を眠らせるな」という国民の叫びだろう。キックバックや裏ガネを入り口に、闇のカネ→不正蓄財→脱税(所得税法違反)へと捜査を進められるか。それとも事件は「から騒ぎ」で終わるのか。窮地に立つ検察。いま存在意義が問われている(本稿執筆時点=12月27日午前)。

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