п»ї 河井前法相・案里議員は政権の生贄か-絶頂から奈落の政治家夫婦 『山田厚史の地球は丸くない』第165回 | ニュース屋台村

河井前法相・案里議員は政権の生贄か-絶頂から奈落の政治家夫婦
『山田厚史の地球は丸くない』第165回

6月 19日 2020年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

前法相・河井克行氏と妻で参議院議員の案里氏が6月18日、公職選挙法違反(買収)の疑いで逮捕された。参院選広島選挙区の選挙違反では、すでに夫妻の秘書らが逮捕・起訴され、有罪判決を受けている。大掛かりな買収工作が摘発され、実質的な選挙責任者である河井夫妻に捜査が及ぶのは時間の問題とされていた。国会の閉幕を待って、検察による「政治家逮捕劇」が始まった。お縄にかかった河井夫妻は「悪辣(あくらつ)な政治家夫婦」なのか。見ようによっては、「権力争いの犠牲者」かもしれない。

◆検事総長人事をめぐる暗闘

夫は当選7回の衆議院議員。妻は県議から参議院選挙に出馬し、現職を押しのけて当選した。夫婦そろって国会議員。参院選後の内閣改造で、夫は法務大臣に抜擢(ばってき)された。政治家としてこれまでにない脚光を浴びた瞬間、幸運の絶頂に危機の芽は宿っていた。

法相になった夫は密かな任務を授かっていた。検察組織の最高位である検事総長人事を円滑に進めるお膳立て、である。ひとことで言えば、検事総長である稲田伸夫氏に勇退させること。そして後任に、黒川弘務東京高検検事長(当時)を充てることだ。この案件は、法務省と官邸の間で「厄介ごと」になっていた。官邸はかねてから黒川氏を検事総長に、という意向だったが、検察上層部は「黒川は政治に近すぎる」と警戒し、林真琴名古屋高検検事長(当時)を推していた。

官邸で省庁の首脳人事を差配するのは、菅義偉官房長官とされる。菅の手下とみられる河井氏が法相に抜擢されたことで、法務・検察に緊張が走った。「河井法相は、稲田氏を2020年1月までに勇退させようとしている」との観測が関係者の間に広がった。

黒川氏は2月7日に63歳の誕生日を迎える。検察官の定年は63歳。それまでに稲田氏が辞めない限り「黒川検事総長」の目はない。

先手を打ったのは検察側だった。案里氏が当選した参議院選で「ウグイス嬢に法定費用の倍の報酬を支払っていた」という疑惑が浮上、広島地検が捜査に乗り出した。法定費用を超えた報酬は、選挙運動ではありがちなこと、とされる。そこに検察が突き刺さったのは、政治的背景が絡んでいた、と言われている。

検察にとって案里氏派の選挙違反は、官邸を牽制(けんせい)する有力な武器だ。選挙の実質的な差配は克行氏がやっていた。案里氏の選挙には、自民党本部から1億5千万円が投入されている。徹底的に追えば、首相周辺にも捜査が及びかねない。

◆「検察の勝利」で収束

人事をめぐるつばぜり合いは、もう4年も前から始まっていた。現在検事総長の稲田氏は当時、法務省事務次官を務めていた。2016年9月、稲田氏は後任の次官に法務省刑事局長の林氏を指名し、官邸に打診した。ところが官邸は、これを退けて官房長だった黒川氏を指名した。法務省で、事務次官ポストは検事総長、高検検事長などに次ぐナンバー6の地位だが、将来の検事総長への登竜門である。

稲田氏は安倍官邸の意向を覆すことはできなかった。次官のポストには黒川氏が就いたが、ある密約が交わされた、といわれる。「黒川次官は1年限り。後任は林に」で、妥協が図られたという。ところが、1年経っても黒川氏は辞めず、密約は破られた。やがて黒川氏は検察ナンバー2の東京高検検事長になり、林氏は名古屋高検検事長に飛ばされた。

官邸にとって「黒川検事総長」のお膳立ては全て整っていた、といっていい。抵抗したのが稲田氏である。次官人事の根回しを拒否され、密約を反故(ほご)にされ、高検検事長の人事も完敗。官邸が望む人事を潰すには、黒川氏が定年になるまで検事総長に居座る、という手に出た。

法相を辞任した克行氏の後任の森雅子法相も、稲田氏を説得できなかった。官邸は「定年延長」という奇策に走り、違法性が疑われる定年延長を後付けで合法化する「検察庁法改正」へと動いた。

舞台裏で密かに進んでいた暗闘が、一気に表層に噴き出し、「官邸が検察人事に介入」「検察の独立が侵される」と国会やメディアを巻き込んだ騒ぎになった。そして「賭けマージャン」で黒川氏は失脚。後任の東京高検検事長に林氏が就き、「検察の勝利」で収束が図られた。

◆党本部家宅捜索の有無が今後の焦点

水面下の人事抗争とセットになって進んでいた河井派の選挙違反事件をどう処理するか。官邸を威嚇(いかく)する武器だけが、検察の手に残った。官邸の脇腹に突きつけた匕首(あいくち)は、もはや必要なくなった。だから、手仕舞いというわけにはいかない。河井夫婦の買収容疑はほぼ固まっている。

その一方で、政権との関係をこれ以上、悪くするのは得策ではない、という見方も検察内部にはあるという。

官邸と検察の暗闘、といっても、政治家と官僚による人事の主導権をめぐる争いだった。官僚でもある検事集団は「検察は普通の役所と違う。政治からの独立が必要だ」を主張し、世論を味方につけた。だが、これまで検察は、政治的中立を貫いて有権者の側に立って捜査権を発動してきただろうか。

案里氏派の選挙違反は、一審有罪になった秘書2人の事件は「入り口」で、秘書らは河井夫妻につながる「はしご」だという。河井夫婦は「2段目のはしご」である。

選挙違反の全貌を明らかにするには、自民党本部からの1億5千万円が、なぜ、誰によって決定されたか。全体像を明らかにしてほしい。

河井派の選挙には、党本部にいた職員や、安倍首相の事務所から応援が派遣されていた、という。巨額の資金を誰がどこに配ったのか。

検察のやる気を測る目安は「自民党本部への家宅捜索をするか」である。本気で捜査するなら、巨額資金の出元の証拠を押収する作業は不可欠だ。政治から独立した検察ならできる。

事件を「広島止まり」で終わらせるか、「永田町」に突き進むか。事件の焦点はここにある。

週刊文春のインタビューで、案里氏は「もらい事故のような事件」と語った。おだてられ、担がれて政治の階段をのぼり、党本部の事情で参院選候補に押し出され、党丸抱えで当選した。その結果、容疑者として追い回され、逮捕におびえる日々。自殺も図ったという。

身から出た錆(さび)かもしれないが、「人もうらやむ政治家夫婦」とも「評判の悪い政治家夫婦」とも揶揄(やゆ)される「2人の河井」を血祭りにあげて一件落着となれば、「検察の独立」は絵に描いた餅となるだろう。

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