п»ї 白旗掲げる金融政策―日銀の失敗と首相の責任『山田厚史の地球は丸くない』第77回 | ニュース屋台村

白旗掲げる金融政策―日銀の失敗と首相の責任
『山田厚史の地球は丸くない』第77回

9月 16日 2016年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

9月20・21日に開かれる日銀の金融政策決定会合で、金融政策が修正されるらしい。

「2年で消費者物価を2%上昇させる」という政策を諦め、「2年で」という達成までの時間目標を取り下げ、単なる「努力目標」にするという。

新聞報道を読むと、日銀内部では大変なことになっているようだが、こうしたことは世間にはよくあることだ。

夏休み前に「宿題は8月31日までに片づけます」と張り切っていた子が、9月になっても宿題が出来ていない、というようなことと大差ない。

会社でもよくある。「2年後には売り上げを2割伸ばします」と株主総会で社長が約束しながら、全く売り上げが伸びなかった、ということと同じだ。

◆辞めてもおかしくないコンビ

約束した目標が達成できなければ誰かが責任を取る、というのが普通の会社だが、日銀はどうなっているのだろう。

「岩田副総裁はお辞めにならなくていいんですかね」

金融界の人たちからそんな声をよく聞く。岩田規久男(いわた・きくお)副総裁は、金融論が専門の学習院大学教授から副総裁に抜擢(ばってき)された。日銀がベースマネー(通貨)を気前よく発行すればやがて物価は上がる、とする論者だった。

「マネーを際限なく増やしても物価への効果は限定的」と慎重だった白川方明(しらかわ・まさあき)総裁時代の日銀を手厳しく批判し、自民党の知恵袋になっていた。「物価は必ず上がる。目標が達成できなかった副総裁を辞める」と公言していた。そこまで大見得を切ったのだから、辞めてもおかしくない場面である。

責任の重さで言えば、副総裁より黒田東彦(くろだ・はるひこ)総裁の方が重いだろう。

「安倍首相に取り入って日銀総裁になった人」と、財務省ではいわれている。黒田さんは国際金融を担当する財務官(次官待遇)まで出世し、マニラにあるアジア開発銀行の総裁を務めた。普通ならこのあたりで悠々自適の道があったが、敢えて日銀総裁を狙った。

財務省は事務次官を2期務めた武藤敏郎(むとう・としろう)氏を日銀総裁に送り込もうとしていた。だが安倍首相は黒田氏を選んだ。黒田さんなら首相の望む金融政策をしてくれると判断したからだろう。

日銀には「金融政策の独立性」という原則がある。政治家が口出しをするとろくなことにならないから金融政策は日銀が政府から独立して行う、という決まりだ。

安倍首相の政策ブレーンは「日本をデフレにしたのは日銀の責任。それなのに金融政策の独立性を盾に政策を変えようとしない」と非難し、政権が求める政策を忠実に実行するトップを選んだ。それが黒田・岩田コンビだった。

◆「策士」の「勝算」

晴れて総裁になった黒田さんは「常識にとらわれない大胆な政策」を打ち出す。日銀が発行する通貨の量を2倍に拡大。年間50兆~60兆円のベースマネーを銀行に注入する「異次元の金融緩和」へと突入した。

市場に出回るおカネの量が増えればインフレが起こる、と安倍さんのブレーンや黒田・岩田コンビは考えた。日本はこれからインフレだ、と経営者や庶民が思えば、いまのうちにカネを遣ってしまおう、と消費や設備投資が伸びるだろう。人々がわれ先にカネを遣い始めたら物価は上がる――。

国際金融に詳しい黒田さんには「勝算」があった。日本の貿易収支の赤字が増えていた。福島の原発事故で発電は火力に頼るが、原油価格が高騰している。貿易赤字はどんどん膨らみ、投資収益も含めた経常収支もこのままでは赤字になる。国際収支の赤字は円安につながる。円安になれば輸入品の物価が上がる。原油の値上がりは生活物資の値上がりを招く。けたたましい金融緩和を行えば、一挙に円高・株高・物価高が進む。

大蔵省時代、「策士」といわれた黒田さんは、彼なりの勝利の方程式を描いていた。

緒戦は予想通り、弾けたような円安となった。海外で事業を展開する企業はドル高のおかげで円換算の収益や売り上げが膨らんだ。上場企業は市場空前の儲けとなり、アベノミクス大成功と政権の支持率は上昇した。

◆みじめな敗北の行き着く先

策士・黒田は「短期決戦」を考えていたのだろう。敗戦承知で戦争に突入し、「暴れて見せます」と真珠湾攻撃で緒戦の成果を挙げ、短期決戦で戦争を終わらそうとした山本五十六を手本にしたのだろう。

成果が出たところで手仕舞う。2年で2%物価を上昇させたら、さっさと出口に進む、とハラを決めていた。ところがそうはいかなかった。

期待した消費が伸びない。企業は儲かっても労働者の給与は増えない。膨らんだのは将来不安。庶民は財布のヒモを固くした。企業は儲けを抱え込み、2015年の内部留保は377兆円にも達した。カネは国内で回っていない。

「黒田バズーカ」と呼ばれる追加の金融緩和は第2・第3弾と撃たれたが、効果は最初の2・3日で、物価も成長も0・5%程度と低迷する。

「2年で2%上昇」の約束の期日は2015年4月だった。黒田さんは、勝手に期日を書き換えて、今では「2016年度中」になっている。つまり2017年3月末へ2年も先延ばしされたが、これでも「絶望的」となった。

約束手形の期日はとっくに過ぎている。その証文から「期日」を消すのが、今回の変更だ。こんなみじめな敗北は珍しい。

黒田・岩田コンビの責任は重大だが、政府の言いなりになる人物を日銀のトップに据えた安倍首相の責任はどうなるのか。

金融政策の白旗が上がる。総裁が責任を問われれば首相の責任が問題になる。だから黒田さんも岩田さんも責任を問われない。

それで日本は大丈夫なのか。

One response so far

  • 七福神 より:

    そもそもアベノミックス自体、経済対策としては、大規模な公共事業以外は間違い。日銀の量的緩和については、これだけ構造的に需要が減少し、余剰資金がうなっている国において、全く意味のない金融政策。投資、融資先がないので、国債を購入したり、日銀の当座預金に預けて、何とか頑張っているのが今の金融界の実情。ただ流通量を増やせば、需要が回復すると考えるのは、全く日本の実情を分からない、愚かな対応。日銀、政府、そしてちょうちんメディアや学者、本当に出来が悪い。

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