п»ї 円安と物価高のWパンチに萎縮「4か国回遊生活」オーストラリア再訪編 『四方八方異論の矛先-屋台村軒先余聞』第16回 | ニュース屋台村

円安と物価高のWパンチに萎縮
「4か国回遊生活」オーストラリア再訪編
『四方八方異論の矛先-屋台村軒先余聞』第16回

4月 10日 2024年 社会

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元記者M(もときしゃ・エム)

元新聞社勤務。南米と東南アジアに駐在歴13年余。座右の銘は「壮志凌雲」。2023年1月定年退職。これを機に日本、タイ、ラオス、オーストラリアの各国を一番過ごしやすい時期に滞在しながら巡る「4か国回遊生活」に入る。日本での日課は3年以上続けている15キロ前後のウォーキング。歩くのが三度の飯とほぼ同じくらい好き。回遊生活先でも沿道の草花を撮影して「ニュース屋台村」のフェイスブックに載せている。

◆小雪舞う東京から夏のシドニーへ

イースター(復活祭)に伴う4連休の初日だった3月29日、私はメルボルンと並ぶオーストラリア最大規模の都市シドニーにある観光名所の一つ、世界遺産のシドニー・オペラハウスにほど近いサーキュラーキーの埠頭(ふとう)にいた。この日から9日間の日程でオーストラリア大陸の南東海上にあるタスマニア島などを巡るクルーズ船に乗り込む妻らを見送るためである。

今回の渡豪は、私は2019年10月以来、妻は自宅療養中の母(95歳)を他の4人の妹たちと分担して介護するのが目的で、22年12月以来となる。妻はイースター休暇に入る前の時点で介護当番がとりあえず一巡したので、別の妹1人とその友人の計4人で客船によるタスマニア島周遊旅行に参加したのだった。

私たちは3月初めに小雪の舞う東京から夏のシドニーに到着し、シドニー郊外にある妻の実家に滞在している。羽田から直行便で9時間余り。南半球の豪シドニーは4月7日午前3時まで夏時間で、日本との時差はプラス2時間(7日午前3時以降は通常の東部時間帯に戻りプラス1時間)。私は2023年1月の定年退職を機に「4か国回遊生活」に入り、2年目となる今年は3月初めから3か月間、シドニーで生活している。

夏時間の期間中、気温は最高が30度を超す日もあり、最低との差が15度以上ある日もたびたびで、一日のうちに四季を経験するような不思議な感覚だ。短パン、Tシャツ姿の人の隣に、ダウンジャケットを羽織ったりマフラーを巻いたりしている人がいる。私もシドニーに着いた当初、昼間の猛烈な暑さに油断して窓を開けて寝ていたら、明け方の冷気で風邪を引きかけた。

私は「回遊生活」について本来、現地ではできるだけ「生活者の目」で滞在したいと努めて意識はしている。だが、生まれも育ちもだれにも負けないほどの超過疎の寒村だし、日本とは環境も気候も習慣も違う異国での新生活を始めたばかりとあって、物見遊山(ものみゆさん)の「旅行者の目」からいまだに抜け出せられずにいる。ただ、視点は違っても生活の拠点が日本にある私にとっては、目に映るものすべてが新鮮で、こうした環境に身を置ける現在に至福の時を感じつつ、できるだけ記憶と記録にとどめておこうと思う。

◆心躍る無数のコース ウォーキング満喫

私はシドニーに到着して以来ほぼ毎日、主にサーキュラーキーを起点にフェリーに乗って7路線ある運航先をその日の気分で選び、目的地のワーフ(波止場)で下船した後、ウォーキングをしている。

タスマン海に面した広大で起伏に富んだ一帯はシドニーハーバー国立公園の中にあり、日によっては20キロ以上歩くこともある。日差しと紫外線は年間を通して強く、確かにこの時期は秋に近づきつつあるものの依然として暑いが、空気が乾燥しているため、木陰に入ると涼しい。

日本にいる時は、日課として江戸川を挟んで東京、千葉、埼玉の3都県を歩いているが、独自のコースはすでに歩き尽くしている。日によってコースを変えることはあっても道の数は限られているから、新しいコースを開拓することはもう難しい。

ところがシドニーでは、前回までの渡豪でかなりのコースを踏破したつもりだったが、今回すでに1か月間歩いてみて、毎日違うルートを歩いたとしてもおそらく1年では到底歩き尽くせないほど実にさまざまなコースがあることを実感している。

切り立った断崖絶壁の海岸線沿いのウォーキングコースばかりではない。オペラハウスやその近くにある総督官邸と王立植物園の周辺、さらにはオペラハウスと並ぶシドニーのシンボル・ハーバーブリッジの往復、コンベンションセンターやエキシビションセンターなど奇抜なデザインの大規模な建物が並ぶダーリングハーバーの一帯など、自然も都市空間もウォーキングにはもってこいだ。

そして、フェリーや電車、バス、ライトレール(路面電車)など公共交通機関を使って郊外に出ると、例えばニューサウスウェールズ州では、州都シドニーに次ぐ第2の都市パラマタにある世界遺産の旧総督官邸(1788年に建てられた豪州最古の公共建築)の周辺など、目の前に広がる、開放感をいきなり後押ししてくれるような、景色を見ているだけで脚が無意識のうちに前へ前へと出てしまう心躍るコースを挙げると切りがない。

◆すぐ消えてしまう100豪ドル

一方、「生活者の目」で見ると、オーストラリアに入国してまず驚いたのが、異常な物価高である。豪州の物価は年々上昇していて、日本より割高感があることは前回の渡豪時にも感じてはいたが今回は想定以上だ。モノにもよるが、感覚的には日本の3~5倍。おまけに円安がどんどん進行し、円は1豪ドル=100円超まで値下がりしている(本稿では便宜的に1豪ドル=100円とする)。

到着早々、空港で旅行トランクを載せるカートを使うと4豪ドル、空港の駐車場料金は2時間まで31豪ドル、のどが乾いてミネラルウオーターのペットボトルを買ったら5豪ドルと、割高な“空港価格”を考慮しても、円安と物価高のダブルパンチの洗礼をいきなり受けた格好だ。

ランチにハンバーガーとソフトドリンクを注文すると25豪ドル、渡豪すれば必ず立ち寄るベトナム麺専門店のクリスビーチキン付きエッグヌードルは19豪ドル、サーキュラーキーの埠頭の前にある人気のアイスクリーム店ロイヤル・コペンハーゲンのコーンアイスは1スクープで7.5豪ドル……。オーストラリアの声楽家ネリー・メルバ(1861~1931年)の肖像画が描かれた最高額面の100豪ドル紙幣は、その価値の有難みをまったくと言っていいほど感じないまま財布の中からたちまち消えていく。

豪州の紙幣は5ドル、10ドル、20ドル、50ドル、100ドルの5種類ある。いずれもポリマー(プラスティック)製で風が吹くとすぐに飛んでしまいそうだが、なにも紙幣そのものが軽いからだけではないような気がしてきた。

日本で倹(つま)しい生活をしているぶんには、日常の食材を買うのに1回で1万円札を使い切るには、ふだんは口にしない高い食材を買うか、かなりまとまった量が買える。しかし、1万円に相当する100豪ドルは、当のオーストラリア人でさえ「家族4人でお昼にハンバーガーを食べたら、もうおしまい」と、哀しいかな、あきれるほど使い出がない。

 ◆「生活者」、時に「おのぼりさん」に

私はシドニーに到着後まもなくして、実家近くにあるWOOLWORTH(ウールワース)とCOLES(コールス)の二つのチェーンスーパー大手の店舗を回り、値段を比べながら安いほうの店で買い物するようになった。

牛乳(2リットル)は6.9豪ドル、オレンジジュース(1.5リットル)は6豪ドル、薄切り食パン4.4豪ドル。それでも、これだけで計17.3豪ドル、日本円に換算すると、1730円になる。

野菜類も総じて日本の3~5倍だが、旬の果物は日本より安く、例えばキロ当たりでシャインマスカットは13豪ドル、リンゴ5.9豪ドル、プラム4.9豪ドル、スイカ2.9豪ドルなどで、香りは日本に比べてイマイチだが、甘くて食感がいい。

ウォーキング先での外食はなるべく控え、実家を出る前にリュックサックに、冷たい蒸留水を詰めた水筒のほか、別にペットボトル1本とナッツ類とドライフルーツ、リンゴやプラムなどの果物を入れ、ランチ代わりにしている。

ただ、暑い日はがまんできず、サーキュラーキーの埠頭まで戻ってくると、ロイヤル・コペンハーゲンに寄ってコーンアイスをほおばりながら一息つくこともある。この時は生活防衛意識よりも「おのぼりさん」意識と「食い意地」のほうが上回り、「まっ、しゃあないか」と自らに言い訳をしている。

◆平均年収920万円、最低賃金は時給2323円

では、こんな物価高でもなぜオーストラリア国民の多くはまずまずの生活水準を維持できているのか? 日本の「生活者の目」からするとごくごく素朴な疑問だが、その答えはいたって簡単である。そもそも、給与水準が日本の倍以上も高いからである。

オーストラリア政府統計局の資料によると、2022年5月時点での豪州の男女合わせた平均給与(年収ベース)はフルタイム(正規雇用者)の場合、約9万2千豪ドル(約920万円)、それ以外の全ての労働者も含めた平均給与(年収ベース)は約6万9900豪ドル(約699万円)。一方、今年度(2023/2024年度〈2023年7月~24年6月〉)の全国の最低賃金は、激しいインフレを背景に前年度比で5.75%高い時給23.23豪ドル(約2323円)と、東京の現在の時給(1113円)の2倍以上の高水準にある。

この最低賃金は、特別な技術や資格を必要としない工場での単純労働などに適用されるもので、例えば、道路の補修工事現場の交通整理要員なら時給は45豪ドル(約4500円)前後と倍近くに跳ね上がる。

最低賃金は毎年7月に改定されるが、当地の報道によると、労組に近い現在の労働党のアルバニージー政権は物価上昇分を上回る実質賃金の大幅な引き上げを求めている。

豪州では「公正労働委員会」(FWC)が毎年、消費者物価指数(CPI)や雇用情勢などを考慮し、新年度が始まる7月1日に最低賃金を改定している。FWCは法務省が所管するものの独立した権限を持つ組織とされる。豪州はすでに世界で最低賃金が最も高い国の一つになっていて、OECD(経済協力開発機構)の統計によると、豪州の最低賃金は購買力平価(PPP)ベースで時給13.6米ドル(22年)とOECD加盟国中2番目に高い。

◆気になる邦人観光客の動き

一方、報道によると、インフレは足元で落ち着いてきたものの、直近23年10-12月期のCPI上昇率は前年同期比4.1%と中銀目標の2〜3%を上回っている。仮に来年度の最低賃金を4%引き上げた場合、週給(5日間)は35豪ドル程度、月給(20日間)は140豪ドル程度、それぞれ増える計算になる。

急激な賃上げについて、インフレが止まらなくなる「賃金物価スパイラル」を招く可能性も指摘されている。人件費の負担が増えれば、事業者はモノやサービスの価格に転嫁せざるを得ないためだ。

こうした懸念は、進む一方の円安に加えて、驚くほどの物価高に直面しつつ生活防衛の意識を強めながら「回遊生活」を送っているわが身には、まさに「他人事(ひとごと)」でしかない。

ただ、日本の春休みに当たるこの時期にシドニーの観光地各所で日本人らしき観光客をほとんど見かけないのは、いささか自虐的な見方かもしれないが、コロナ禍は収束しつつあるというのに、円安と物価高のダブルパンチが日本人を内向きへと萎縮させ、海外渡航への意欲の出はなをくじいているのではないか、と思ってしまうのだ。(以下次回に続く)

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