п»ї 何の目的で海外進出するか事前によく考えよ『ものづくり一徹本舗』第17回 | ニュース屋台村

何の目的で海外進出するか事前によく考えよ
『ものづくり一徹本舗』第17回

6月 27日 2014年 経済

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迎洋一郎(むかえ・よういちろう)

1941年生まれ、60年豊田合成入社。95年豊田合成タイランド社長。2000年一栄工業社長。現在中国、タイで工場コンサルタントを務める。自称「ものづくり研究家」。

1995年、私はトヨタ合成が初めてタイに竣工(しゅんこう)した製造工場の初代社長として赴任した。このとき既に海外進出に長い歴史を持つトヨタ自動車の海外生産技術部門や調達部門の幹部の方々、さらにはグループ会社の方から多くの助言とご指導をいただいた。そのおかげで、なんとかタイ進出を成功に導くことが出来た。今回は、そのときの体験の一部を紹介したい。

◆甘かった進出計画のもくろみ

「海外進出する際は何の目的で進出をするか、よく考えてから事を成せ」。当たり前の話であるが、当時準備にかかわった私をはじめ本社の企画部門や技術部門の人間は、このことを真剣に突き詰めていなかった。

「タイは車の生産が今後飛躍的に増える」「タイの人件費は日本の10分の1以下だから日本で造るより安い車が出来る」というきわめて楽観的な見通しをたて、それに基づく進出計画を準備した。しかし「トヨタ合成のタイ進出は計画内容が甘すぎてトヨタ自動車として支援できない」という声が聞こえてきたのである。

私は海外に関する知識が全く乏しく具体的な改善案も無く、「こうなれば、教えを請うしかない」と判断し、トヨタ自動車の海外生産技術部と調達部に足しげく出向き、ご指導を仰ぐことにした。

「進出を決める前になぜ相談に来ないのか! いまさら遅い」と、強い口調でお叱りを受けた。しかし何度も通い、誠意を持ってお応えしているうちに次第に打ち解け合い、助言をいただけるようになった。

「材料も設備金型も全て日本製を持って行く考えが甘すぎる」「日本の本社におんぶに抱っこでは、現地に多く存在する先発日系企業には勝てない」など、今から考えればもっともな指摘ばかりである。「もっと厳しいコスト低減計画に直せ」とのご指導を受けたのである。

しかし、その時は工場建設や設備などの発注も終わり進出計画の実行段階にあり、変更は間に合わない。第1フェーズだけは当初計画を認めていただき、第2フェーズは計画の見直しを約束して退出した。

◆安い人件費のメリットを最大限に生かす

そして、私がタイに赴任したあとのことである。日本出張に際し、トヨタ自動車の伊原保守調達部長(当時、現副社長)の所へ出向くと、「勉強のためにトヨタ車体のインドネシア現地法人であるスギティークリエーティブス社を一度見てくると良い。行くなら部下を1人付けて案内してあげよう」という、やさしい思いやりをいただいたのである。言うまでもなく、その場で日程を決め工場視察をお願いした。

タイからジャカルタに飛び、スギティー社を訪問すると、トヨタ自動車の本社調達部門の方がわざわざ日本から出張し、私をスギティー社の社長と幹部の方に紹介してくださった。

スギティー社はまだ操業1年と歴史が浅かったが、トヨタ合成のタイ工場とは全くレベルが異なるものであった。スギティー社の網岡卓二社長(当時、後にトヨタ車体社長)は「賃金の安い国でそのメリットを最大に生かし、いかに合理的な生産体制を構築すべきか徹底的に追求し、品質、原価、量、納期で国際競争に打ち勝てる取り組みを展開している」と熱く語られた。

実際に工場見学をしてみると、日本では考えられない光景がいたる所で見受けられた。

私が最も強烈な印象を受けたのが、樹脂部品の外装大型部品メッキ工程であった。メッキ加工工程は日本では既に完全自動化されており、したがって日系企業が海外進出するときも、立ち上げの安全を見込んで同じ型式の装置を送り込むものだと思い込んでいた。

海外現地会社には日本人はごく少数しか赴任しないので、実績のある機械装置にすることにより安全を確保しようと考えたのである。設備機械費は日本より高くなるが、人件費や加工費が安いためトータルでは原価は少しばかり安くなり、一般的には本社の実行許可が出るものである。

ところがスギティー社の工場では、至る所にいかにも現地仕様と思われる設備が据えられていた。その一つが樹脂メッキ工程である。メッキ工程は搬送治具(じぐ)に仕掛かり作業品(以下ワーク)を吊るしてメッキ槽に入れ、それが済むと洗浄槽、乾燥機へと機械で移送する。

しかしスギティー社では、この工程を2人のオペレーターが手作業で行っていたのである。その目的はもちろんコスト低減だが、単なる設備投資低減だけではなく、安い人件費のメリットを最大限に生かそうという考えであった。

具体的には、①人がワークを運ぶことで、ワークにメッキ薬が残っている部分があると治具を使ってワークを斜めに傾け、槽内に落としてやる。これでメッキ薬の歩留まり効果が10%以上改善された②洗浄槽に持ち込むメッキ薬品の量が減り、洗浄槽の汚染が大きく改善された③機械装置投資額が低くなり、マシンレートが日本より大幅に低下した――などの改善効果が出てトータルコストが下がり、インドネシアならでの製造コストを出し、自動車メーカーに喜んでもらえたとの事である。

スギティー社の訪問を終えてタイへ戻った私は早速、幹部5人を集めてタイでの事業計画の見直しを提案。計画策定会議を数回行い、次のような方針に従って5カ年事業計画を推進することにした。
 
  ①設備、金型、材料部品の日本からの輸入を極力減らし、最も投資効率の良い取引会社を選定
    する
  ②高度な自動化を避け、人でやれるものは手動化設備とし、投資を抑える
  ③材料、部品は現地化したメーカーを優先し、日本からの輸入単価以下に抑える
  ④販売先は従来の日本本社にこだわらず、競争力のついた商品はいずれのメーカーにも拡販の
  努力をする
  ⑤商品ごとの原価評価と世界レベルのコスト評価を行い、改善課題を明確にする
  ⑥日本本社でコスト競争で苦しんでいる製品をタイから輸出し、支援する力をつける
    これらを取り組み方針として業務を推進することにした。具体的な改善策などについては、
    次回ご紹介したい。

◆品質に問題がなければあえて自動化する必要はない

昨年、機会があってスギティー社を見学させていただいた。全体的に規模は大きく立派になり、工程も近代化されていた。もちろん経営幹部の方々も交代されていた。

ところが、あのメッキ工場のワーク移動はまだオペレーター2人による手作業を続けていたのである。考えてみれば、今でもインドネシアの賃金は日本の10分の1以下である。品質に問題がなければ、あえて自動化する必要はない。機械償却費が高くつく。

スギティー社を再訪し改めて、20年近く前の伊原調達部長(当時)の見識の深さ、さらに新米の海外現地法人社長に勉強させようというご配慮に、深く感動を覚えた。また、スギティー社の当時の網岡社長が自動車メーカーの要望をいち早く理解し、行動を起こして活動されている様(さま)をこの目で見させていただいた私は、大変幸せだったと感謝した。

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