п»ї BGMの落とし穴『トラーリのいまどきタイランド』第5回 | ニュース屋台村

BGMの落とし穴
『トラーリのいまどきタイランド』第5回

2月 21日 2014年 文化

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トラーリ

寅年、北海道生まれ。1998年よりタイ在住。音楽やライブエンターテインメント事業にたずさわる。

数カ月前のある夜、バンコク市内にある日本人オーナーのレストランで実際に起きた出来事である。

レストランの閉店間際に数人の警察官が突然入り込んできた。彼らは「店内で流しているBGM(バックグラウンドミュージック)が著作権違反行為だ」と言い、タイ人の女性マネジャーから事情聴取するため署に連行し、罰金5万バーツ(1バーツは約3.2円)を請求した。オーナーは署に駆けつけて罰金の値引き交渉をし、最終的に3万5千バーツまで引き下げ、その場で現金を支払うことでマネジャーは解放された。支払いの際に手渡されたのは、タイ国内にある著作権管理団体名義の「5千バーツ」という金額が記載された一枚の領収書であった。証拠のない3万バーツは彼らのポケットに消えたというわけだ。

この話を耳にして、警察官の腐敗がこの分野にまで及んでいたことを知り、腹立たしさを感じた。タイでは交通違反などの取り締まりの際に賄賂が平然と要求されている。飲食店やマッサージ店には、警察官がみかじめ料に似た賄賂を集金に訪れる話も珍しくない。

賄賂文化が定着しているタイできれいごとを言っても通用しないかも知れないが、市民の生活の安全を図ることが第一の任務であるべき警察が、職務を乱用して賄賂を要求する行為は権力の腐敗体質を象徴するもので、あきれてものが言えない。

一方で、日本人オーナーの不勉強についても残念に思う。海外で飲食店を経営する立場であるならば、BGMの許諾などの現地ルールは調べておくべきであろう。ただ、タイ国内のビジネスコンサルティング会社が提示する会社設立や飲食店立ち上げマニュアルにBGMについて言及されているものを目にしたことがなく、これは落とし穴と言える。タイの警察官はこのような落とし穴につけ込み、日々私腹を肥やしているのだ。

◆著作権保護対策に動き緩慢

タイには国内外の著作権を管理する非営利団体として、Music Copyright (Thailand) Ltd.(ミュージック・コピーライト・タイランド、以下MCT)があり、日本の一般社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC=ジャスラック)との間で、演奏権についてのみ相互代理契約を結んでいる。タイで録音された楽曲の著作権を保有しそのロイヤルティーを徴収するとともに、日本の楽曲の演奏権の使用料を徴収し、JASRACに支払う役割を担っている。

しかし、積極的な著作権保護対策を講じてはおらず、タイの大手音楽レーベル(GMMグラミーとRSの2社)がそれぞれ独自にタイ警察の経済犯罪取締部(ECD)に通報し、ECDが強制捜査を行っているのが実情だ。摘発を受ける店舗は生演奏サービスのあるバーやクラブ、レストランが多いと聞く。またRSに比べGMMグラミーによる監視が厳しいことから、タイの地方ではGMMグラミーに通報されたことを逆恨みし、「アンチグラミー運動」を掲げてRSレーベルの楽曲しか演奏しない店があるくらいだ。「店内でGMMグラミーの楽曲を流すことによってプロモーションの手助けをしてあげているのに、お金を徴収するとはなにごとだ!」というのが彼らの言い分で、著作権に対する認識が根本的にかみ合っていない。

◆自衛のため情報共有や現地ルールの周知徹底を

タイでは、漫画、アニメ、ゲームなどの海賊ソフトや違法ダウンロードの問題が年々深刻さを増しており、損失は莫大(ばくだい)な金額だと思われる。タイの警察にはそれらを優先的に摘発してもらいたいものだが、インターネットを通じて行われる著作権侵害案件は摘発が難しいだけでなく、賄賂として現金を受け取りにくいので着手しないことも考えられる。交通違反罰金が分かりやすい例で、彼らの取り締まりの優先順位はポケットマネー回収率が基準になっているとしか思えない。

警察による取り締まりのほか、タイのコンテンツ業界団体(タイ・エンターテインメント・コンテンツ協会、以下TECA)が、過去に著作権侵害対策を講じたケースもある。文化庁の資料によると、2011年1月から10月までの間に、TECAから通報を受けたタイ警察の経済犯罪取締部(ECD)が計148回の強制捜査を行った。TECAによると、音楽だけに限ってみるとこの10カ月間だけで総額5200万バーツ以上の著作権侵害による損失があったと推定される。当時に比べ、タイではスマートフォンユーザーの数が増えているため、さらに損失額が増していることが予想されるが、量刑や罰金が厳しくないため引き続き横行するケースが多く、抑止力は不十分と感じる。

最後に、「BGMを流す」という行為は、著作権法上では「演奏」と見なされる。歌唱やバンドの生演奏だけが「演奏」ではない。したがって日本人の飲食店経営者が「うちの店では生バンドはないから」と言って音楽を流す行為は落とし穴となる。このような落とし穴につけ込む警察官の悪徳行為を防ぐためにも、日本人経営者同士の情報共有や現地ルールの事前勉強を怠らないでいただきたい。

※タイの著作権については、日本の文化庁国際課による『タイにおける著作権侵害対策ハンドブック』(2012年3月発行)が参考になります。URLは以下の通り。
www.bunka.go.jp/chosakuken/kaizokuban/pdf/24_tai_singai_handbook_ver2.pdf#search=’%E3%82%BF%E3%82%A4+%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9′

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