п»ї 「日本酒テイスティング会」試行錯誤の歴史 3年半ぶり開催 日本食ブームも追い風に 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第237回 | ニュース屋台村

「日本酒テイスティング会」試行錯誤の歴史
3年半ぶり開催 日本食ブームも追い風に
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第237回

3月 17日 2023年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住25年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

新型コロナウイルスの影響で長らく中止していたバンコック銀行(以下バン銀)日系企業部主催の「日本酒テイスティング会」が2月23日、バン銀系列の会員制クラブである「バンコククラブ」で開催された。コロナ禍の影響で3年半ぶりの開催であったが、タイ人135人、日本人85人の計220人のお客様と、日本の酒蔵の出展者などを合わせて約300人のにぎやかな催しとなった。

◆前身は日本産ワインテイスティング会

日本酒テイスティング会はそもそも、2014年3月に開催した日本産ワインテイスティン会を前身としており、今回で都合10回目の開催となった。過去のテイスティング会の開催実績は以下のとおりである。

1=第1回ワイン 14年7月24日(5酒蔵12銘柄)

2=第2回ワイン 15年1月22日(8酒蔵13銘柄)

3=第3回ワイン 16年7月28日(7酒蔵13銘柄)

4=第1回日本酒 17年1月26日(11酒蔵25銘柄)

5=第2回日本酒 17年7月27日(10酒蔵24銘柄)

6=第3回日本酒 18年1月25日(7酒蔵16銘柄)

7=第4回日本酒 18年9月27日(9酒蔵23銘柄)

8=第5回日本酒 19年3月21日(14酒蔵40銘柄)

9=第6回日本酒 19年10月24日(9酒蔵26銘柄)

10=第7回日本酒 23年2月23日(8酒蔵18銘柄)

振り返ってみると、こうしたテイスティング会を開催してすでに10年近くたつが、第1回のワインテイスティング会での苦労がついこの前のことのように思い起こされる。

ワインテイスティング会を開催するきっかけとなったのは、地方銀行からの出向者対策である。現在もバン銀の日系企業部には20人ほどの出向者がおり、1人当たり300社ほどの担当をもって毎日訪問を繰り返している。ただ、提携銀行からの出向者を本格的に受け入れ始めたのは12―13年からで、当時は担当者1人当たり200社の訪問先をリストアップしていた。

ところが、タイへの進出企業の数は自治体によって大きく異なる。北海道、東北、山梨などは自行の取引先かどうかに関係なく、自治体からの進出企業を全部リストアップしても200社に満たなかった。訪問先が少ない地方銀行の出向者にどのようなモチベーションを与えることができるか? 社内にあまり働かない不稼働人員がいると、会社全体の効率性が落ちる。これは私がトヨタ生産方式から学んだ一つの教訓である。日系企業部の生産性を上げるためにはなんとかしなければならない。

こんな時にバン銀の系列会員制クラブ「バンコククラブ」が毎月、世界のワインを紹介するワインテイスティングのイベントを実施していることを聞きつけた。イタリア、フランス、オーストラリア、チリなど各国の在タイ大使館の協力を得ながらそれぞれの国のワインをタイの富裕層に紹介する企画である。

タイは上座部仏教の国で、飲酒は5大罪の一つとなっている。このため長らくアルコールを飲む習慣がなかったが、1990年代から急速にタイ人の間に飲酒の習慣が普及した。さらにタイ人の所得向上も相まって、ワインを飲むことはタイ人のファッションとなっていった。

バン銀の日系企業部には山梨中央銀行、北洋銀行、山形銀行など日本のワイン生産量の上位県からの出向者がいる。彼らが“不稼働資産”にならないためにもこのワインイベントを利用しない手はない。私はさっそくその準備に取り掛かった。

◆人海戦術で日本から手荷物で持ち込む

ここで私は、それらの銀行並びにその出向者たちの名誉のために付言をしなければならない。現在バン銀に派遣されている提携銀行の出向者は例外なく全員、300社以上の担当先を持って訪問活動を行っている。しかし2012―13年当時は、まだタイ進出企業も今ほど多くはなかったのである。

まず「バンコククラブ」のワインイベントに日本産ワインを取り上げてもらえるよう、クラブの社長に直談判を申し込んだ。もちろんクラブ側に異論はない。タイでは、世界のワインの中で日本産ワインの認知度はかなり低かったが、ありがたいことにタイ人は日本が大好きである。さらにクラブとして取り扱うワインの多様性が広がるため、すぐに賛成をしてくれた。

次にやらなくてはいけないことは、ワインの提供元を探すことである。ここには大きなハードルが存在した。まず、ワインを無償で提供してくれるワイナリーを探すことである。山梨中央銀行、北洋銀行、山形銀行に依頼して地元の取引先ワイナリーにワインの拠出をお願いしたが、なかなか色よい返事がもらえない。当時の日本のワイナリーはタイ向けに日本産品を売ろうとあまり考えていなかったようである。彼らの目標は本場フランスに殴り込みをかけ、日本産品の品質に折り紙をつけてもらうことにあった。このためタイ市場など眼中になかった。

それでも山梨中央銀行の取引先である白百合醸造、まるき葡萄酒、北洋銀行の取引先の北海道ワイン、日本清酒、さらに宮崎県から都農ワインの各社がワインを提供してくれた。ところが、これらのワインはまだタイで販売していないため、卸売業者からのワイン搬入ができない。テイスティング用のワインをタイに搬入する手段は手荷物として持ち込むしかない。最後は腹をくくって人海戦術で臨むことにした。こうした苦難を経て、14年7月24日にようやく第1回日本産ワインテイスティング会の開催にこぎつけたのである。

◆ワインに合う日本食おつまみを用意

この時の私にはもう一つ野望があった。当時、欧州各国の有名ワイナリーはこぞってバンコクの一流ホテルのレストランとタッグを組んで自社のワインの売り込みを図っていた。フランスのパスカル・ジョルベはグランド・ハイアットホテル、イタリアのガヤはマンダリン・オリエンタルホテル、スペインのウニコ・ベガシシリアはスコタイホテルなどである。

それぞれのホテルのレストランは世界各国からミシュランの星を持つシェフを呼んでペアリングをしてワインと料理のおいしさを伝えようとしていた。私たちも負けるわけにはいかない。日本産ワインに合うおいしい日本食をペアリングしよう。こうした思いを当地の一流日本食レストランである「葵」の高橋オーナーに伝え、格安の料金で日本産ワインに合う日本食の開発をお願いした。そして「葵」の伊熊料理長が中心となって10種類以上の日本産ワインに合うおつまみを開発してもらった。ワインテイスティン会の2週間前には、これらおつまみの試食会を行い、本番に備えた。

14年7月24日の第1回日本産ワインテイスティング会当日。日本からわざわざ駆けつけてくれた五つのワイナリーの方たちと日本食を提供する「葵」の従業員たちは午後2時過ぎから会場に駆けつけ準備を開始。バン銀の日本人行員とタイ人の課長たち午後も5時前には応援に駆け付け、午後6時半にワインテイスティング会が始まった。日本大使館とジェトロ(日本貿易振興機構)の後援も取り付け、時事通信や共同通信なども取材に来てくれた。ただ残念ながら、当日の入場者は100人にも満たなかった。素直に私たちの力不足を認めなければならない。

それでも日本から出店していただいた各ワイナリーの方たちは、来場者の方たち一人ひとりに丁寧にワインの特徴やブドウ品種の説明をしてくださった。その真摯(しんし)な態度に頭が下がる思いであった。また来場者は当初、「葵」のおつまみコーナーに押し寄せ、30分もたたない間に日本食は売り切れてしまった。入場者は日本食を食べた後にゆっくりとワインコーナーを回り始めた。日本産ワインと日本食おつまみのペアリングを行う私のアイデアは残念ながら機能しなかった。

◆失敗覚悟でスタートした日本酒テイスティング会

この第1回ワインテイスティング会を手始めに、私は日本出張のたびに提携銀行の本部行員と共に全国各地のワイナリーを回って私たちのワインテイスティング会への参加を呼び掛けた。しかし第2回、第3回の実績を見ても分かるように、参加ワイナリーは思ったように増えなかった。

こんな時に色々な人たちから「日本酒テイスティング会」に切り替えたらどうか?」という提案を受けた。確かに日本酒の酒蔵はワイナリーに比べて数(1400酒蔵対400ワイナリー)は圧倒的に多く、日本酒の酒蔵からの協力は得やすい。さらに日本での日本酒の需要が低迷しており、「海外で日本酒を売り込みたい」というニーズも強かった。しかし一方で、タイ人は欧州のワイナリーの努力もあってワインは飲み慣れているが、日本酒にはなじみがない。私には、日本酒テイスティング会で顧客を呼び込める自信は全くなかった。実際それまで、タイ人消費者向けの日本酒単独での試飲会や商談会は誰もトライしていなかった。

日本酒商談会は「B To R」と呼ばれるレストラン向けのものに限られていたのである。それでも、やってみなければ結果はわからない。失敗覚悟で17年1月に最初の日本酒テイスティング会を開催した。ところが「案ずるより産むがやすし」である。タイで日本酒を売りたいという酒蔵は予想外に多く、あっという間にワインの2倍近い酒蔵と銘柄が集まった。またタイの日本酒の卸売業者も積極的にこのイベントを応援してくださった。あとは試飲をしてもらう入場者を集めることである。バン銀行日系企業部の顧客向けメールマガジンである「バンコック銀行回覧板」で入場者を募ると、100人近い応募があった。こうして日本酒テイスティング会への切り替えは無事に行われた。

◆改善重ね追い風にも乗って今がある

それでもまだ反省点はあった。日本酒テイスティング会はそもそも、日本酒に慣れていないタイ人にその味を分かってもらうことが目的である。最初に日本酒テイスティング会に集まった人のほとんどは日本人であった。このため、それ以降の日本酒テイスティング会の入場者募集に当たっては、日本人の参加の際には必ずタイ人を同伴していただくように依頼をした。

また、タイ人女性が好む「梅酒」や「柚子(ゆず)酒」などのラインアップを充実させた。さらに私たちにはフォローの風が吹いていた。13年7月からタイ人の観光目的での日本入国に際してビザが免除された。このため多くタイ人が日本を訪問し、本場の日本料理と日本酒に接する機会が増えた。このほか、タイで日本食レストラン、特にすし専門店が急増しており、日本酒を飲むのもタイ人のファッションになりつつある。こうした追い風に乗って、私たちの日本酒テイスティング会の入場者もうなぎのぼりに増えていった。

今回、3年半ぶりに開催した日本酒テイスティング会もコロナの感染拡大を恐れて途中で入場者の応募を締め切った。しかし結果的に、会場内は通行もままならないほどの人であふれかえった。大変ありがたいことである。これも「石の上にも10年」の成果かもしれない。

多くの入場者でにぎわった第7回日本酒テイスティング会 2月23日 バンコク市内のバンコククラブ バンコック銀行日系企業部撮影

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