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水晶技術を使った山梨県の地方創生策
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第170回

6月 12日 2020年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住22年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

バンコック銀行日系企業部には、新たに採用した行員向けに「小澤塾」と名付けた6カ月の研修コースがある。この期間、銀行商品や貸し出しの基本などを宿題回答形式で、英語で講義を行う。この講義と並行して、日本人新入行員として分析力、企画力などを磨くため、レポートの提出を義務づけている。今回は、昨年12月に小澤塾を卒業した山梨中央銀行の田野口拓実さんによる山梨県の地方創生に関する提言を紹介したい。

◆山梨県の概況

山梨県は首都圏の西側に位置し、都心から1時間程度とアクセスは良好だ。富士山をはじめとした2千~3千メートル級の山々に囲まれており、県土の8割程度は森林であることから、平らな土地が少なく耕作には適していない土地である。甲府を中心に盆地となっており日照時間が長く、降水量が少ないことも特徴だ。そのため、ブドウやモモ、スモモなどの果物の生産には適した土地である。

<表1.山梨県の人口推移>

出典:経済センサス

県には約1万2千年前の旧石器時代から人々が住み始めたことが、遺跡からの出土品で分かっている。近代では終戦直後は増加傾向にあったものの、高度経済成長期に入り東京圏への流出により減少傾向となっている。その後、中央自動車道の開通や工業地の整備に伴う社会増により人口増加に転じたが、現在は社会減および自然減により急激な人口減少にある。現在は枯渇してしまったものの、鉱物鉱山が所在していたことから金や銅、水晶などが採掘できた。水晶関連は長い歴史を経て現在でも装身具宝飾製造、電子部品製造において高い研磨技術を有し、県の主要産業となっている。

<表.2山梨県の製造業の出荷額割合>

出典:経済センサス

1.都道府県ランキングからみる山梨

下記は統計局のまとめている都道府県の各種指標をまとめたものである。各種指標からは、山梨県が突出している産業および今後期待できる産業は限りなく少ない。

<表3.都道府県ランキング>

出典:総務省統計局HP

2.歴史からみる山梨の特徴     

(1)戦国時代の武田信玄の功績

<図1.山梨県の金山分布と氾濫原>

山梨を代表する武将武田信玄の功績で有名なものは、金山の発掘と治水事業の発展がある。

黒川金山と湯之奥金山を中心とした金山の採掘により、後の甲州金と言われる貨幣を鋳造した。しかし現在は枯渇しており、採取はできない。また、山梨の盆地底部は笛吹川(ふえふきがわ)と釜無川(かまなしがわ)の氾濫(はんらん)原となったことから、大雨による水害が発生する地域として安定した定住は不可能な状態にあった。耕作に向かない土地であったこともあり、堤防築造(信玄堤)と御勅使川(みだいがわ)治水を行い、洪水被害は緩和された。盆地西部や竜王地域では江戸時代には用水路が開削され、新田開発が発達したことから安定した生産力を確保した。

(2)徳川家康による政策

甲州街道は江戸時代に幕府によって整備された道である。徳川家康が江戸に拠点を移す際に、甲斐国(現山梨)の山に囲まれた地形を生かし、避難路として使用することを想定して造られた道である。同様に山梨から静岡側へ抜けるルートとして「富士川舟運」を開削させた。

この二つのルートが作られたことにより、山梨県に都心を中心として周辺都市から人、文化等が行き交うようになった。

(3)水晶産地としての歴史

山梨県は国内最大の水晶産地として知られていた。最大の主産地は金峰山麗をとりまく鉱山群である。江戸時代には水晶原石は京都に送られ研磨加工を行っていたが、買い付けにより京都から山梨に来訪していた研磨職人の玉屋弥助(たまや・やすけ)によって神官たちに研磨方法を伝授した。

その後、鉱山法公布に伴い水晶発掘が盛んになったことから、水晶発掘地である御岳地域から利便性の高い甲府に工場を設立し、産地を移転。装身具類や印章、眼鏡などの生産および全国や中国、朝鮮などの海外への販売により、「水晶の山梨」という全国唯一の産地形成を遂げた。

昭和初期からは世界的な不況や開戦により宝飾研磨から、水晶振動子や発振器、レンズなどの軍需研磨品である工業製品の生産に移り変わっていった。昭和に入り、既に原石不足となっていた山梨では、ブラジルなどの海外からの輸入による天然原石を使って研磨していたが、双晶(そうしょう=2個以上の鉱物などの結晶が一定の角度で規則正しく結合しているもの)や不純物を含むことからロスが多く、コストも高いものであった。山梨大学で日本初の人工水晶の研究が開始され育成に成功した。そんな中、人工水晶を用いることでロスが少なく、切断、研磨加工を見据えた水晶生成が可能となった。人工水晶が生成できることにより、加工しやすくなり、それまで以上の精度の高い安定した周波数が得られるようになった。その後、中央自動車道の開通を契機に電気機械産業企業の工場誘致も進み、県内の工業製品製造産業はより一層発展した。

以上の過程を経て、世界に誇る水晶研磨技術が形成された。

<表4.水晶の歴史と水晶の移り変わり>

筆者作成

3.水晶研磨技術について

(1)水晶研磨技術

水晶には振動を加えると電気が発生する圧電効果と電気を流すと変形が生じ、その固有振動数に近い安定した精度の周波数を発振する逆圧電効果がある。これは、圧力または電圧により水晶個体内のイオンの動きにより発電もしくは発振する現象である。この現象により、水晶から得られる周波数は他の圧電現象が得られる材料と比べ、最も精度が高く安定している。水晶振動子と発振回路をつなぐことで振動を電気信号に変える。

<図2.圧電効果と逆圧電効果>

筆者作成

水晶デバイスは、この現象を利用し情報通信機器を中心にあらゆる機器の基準信号や同期信号となる電子部品として利用されている。電気回路のみにより周波数を発生させる発振器やセラミック発振器、シリコンベースの発振器ではなく、水晶を周波数発信器として利用するメリットは以下の通りである。

①人工水晶育成技術の確立に伴い、より安定した高品質な水晶体を確保できる

②水晶固体が適度な硬度を持っていることから加工性に優れている

③切断方向、厚みによって様々な温度特性、周波数を作り出すことができる

他の共振器と比べ、極めて高い周波数精度が要求される場合には、水晶を用いた共振器が使われている。

<表5.水晶振動子、共振器の役割と用途>

著者作成

また、水晶デバイスにはいくつかの種類があり、用途に応じて使い分けることができる。大きく分けて四つに分類される(振動子、共振器、フィルタ、光デバイス)。フィルタは、水晶の共振性を利用し、特定の周波数を抽出する際に使用する。水晶板上に電極を設けることで、必要のない周波数を減衰することができる。主な用途は通信機器や測定器、センサーなどの決まった周波数信号の送受信を求められるものに使用される。光デバイスとは、水晶の複屈折特性と偏光特性により光(波長)の振動方向を変えたり、1本の光線を2本に分けたりすることができる。主な用途は、デジタルカメラ・ビデオなどの複屈折板やDVD・光ディスクの波長板である。また、各種半導体装置や検査装置の光通信にも利用されている。

水晶振動子や共振器などのタイミングデバイスだけでなく、センサーなどのセンシングデバイスや光学部品となるオプトデバイスとしても水晶は利用されている。そのため各種機器、機能を制御するものとして、全ての機器の電子部品にとってなくてはならないものとなっている。さらには、情報通信分野を中心に電子機器の高機能化と小型化、通信の高速化は急速に発展している。

<表6.水晶デバイスの種類>

 著者作成

水晶デバイスの性能を決める上で、最も重要な製造工程は切断、研磨加工である。水晶デバイスは、水晶片の切断角度(カット)や厚みの違いにより、様々な周波数温度特性や周波数が得られる。そのことから、次々と新機能を備えた商品を開発するために水晶加工技術も高度化している。各種電子機器の小型化が進むなか、性能、品質の維持かつ水晶デバイスも小型化・薄型化が求められている。

しかし、デバイス内の水晶固体を小型化することにも現状では限界がある。それは水晶を単純に小さくするだけでは水晶振動子そのものを振動させにくくなることだ。また小型化による周波数のばらつきが生じる。IoT(モノのインターネット)化やAI(人工知能)の活用が進む一方で、切断、研磨加工を中心にデバイス製造技術においても、より高度な技術が必要とされていく。

<図3.水晶振動子製造工程>            <図4.水晶の寸法と周波数の関係>

著者作成                              出典:EE Times Japan

4.水晶デバイスの必要性

(1)カーエレクトロニクス分野

自動車に初めて水晶振動子が搭載されたのは、1975年ごろに水晶時計の用途として使用された。その後、ガソリンの燃焼効率の向上、安全対策の装置の採用、ナビゲーションシステムの開発などの機能性と利便性の向上を契機に水晶デバイスの搭載が増えていった。

今後も、自動運転技術の向上を背景にパワートレイン系、車両制御系、ボディ制御系、情報通信系の分野で更なる水晶デバイスの利用増加が見込まれる。

<表7.カーエレクトロニクスでの水晶デバイス>

著者作成

(2)情報通信分野

情報通信分野は水晶デバイス利用分野の基礎として古くから使われている。軍需物資の振動子、発振子などの利用から始まり、多くの水晶デバイスが利用されている。代表的なものは携帯電話がある。当初電話をするために作られた商品に、様々な機能が追加されるにつれて、その機能を制御するための水晶デバイスも増えていった。

また、衛星を使った宇宙通信から地上デジタルまで、ほとんどの通信方法に関して高精度な水晶デバイスを用いている。カーエレクトロニクス化に伴い、GPS(全地球測位システム)や基地局を通じて車と道をより一層正確につなぐ必要がある。

<表8.携帯電話およびスマートフォンにおける水晶デバイス>

著者作成

以上を踏まえ、通信機器をベースに時計、AV機器、コンピュータ、カーエレクトロニクスなどへ水晶デバイスの用途が増えることが見込まれる。今後も発展が見込まれる水晶デバイス製造および水晶研磨技術を山梨県の地方創生策として考えていく。

5.現在の水晶研磨技術

(1)県内の水晶デバイス製造企業

長い歴史を経て、県内には多くの水晶デバイス製造企業が所在する。いずれの企業も蓄積された高い技術力を有しており、年々進化を続ける電子部品産業をはじめとし電気機械産業に大きく貢献している。表9に挙げた水晶デバイス製造企業の中で、業歴50年以上の企業においては蓄積された技術から急速に進むエレクトロニクス化に合わせた製品開発を行ってきた。県内の製造業種類別の付加価値額の比較からも分かるように、電気機械産業は山梨県の製造業のうち付加価値の高い基盤産業(=稼ぐ産業)として位置している。

<表9.山梨県内の水晶デバイス関連製造企業>

出典:各社HPより

<表10.山梨県内製造業の付加価値額と労働生産性>

出典:地域経済システム(RESAS)

 

(2)山梨大学の水晶関連研究状況

日本で初めて人工水晶の研究に着手し、育成に成功した山梨大学にはクリスタル科学研究センターがある。人工水晶育成や無機材料科学の発展に貢献している。また、同大学電気電子工学部では、電子・光デバイスや制御、情報通信などの分野についての研究を行っている。水晶デバイスを含む各種デバイスを活用したセンサー、フィルタなどの研究に取り組んでいる。企業との共同研究にも「山梨県産業技術センター」を通して取り組んでおり、県内各種産業企業と共同研究するなか研究成果を上げている。

(3)世界の水晶デバイス製造状況

<図5.MEMSデバイスの構造>

著者作成

日本は電子機器および部品の業界において50%超の高い世界シェアを有していた。しかし現在は、中国に加え台湾やシンガポールなどのNIEs(新興工業国・地域)を中心とした近隣アジア諸国によりシェアは縮小している。ハイエンドモデルな製品開発を強みとする日本と比べ、それらの国では、汎用的な製品を低価格で販売することが戦略の一つとなっている。

また、欧米を中心に水晶デバイスの代替品となるMEMSデバイスの研究開発、製品化が進められている。MEMSデバイスとは水晶体が持っている様々な特徴を集積化させた微細デバイスのことである。水晶デバイスとは異なり、基板にシリコンを使用し基板上にレーザー(露光)加工を用いて電子回路を生成する。水晶の安定した周波数ではなく、電子回路によって信号を決まった周波数に転換し出力する。自動車産業や医療機器産業に特化したドイツは、MEMSデバイス市場で世界1位のシェアを有している。しかし、より高い精度が求められるカーエレクトロニクスなどの新しい用途に対して、日本の強みである開発力をどのように強めていくかが課題となる。

<表11.水晶デバイス世界シェア2017年>

   出典:日本水晶デバイス工業会

<表12.世界の電子部品出荷数の推移>

出典:JEITA

6.最後に

①山梨県は、機械電子機器製造を中心に製造業の売上が最も多く経済の柱となっている。首都圏に隣接するが、その好立地を生かせずに他県と比べ際立っている産業は限りなく少ない。その中で水晶研磨技術においては、世界に誇る技術力である。

②水晶は精度の高い安定した周波数を得られほとんどの電子機器に内蔵される振動子、共振器などに用いられる。同県は水晶の産地であったことから、電子機器の小型化、高機能化が進むとともに、水晶研磨の技術力を磨いてきた。今後もカーエレクトロニクスをはじめIoT・AI化が進み、電子機器に内蔵されるデバイスが増えることにより同製品の重要性は更に増していく。

③同県内には水晶デバイス製造企業が点在する。世界的に有名な企業が多いわけではないが、どの企業も高い技術を有し県内産業を支えている。また、山梨大学では水晶をはじめ各種デバイスの研究が行われており、数々の研究成果を上げている。

④日本の水晶デバイス業界シェアは現在50%程度占めているが、世界では低価格製品の製造や新製品の開発が行われ、シェアが奪われつつある。

企業と大学を中心に、更なる研磨技術向上または新製品の開発に挑戦していくことで水晶研磨技術による地方創生に期待したい。

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