п»ї NZ銃乱射事件の背景を考える 『国際派会計士の独り言』第34回 | ニュース屋台村

NZ銃乱射事件の背景を考える
『国際派会計士の独り言』第34回

4月 10日 2019年 経済

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内村 治(うちむら・おさむ)

photoオーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役を含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在は中国・深圳の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。

ニュージーランド南島最大の都市クライストチャーチは人口40万人弱。柳など緑濃い木々で覆われたエイボン川が市内を横切り、「ガーデンシティー」(庭園の街)という別名があるくらい豊かな自然に恵まれ、優しい人たちが生活する静かで美しい街ですが、3月15日に突然の惨劇に見舞われました。イスラム教の礼拝所(モスク)で起きた銃の乱射事件です。

クライストチャーチ付近では2011年2月22日に大規模な直下型地震があり、市内のビルが倒壊するなどして日本人留学生28人を含む185人が亡くなっています。今回の事件の容疑者は白人至上主義者とみられる28歳のオーストラリア人の男で、市内2か所のモスクを襲撃して銃を乱射し、50人が犠牲になりました。本稿では、治安が良いというイメージが強かったニュージーランドでなぜ今回のような悲劇が起きたのか、その背景について私なりに考えてみたいと思います。

◆「銃大国」で起きた惨劇

ニュージーランドの隣国オーストラリアでは1996年4月、本土の南方にあるタスマニア島の観光地で28歳(当時)の男が銃を乱射し、35人が犠牲になる事件が起きています。オーストラリアではこの事件をきっかけに、自動小銃などいわゆる「攻撃銃」の所持や売買を原則として禁止する「銃規制法」が導入されました。

一方、ニュージーランドでは銃規制はあまり進んでいませんでした。オーストラリアと同じように、スポーツとしての狩猟の道具として使われてきたほか、世界でも有数の農業国で、作物に害となるシカなどを駆除するなどの目的で、ライフルなどの銃器が一般の間で普及してきました。昔から羊の数が人口よりも多い国といわれていましたが、朝日新聞がスイスの調査機関のまとめとして報じたところによると、ニュージーランドは460万人の人口に対し、120万丁が所持される「銃大国」です。

ニュージーランド人の愛称は、愛らしい姿の国鳥でもある「キウイ」です。国民の愛称としてだけでなく、例えば通貨も「ニュージーランドドル」のほか、俗称として「キウイドル」とも呼ばれています。ちなみに、この国鳥の名前に由来するキウイフルーツは栄養価が高い果物として知られていますが、元々は中国原産でニュージーランドで品種改良された後、米国向けに輸出され始め、その際にニュージーランドからの希少な果物ということでキウイの名が付いたそうです。

鳥のキウイは日本では大阪の天王寺動物園だけでしか見られませんが、翼が退化しているため飛ぶことができず、害獣もいなかったことから人間も含めて警戒心があまりないという特徴があります。今回の事件は、そんなキウイがいる豊かな自然に恵まれた楽園のような国で起きたのです。

ニュージーランドは欧米諸国などと異なり、「ヘイトクライム」(憎悪犯罪)と呼ばれる、人種や宗教などによって特定の人々に対する偏見を動機とするテロや銃犯罪はほとんどなかったことから、その対策は十分ではなかったようです。京都産業大学の新恵理(あたらし・えり)・准教授(犯罪社会学)によれば、ヘイトクライムのカテゴリーとして、文化的、人種的などによる、ある特定のカテゴリーに属する人々を社会から排除することが正当な使命であると信じて犯罪を行う「使命型ヘイトクライム」があるとされています。

今回の事件の容疑者は、自身のブログで「The Great Replacement」(大いなる交代)と称して自分たちの土地を奪うイスラム教信者や非白人の移民に対しての排斥的発言を繰り返していて、まさに「使命」として銃撃事件を起こしたのではないかと指摘しています。自分で数丁の銃器を購入し、郊外の射撃場で射撃の腕を磨いていたとされ、容疑者が自分の使命として今回の狂信的な犯行を思い立ったと考えてもいいかもしれません。

容疑者の男は、2011年年7月にノルウェーの首都オスロと郊外のウトヤ島で爆弾と銃乱射で77人が殺害された事件で、犯行の動機を「欧州をイスラムの支配から救うためだった」と話していた容疑者の男を崇拝していたといいます。また、フェイスブックを通じて銃乱射をライブ中継するなどテロ情報の拡散も意識した行動だったとされています。

ニュージーランド政府はこれまで「ヘイトスピーチ」対策が手付かずの状態だったといわれています。国連人種差別撤廃委員会の2017年の審査報告でも、ニュージーランドは人種差別情報の蓄積が十分でなかったなどと指摘。これに対して政府は、対応の遅れを認めています。

米国のトランプ大統領や欧州の極右的な政治家など、人種や宗教によって差別を公言する指導者たちによる有権者の人気取りをねらった動きがほかにもはびこっていますが、こうした動きが続けば今後もニュージーランドのような惨劇がいつどこで起こるかわからないと危惧(きぐ)しています。

銃規制強化へ

今回の事件では、アーダーン首相の強いリーダーシップが注目されています。38歳の首相は、2017年10月に第40代首相に就任。18年6月に第一子を出産した際には産後6週間にわたって産休を取り、世界で初めて首相在任中に産休を取得した政治家として有名になりました。

アーダーン首相は事件後直ちに銃規制の強化を約束する一方、事件から1週間後の3月22日に事件現場のモスク近くの公園で開かれた追悼集会にイスラム教徒の女性が用いる頭部を覆うスカーフ(ヘジャブ)のような黒いスカーフを着用して参加。犠牲者の遺族やイスラム教徒コミュニティーに対して慰めの言葉をかけるとともに、国民との連帯を誓いました。

アーダーン首相は従来の銃規制の不備を指摘して、登録制などの銃規制法の強化を矢継ぎ早に発表するとともに、国による銃器の買い戻しと廃棄を約束しました。また、容疑者の男が殺傷能力の高いAR-15式半自動小銃を犯行に使っていたとされることから、銃の免許や所持について定めた現行の「武器法」を改正し、半自動銃について今後は警察の許可がないと購入できない銃器に分類することにしています。

「真の共生」へ日本に急務なもの

ニュージーランドでの今回の事件を受けて、日本について考えてみたいと思います。

国連人種差別撤廃委員会は2018年8月、日本の人権状況と政府の取り組みへの見解をまとめた報告を公表し、ヘイトスピーチ対策の強化などを勧告しました。この中でヘイトスピーチについては、2016年に日本が対策法を施行した後もなくならない現状に懸念を表明。対策が限定的で不十分だとの認識を示し、集会などでの差別的言動を禁止するよう求めています。私は、差別や偏見は特定の外国人などに対してだけでなく、例えば、2016年7月に神奈川県相模原市内の障がい者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件のように、障がい者に向けられる形でも起こりうるものだと考えます。

最近は、アジアからも含めて外国人旅行者の来日が増えています。外国人労働者の受け入れを拡大する改正出入国管理法が4月1日から施行されました。今後さらに、異なった文化や宗教を持った多くの外国人との共生が必要となります。「真の共生」を推し進めるために、重要な制度設計だけでなく情報収集や教育などソフト面での対応も急務だと思います。

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