п»ї 「クルマの電化」遅れる日本 『山田厚史の地球は丸くない』第176回 | ニュース屋台村

「クルマの電化」遅れる日本
『山田厚史の地球は丸くない』第176回

11月 20日 2020年 経済

LINEで送る
Pocket

山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」。菅義偉首相は施政方針演説で「カーボンニュートラル」と呼ばれる環境対策を打ち出した。地球温暖化の原因とされるCO2などを抑え込むため、石油・石炭など化石燃料を劇的に減らす方針だという。

「経産省内閣」と言われた安倍政権は、温暖化対策など「エネルギー転換」に消極的だったが、菅政権は「安倍政権を継承」と言いながら、一転して「長期目標」を掲げた。

◆「どれほど本気なのか…」周辺の戸惑い

「カーボンニュートラルは、官僚の振り付けでなく首相が自ら言い出した政策です」と、菅首相に近い政治記者はいう。「携帯電話とかハンコとかチマチマした政策ばかりで大局観がない、という批判を意識したようで、首相自身が大きな目標をドーンと打ち出した」というのである。

大いに歓迎したいが、菅首相周辺には戸惑いがあるという。エネルギー政策や環境対策への議論がないまま、唐突に打ち上げられたからだ。菅首相は、環境やエネルギーに関心がある政治家ではなかった。突然、30年後の長期目標を掲げたものの、どれほど本気なのか読めないというのだ。

政権が目玉になる政策を掲げる時は、ブレーンとなる人物や組織があり、下敷きとなる構想が用意されているものだ。そうしたブレーンは見当たらず、首相個人の思いつきだった、という。

カーボンニュートラルはいまや世界的な課題で、目をつけたことの政治的な勘はなかなかのものだ。問題は、どういう手順で実行するか。古いエネルギーや既得権にしがみつく勢力とどう対峙(たいじ)するかだろう。

課題は三つある。

①発電に占める化石燃料の比率をどこまで下げるか

②原発を残すのか

③遅れている自動車の電化をどう推進するか

「温室効果ガス実質ゼロ」という目標は、化石燃料を全廃するわけではない。森林がCO2を吸って酸素を吐き出す分を相殺することができる。排出したCO2を地下に埋めたり、CO2を再び利用したりする「カーボンリサイクル」などの技術が模索されている。排出権取引で外国に買い取ってもらう手もある。80%近くを化石燃料に頼っている日本が、こうした「裏技」でCO2の排出をどこまで「相殺」できるか。「ゼロ」にするためには、見定めが必要だろう。

◆原発比率をどこまで下げるのか

化石燃料に代わる主役は再生可能エネルギー、というのが今や世界の潮流だ。風力、水力、太陽光、地熱、潮流など様々な自然エネルギーが開発され、量産されることで発電コストは急速に低下している。一方、かつてCO2削減の切り札とされた原子力発電は、経済的にも成り立たなくなった。

安全基準が強化され建設費は急騰、発電コストから原発の新設は競争力を失った。膨大な税金の投入や電力料金の負担増を迫るしかない原発事業から、撤退が相次いでいる。日本では九州電力の川内(せんだい)原発1号機(鹿児島県)が再稼働するなど、休止中の原発を動かすことを電力会社は求めているが、菅政権は「原発にどこまで依存するか」を迫られるだろう。

政府は3年ごとに「長期エネルギー需給見通し」を策定している。発電に占めるエネルギー分野ごとの比率を決めるものだが、2030年を目標にする電源構成は次のようになっている。

LNG(液化天然ガス)火力27%、石炭火力26%、石油火力3%、再生可能エネルギー22~24%、原子力20~22%。

2018年に経産省の総合資源エネルギー調査会が策定したものだ。化石燃料だけで発電の56%だ。来年、新たな計画が策定されるが、発電は過半を占める化石燃料をどこまで減らすのか。菅首相はリーダーシップが問われる。「2050年実質ゼロ」が本気なら、劇的な削減を打ち出すことが必要だ。

原発22~24%をどうするのか。原発の多くが休止中の現在、原発による発電は4%程度である。再稼働だけでは20%に達することは不可能だ。2年前の見通しには「新設」が考慮されていた。この時代に菅政権は、原発新増設を打ち出すのか。重電業界など経済界でさえ「日本で原発の新設は難しい」という声が上がっている。原発比率をどこまで下げるのか。

口先だけで「2050年に実質ゼロ」というのは簡単だが、本気で取り組むなら来年決める「エネルギー基本計画」に、これまでの路線と明確に違う「エネルギー革命」を掲げることが迫られるだろう。

◆ガソリン車禁止 加速する世界

もう一つ、大きな問題がある。エネルギー消費は発電だけではない。産業、家庭で使われるエネルギーだ。とりわけ大きいのが自動車だ。日本ではガソリンやディーゼルで走るのが当たり前だが、世界は大きく変わっている。

英国のジョンソン首相は、2030年からガソリン車・ディーゼル車の新車販売を禁止する方針を明らかにした。化石燃料で走るクルマの販売停止は2040年からだったが、今年2月に2035年とされ、更に前倒しになった。この流れは欧州では当たり前になっている。米国ではカリフォルニア州が2035年からハイブリット車を含めガソリン車の販売禁止を打ち出した。中国も2035年からガソリン車の販売を禁止する。主要先進国で、ガソリン車の販売禁止時期を打ち出していないのは日本くらいだ。

世界は、ガソリンエンジンからモーターで動く電気自動車(EV)へと動いている。

精密機械を得意とし高性能エンジンで世界を席巻した日本の自動車業界は、エネルギー転換に乗り遅れ、「時代遅れ」になりつつある。「2050年カーボンニュートラル」なら、日本も「2030年ガソリン車販売禁止」を打ち出す覚悟が必要だろう。これまでの政権は電力・電機など財界中枢との良好な関係を保ち、保守的なエネルギー政策を進めていきた。「言ったことはやる」という菅政権の真骨頂がいよいよ問われる。

コメント

コメントを残す