おごる慶應に自律更生はあるか 学内民意を踏みにじる塾長選
『山田厚史の地球は丸くない』第92回

4月 28日 2017年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

慶應義塾の良識が問われる「事件」が起きている。4年に一度の塾長選挙がこのほど行われたが、投票で過半数の支持を集めた1位の候補が外され、2位の元文学部長・長谷山彰(はせやま・あきら)氏(64)が塾長に選ばれた。

今回の選挙は、清家篤(せいけ・あつし)塾長(63)の任期満了の伴うもの。長谷山氏は清家塾長の8年間を常任理事として支えたナンバー2。1位を外して側近を塾長に据えるという前代未聞の珍事に慶應は揺れている。

◆最高得票を取っても塾長になれない

得票で1位になったのは、元経済学部長の細田衛士(ほそだ・えいじ)氏(64)。専門は環境経済学。日本聖公会に所属するクリスチャンで、ロータリークラブで活動する温厚な教授である。

「学内政治に興味がない恬淡(てんたん)とした細田さんの人柄が、執行部のやり方に疑問を抱いていた教職員の批判票を集めたのだと思います」

経済学部の教授は言う。ところが最高得票を取っても塾長になれない。選挙制度の歪(ゆが)みが今回露呈した。

記者会見でこの点を問われた清家塾長は、「塾長を決めるのは評員会です。この中に設けられた塾長候補詮衡(せんこう)委員会が候補者1名を選び、評議員会に推薦します。それが長谷山さんだったんです」と説明した。

慶應で塾長を決めるのは評議員会、その評議員会に「この人を!」と候補を推薦するのは詮衡委員会ということだ。内規では、詮衡委員会は学内の投票で選ばれた上位3人から1人を選ぶことになっている。学内投票は、詮衡委員会が審査する3候補をそろえるだけの「下準備」の仕事をするだけだ。

「制度上はそうですが、慶應には学内民意を尊重する伝統があり、詮衡委員会はこれまで常に得票1位の候補者を選んできた。こうしたコモン・ロー(慣習法)が踏みにじられたのは残念としかいいようはない」

細田教授はそう語っていた。

◆詮衡委はまるで評判の悪い株主総会

4年に一度、リーダーを選ぶ塾長選挙は教職員にとって貴重な機会だ。日ごろ感じていることを投票に託す。慶應は全学挙げて、全員参加の選挙戦を展開する。

まず学部や学校・部局など職域で2人ずつ候補者を選ぶ。延べ24人が選ばれ、今回は重複をのぞく19人が所信表明をした。4月16日の日曜日、450人の選挙人が三田キャンパスに集まり、1回目の投票で5人に絞り込み、この5人から2回目の投票で3人を選んだ。

細田教授230票、長谷山教授213票、岡野栄之(おかの・ひでゆき)医学部長170票。3人が残った。複数記名が可能な投票だが、細田氏は投票者450人の過半数の支持を得たことになる。

「学内民意を無視した詮衡委員会の在り方が問題です。慶應の不文律を破るのなら、なぜ敢えて1位を外し2位の人を推薦するか、説明責任が問われます。学内の選挙は整然と行われながら、最後の詮衡委員会が極めて不透明。こんなことでいいのでしょうか」

企業のガバナンスに詳しい教授は、慶應の統治のあり方に重大な問題があるという。
慶應広報に聞くと「詮衡委員会は非公開なのでどこで何時間かけて審議した、など申し上げられない。審議内容は秘密で、議事録もありません」という。

清家塾長は「詮衡委員会は十分議論し、全会一致で長谷山氏を推薦した」という。本当だろうか。詮衡委に塾長は出ていない。議事録もないのに、なぜ十分審議した、といえるのか。その点を質すと「塾長は詮衡委員長からそう報告を受けた」(広報)という。

議事録はないが、出席者の何人かでまとめた「議事メモ」が関係者に流れている。これを見ると、全会一致とはとても言えない。

発言のほとんどは「外部委員」といわれる慶應OBの企業幹部だ。口々に「長谷山でいい」と述べているが、「現執行部でなく1位の細田に」「国際化を考えれば細田だ」「国際性と改革性で細田が優れている」という声も上がっている。学内から出た委員はほとんど発言せず、黙っている。

委員長の岩沙弘道(いわさ・ひろみち)三井不動産レジデンシャル会長が、頃合いをみて「全会一致で長谷山候補を推薦します」と宣告し、賛成する委員の拍手で審議は終わった。

評判の悪い株主総会みたいだ。全員が意思表示する機会もなく、挙手も投票もなく、声が大きい外部委員が決めてしまう。

議事録もなく、委員長が「全会一致」といえば「全会一致の決定」になる。詮衡委員会を牛耳る岩沙氏は、慶應の最高意思決定機関である評議員会議長でもある。前任者はあの西室泰三(にしむろ・たいぞう)・元東芝社長・会長だ。

◆医学部開設100周年で巨大な利権

慶應で塾長を投票で決める制度は戦後始まった。詮衡委員会も評議委員会も「学内民意を尊重する」という不文律を守ってきた。それが今回、なんとも乱暴な形で壊された。

「なぜ細田さんではダメだったのか。なぜそこまでして現執行部の体制を残さなければいけなかったのか」。大きな疑問符が残った。

福沢諭吉が一万円札になった頃からだろうか、慶應は政治と距離を急速に縮めはじめた。首相小泉一郎、財務相塩爺(しおじい)のコンビは、慶應の絶頂期だった。竹中平蔵教授が政権のブレーンとなり、経済財政諮問会議を取り仕切った。

鳥居(泰彦)、安西(祐一郎)、清家という歴代の塾長は政府の諮問機関で重要な役割を果たした。権力に近づくといろいろいいことがある。森友学園や加計学園で分かったように、権力者のお友達になると、予算が付きやすい。認可を得やすい。行政は、建前はいろいろあってもさじ加減がものをいう。

事業が大きくなるカネが乱舞し、箱物がどんどん建つ。慶應は今年、医学部開設100周年で、記念事業として信濃町に新病棟が建設される。建物や機器など巨大な利権が発生する。カネの臭いに集って来る人や企業。そうした喧騒(けんそう)に辟易(へきえき)した人たちの「批判票」が細田氏に集まったのが、今回の塾長選挙ではなかったか。民意を粉砕して慶應はどこへ行く。

One response so far

  • 石井清史 より:

    我が耳を疑い「唖然」。何やら腐敗の極みであるラテンアメリカの大統領選挙結果を聴くが如し。最初に結果ありきで、選挙は単なるセレモニーであったという事実。塾長選挙を政治的に利用した関係者の責任如何。慶応OBや在学生、口を閉ざすは慶応の歴史に禍根を残すだろう。福沢諭吉の建学の精神は消失したのだろうか。慶応義塾の誇りは幻となったのだろうか。「誇り」は「驕り」だったのか。
    この不透明な塾長選挙結果、日本の現状を如実に示す好例とも言える。関係者の黙認主義は敗北主義である。原因を考え、波及効果に思いを馳せれば、ファシズムの台頭を許容した第二次大戦前の日本やドイツのごとくならない事を願うばかり。

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