п»ї 沖縄を見くびってはいけない『山田厚史の地球は丸くない』第58回 | ニュース屋台村

沖縄を見くびってはいけない
『山田厚史の地球は丸くない』第58回

12月 11日 2015年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

沖縄の小学校6年生・蘭さんは、大事にしている新聞の切り抜きがある。今年1月16日付の沖縄タイムスに載った記事。「国策、民意を侵害」「警官120人抗議を分断」という見出しがついている。お母さんが涙を溜(た)めて読んでいた記事だ。

沖縄県中部のどこまでも青い大浦湾に面した名護市辺野古(へのこ)に、普天間(ふてんま)基地にいた米海兵隊が移転するという。米軍基地・キャンプシュワブの沖に予定される新基地の建設が1月に再開された。工事車両を阻止しようとゲート前で座り込む人々を警察官が実力で排除したと記事は伝えている。

◆目頭をこすって空を見上げた地元警察官

移設反対を叫ぶ人、ごぼう抜きする警察官。同じ沖縄の人たちだ。

「政府はなぜ沖縄ばかりに犠牲を強いるのか」。翁長雄志(おなが・たけし)知事は、普天間基地を県内に移設する不当性を訴えている。自民党沖縄県本部の幹事長を務めた保守政治家だが、米軍基地は危険ばかりか、地域発展の妨げになる、と反対の先頭に立った。昨年末の総選挙でも「辺野古移設反対」を掲げる候補者がすべての選挙区で当選、民意がどちらに向いているかを明らかにした。

日本政府は「辺野古移設は日米政府間の合意事項。前知事の承諾を得ている」と既定方針を変えない。

蘭さんのお父さんは警察官。この日はじめて辺野古に派遣された。座り込みの人たちから罵声(ばせい)を浴びる現場にいた。仕事とはいえ、つらい任務に赴いたお父さんを思ってお母さんは涙したのだろう、と蘭さんは思った。

それは違った。お母さんに尋ねると「ほらここに書いてあるよ」と記事の末尾を指差したという。「警察官は目頭をこすって空を見上げた」とある。

排除される若者から「私たちの話を聞いてください。市民を邪魔扱いにしないで」と呼びかけられた警察官のリアクションだ。

命令を機械的に実行するロボットではない、立場は違っても警察官にも沖縄の血が通っている、と記事は行間で伝えている。わずか17字にお母さんは泣いていた、と蘭さんは知った。

◆辺野古警備に警視庁機動隊を投入した政府

日本新聞協会は、「教育に新聞を」とのキャンペーンを学校に呼びかけている。小学校部門で今年の最優秀賞に選ばれたのが蘭さんの文章だ。職業や立場で人の思いや考えは分断されがちだが、警察官の家庭でこういう会話があると知って、沖縄すごいな、と思った。

ゲート前の騒動は「住民と警官の対立」「引き裂かれた民意」と書けば分かりやすい。「対立」を描くのはメディアにありがちな報道パターンでもある。

沖縄タイムスは現場の風景をもう一段掘り下げた。複雑な思いで任務にあたる警官の内心をさりげなく表現し、「心の連帯」を描いた。苦難を背負い続けた沖縄だからこそ、互いを思いやる土壌があるのかもしれない。

そんな風に思うと、沖縄のしなやかな強さが分かるような気がした。新聞を通じて親子が話し合うシーンなど、もう無くなったかと思ったが、社会を見据える人たちの間では、まだ捨てたものではない。夫の仕事を思い、ニュースを探し、行間を読んで苦悩に心を重ねるお母さん。その涙を見て問いかける子ども。本土政府は、沖縄を見くびってはいけない。

「目頭をこする」ような警官では務まらない、ということか。政府は辺野古の警備に警視庁の機動隊を投入した。11月4日、まだ暗いうちに品川、多摩ナンバーの警備車両が続々と辺野古に到着したという。政府直属の暴力装置の登場だ。本土と沖縄の対立は、また一段ギアアップした。

◆本土政府と正面から渡り合う翁長知事の「本気さ」

3日後、ゲート前に翁長知事の妻・樹子(みきこ)さんが立った。マイクを握り、「辺野古に基地は造らせない。万策尽きたら夫婦で一緒に座り込むことを約束しています」と話したという。

翁長氏に対して「基地反対と言いながら風向きによって態度を変えるのではないか」と見る人は沖縄にもいる。前任の仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事に裏切られたからだ。「普天間基地の県内移設反対」と公約しながら、自民党が政権に復帰すると振興予算と引き換えに「辺野古埋め立て許可」を出した。「保守の政治家は信用できない」という悪評を広げた。

知事になり、本土政府と正面から渡り合う翁長氏の振る舞いは「本気さ」を感じさせるが、樹子夫人が「夫婦で座り込む」という約束を明らかにしてことで、対決姿勢は鮮明になった。

一貫して主張していることは「沖縄はこれまで苦しんできた。また基地を押し付け我慢しろというのか。沖縄ばかりに負担を押し付けるな」。極めて分かりやすい。安保条約による取り決め、基地建設を正当化する法廷闘争、振興策と称してばら撒(ま)くカネ。こうしたやり方で本土は沖縄に負担を押し付けてきたが、もう我慢できない、と言っているのだ。

政府は普天間基地の跡地にはディズニーランドを誘致する計画などをちらつかせているが、そんな懐柔でなだめられる段階はもう終わったのではないか。反対はカネと力でねじ伏せる、と安倍政権が思っているとしたら、沖縄を見くびっている。翁長さんの「本気度」を正面から受け止め、沖縄と向かい合ってほしい。それは、本土の人たちにも言えることだ。

万策は尽きてはいないが、ゲート前に翁長知事が座り込んだら、どんな事態に発展するだろうか。

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