п»ї 日韓合意 壊すのは誰か『山田厚史の地球は丸くない』第60回 | ニュース屋台村

日韓合意 壊すのは誰か
『山田厚史の地球は丸くない』第60回

1月 15日 2016年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「職業としての売春婦だった。それを犠牲者だったかのようにしている宣伝工作に惑わされすぎだ」

自民党の国際問題を話し合う会合で、桜田義孝衆議院議員はこう発言した。日韓両政府が折り合いをつけた慰安婦問題への横ヤリである。政治家が自分の考えを語ることは自由だ。ただ、発言がどのような影響を及ぼすか考えない「心情の吐露」は政治家失格を物語るに等しい。

外相同士が話し合い、微妙な言い回しでギリギリの妥協をしたのが昨年12月末。妥協が成立したことは快挙と言っていいだろう。だが、これで終わったわけではない。誠意を行動で示さなければ慰安婦問題は決着しない。国民が納得しなければ、政府間合意は宙に浮く。そんな時に、韓国側を刺激する政治家の発言が飛び出した。

◆河野談話と全く同じ表現を踏襲

「桜田さんは愚かな政治家ではない。発言がどんな影響を与えるか分かったうえで敢えて踏み込んだ」という見方もある。

政府は歩み寄っても、日本の政治家は合意を不本意に思っていることを堂々と表明する確信犯としての発言ということだ。

安倍首相の足元で不満が充満している。同様のことが韓国でも起きている。国内の異論を抑えて関係改善できるのか。この点を論ずる前に、どんな合意で両政府が折り合ったのか、振り返ってみよう。

昨年12月28日、ソウルで尹炳世(ユン・ビョンセ)外相と会談した岸田文雄外相は、慰安婦問題で、軍の関与や政府の責任を認め、韓国政府が新たに作る財団に10億円を拠出することを表明。韓国はこれを受け入れ、この枠組みを「最終的かつ不可逆的解決」とすることで両国は確認した。

報道に接し「日本はここまで認めたのか」と驚いた。「軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」「日本政府は責任を痛感している」とし、安倍首相が元慰安婦に「心からお詫びと反省の気持ちを表明する」と述べている。

表現に見覚えがある。「河野談話」だ。軍の関与、政府の責任、首相の謝罪という3点セットを認めた河野談話と全く同じ表現だ。保守論壇が「自虐史観」として攻撃の的としたのが河野談話でなかったか。

安倍首相も政権に就く前は批判的に論じていた。関係正常化には、大人の態度が欠かせない。まず、加害者である日本が頭を下げる、という手順をたどった。政府の責任を形で表したのが10億円のお詫び資金である。

その代わり韓国は、慰安婦問題をむし返して日本を非難しない。これを「不可逆的解決」と両外相は表現した。もう言わない、話をもどさない、という意味である。

平たく言えば、「オレが悪かった、謝る、カネも払う、だからもうこのことには触れないで」という決着だ。

◆身内の言いたい放題を許しているかのような安倍政権

背後に「日韓関係を正常化しろ」という米国の圧力があったのだろう。アメリカは日韓がギクシャクすることに苛立っていた。中国が勢力を張り出し、北東アジアで存在感を高めている。日韓が首脳会談さえできず、中国は韓国に接近している。現状を愉快に思っていないオバマ大統領が仲介に乗り出した。米国にとって日韓対立解消は戦略的課題でもあった。

北朝鮮問題で関係国が一致して取り組むにも日韓の不仲は障害だった。暴走しかねない金正恩体制をけん制するにも日韓連携は欠かせない。

両国とも国内に経済問題を抱え、隣国との貿易や投資環境の改善は課題になっていた。

ところが慰安婦問題は、国家の自尊意識に関わる問題でもある。自民党に根を張る保守勢力には、受け入れがたい歴史認識の壁があった。

韓国にも、うわべだけの謝罪でこの問題を棚上げすることへの抵抗感がある。政府が謝っても、打ち消すような政治家の発言が頻繁に飛び出す日本を信用していない。

北朝鮮が水爆実験を行ったことで安倍首相と朴槿恵(パク・クネ)大統領が電話会談で共同歩調を確認した。その会談で、朴大統領は「合意に水をさす政治家の発言」を問題にした。

韓国では元慰安婦を支援する韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)を中心に合意への反発が強い。反対世論を鎮静させなければ、合意は前に進まない。両政府は注意深くことを進めなければならない。身内の言いたい放題を許しているかのような安倍政権は、本気で日韓関係を改善しようと思っているのだろうか。

◆諍いの象徴・慰安婦像の撤去をめぐる高いハードル

関係改善はかなり危うい、のが現状ではないか。桜田発言に象徴される日本側の認識は韓国の世論を刺激している。それだけ朴政権への風当たりは強まる。象徴が日本国大使館前に慰安婦像である。

日本側は「撤去」を求めてきた。だが韓国での世論調査では66%が「撤去反対」である。政府が強権を発動して撤去することは難しい。

諍(いさか)いの象徴である慰安婦像をどう「無害化」するか。両国の協力と知恵が試されている。朴政権のお手並み拝見、では済まない。

国会でも自民党の平沢勝栄議員が「撤去しない限り10億円の拠出はないと理解していいか」と食い下がった。安倍首相は「移転されると理解している」と答えた。だが岸田外相は「両国が合意を誠実に実施することが大切」と答えるにとどまった。

合意は「慰安婦像の撤去」は10億円の条件になっていない。「関連団体と話し合い、適切な形で解決するよう努力する」とあるだけだ。

話し合う相手は強硬派の挺対協である。応ずるとは思えない。だから「適切な形で解決するよう努力」という表現にとどまったのだろう。そうした現実を両政府が認識しているのだろう。「撤去されなければ10億円払うな」という方向に日本の世論が流れれば、合意は壊れるだろう。

わだかまりはあっても、慰安婦問題を乗り越えて新たな日韓関係をつくろうというところまで両国はやっと来た。首相はじめ政治家のその緊張感が足らないように見える。

「慰安婦は売春婦。宣伝工作に惑わされるな」と発言することに、どんな意味があるのか。合意が壊れれば、喜ぶのは誰か。政治家ならわかるはずだ。

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