タイで日本酒を売るのはなぜ難しいのか
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第92回

4月 21日 2017年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住19年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

日本の地方公共団体が一番売りたい商品に位置づけていながら、タイで最も販売の難しいものの一つに「日本酒」が挙げられる。私たちバンコック銀行日系企業部は在タイ日系企業に対し金融商品の提供を行うだけでなく、「タイにおける新たな商売の創造」と「日本各地の産業振興」を目指して日本の特産品の売り込み支援や日本各地の観光振興、さらには日タイ間の産学連携など取り組んできている。

このうち「日本の特産品の売り込み支援」については、「特産品部会」と称して日系食品卸売業者、イベント会社、テレビショッピング会社、在タイ日本大使館、ジェトロなどから有識者を招き定期的に会合を開いている。有識者の方からご意見を頂きながら、何とか日本各地の特産品の売り込みに貢献したいと考えているが、結果はあまりはかばかしくない。今回は日本酒をテーマとして、私たちバンコック銀行の取り組みを紹介するとともに、現状の問題点について語ってみたい。

◆日本人経営の飲食店が繁盛しない理由

まず日本の特産品販売のうち農水産物についてみると、刺身や牛肉などの高級食材が主に日本食飲食店向けに売られている。日本食飲食店はここ数年急速に増加。タイには3千店に近い日本食飲食店があるが、飲食店の増加に比して日本からの食材輸出はあまり増加していないのが実情のようである。近年増加している日本食店はタイの地方都市を中心として開店しており、主にタイ系資本のチェーン店である。こうした店では日本食を提供するにしても、食材はコストを抑えることが出来るタイの農水産物を使用する。

もう一つ、日本からの食材輸出が伸びない理由として挙げられるのが、2013年7月から実施されている「タイ人の日本短期渡航のビザ免除」である。日本びいきのタイ人は13年以降、頻繁に日本を訪問するようになり、16年は通年で90万人を超えるタイ人が日本を訪問した。タイ人も頻繁に日本を訪れるようになると、スイーツを含めた日本食品は日本で買い求めたほうが安いことに気づく。こうして日本観光のたびにタイ人は日本で大量のお土産を購入してくる。日本の特産品はタイに輸出販売するだけでなく、日本でいかに上手に売るかをもっと考えるべきであろう。そうした意味で、日本の地方空港などの土産物売場の充実も一つの課題である。

さて、少し横道に外れるが、日本食飲食店のうち日本人経営の飲食店がなぜうまくいかないのかを考えてみたい。こうは言ってみたものの、日本人経営の飲食店で繁盛している店もある。高級日本食料理店では老舗の「葵」や「日本亭」、またチェーン店としては「レストランフジ」や「八番ラーメン」が挙げられる。これらの店の共通点は「味が常に一定でおいしい」「店が清潔に保たれている」「従業員のサービスが良い」などが挙げられる。飲食店としてごく当たり前のことが当たり前のように行われているのである。

しかし、こうした当たり前のことをやり続けるために、繁盛している店はそれなりの努力をしている。例えば「葵」は高級日本食店としては3店、また中華料理を提供する「ラーメン亭」を5店運営するが、料理長が各店を毎日回り、味の確認を行っている。また、タイ人シェフを含めて、その教育に力を入れている。

一方、チェーン店である「レストランフジ」や「八番ラーメン」は、当地に進出してきた日本食メーカーに食材を発注するとともに「セントラルキッチン」のシステムを導入し、各店で同一の味を提供出来る体制を確立している。また各店舗の内装も共通化することで店舗のイメージを良くする工夫に努めている。

私事ながら、大学時代に喫茶店経営に関わったことがある。当時から飲食店産業で最も難しいのは「品質管理」と「人事管理」であるといわれていた。タイでの飲食店経営も全く同様である。タイならびにタイ人に精通した地場に根をはやした経営者や人材がいる会社のみが成功していくと私は思っている。

◆乏しい価格競争力とブランド化努力

さて、日本産品のタイへの輸出について話を戻そう。そもそもどのようなものが日本の輸出産品となりうるのであろうか?

三つの類型があると考えられる。第1に日本でしか生産出来ないもの。第2に日本産品にブランド力があるもの。第3にタイ製品と比較して価格競争力があるものである。

このうち第3の類型である価格競争力がある日本製品は、残念ながらほとんどない。あるとしても大量生産のきく工業製品であろうが、数がはけるものであれば多くの日系企業が既にタイでの現地生産に切り替えているであろう。農水産物などの食材の一部にも生産段階ではタイ製品に比して価格価格競争力があるものが存在する。しかし残念ながら、日本国内の輸送コストの高さと、生物(なまもの)であるがための特殊な輸送方法(例えば航空貨物や冷蔵船の使用)で、タイに着いた段階では競争力がなくなっているのである。

こうしてみると、日本から輸出が可能な商品は類型1と2である。日本でしか出来ない製品もしくはブランド力の商品である。この分野で代表的なものは松坂牛や神戸牛、最近では飛騨牛や山形牛などといった日本各地の和牛が挙げられる。さらに北海道のカニやウニなどの海産物、青森のリンゴなどもタイで広く受け入れられている。この他にも北海道の「白い恋人」や「Royce」のチョコレートなども立派にブランド品となっている。

しかしこれらの商品がタイで受け入れられるようになったのは、関係者の地道な努力に負うところが大きい。特にタイで一般顧客向けの展示会を毎年続けてきた自治体として北海道が挙げられる。北海道は道庁や漁協組合、北洋銀行などが協力し合って、タイの日系食材卸売業者やイベント業者に依頼し、一般消費者向けの展示会や販売会を定期的に開催してきた。今や「北海道」という言葉がブランドとなり、「北海道ミルク」「北海道アイスクリーム」「北海道チーズケーキ」など北海道と冠した商品がたくさん売られている。

北海道以外の県の多くはつい最近まで「県議会議員」や「県や市の職員」さらに「生産業者」の混成部隊でミッションを組み、タイでの特産品売込を標榜(ひょうぼう)してタイを訪れていた。しかし、日本大使公邸やホテルのコンベンションルームで行われるパーティーの参加者は大半が日本人であった。日本の特産品の売り込みのために、日本人相手にパーティーをして何の意味があるのだろう。こうして来タイする議員先生の中には、同行した新聞記者にパーティー会場での写真を撮らせた後、さっさと帰っていく人も目立つ。税金を使って選挙対策をしている実態に、多くの在タイ日本人受け入れ関係者があきれ果てているのである。日本製品を本当にタイで売りたいならば、知恵を出して一般消費者向けの宣伝も確実に行っていく必要がある。

◆最も重要なのは宣伝活動

さて、私たちバンコック銀行日系企業部の取り組みであるが、有識者の方々から教えて頂いた色々な知恵を日本の提携銀行経由で日本各地の生産者や輸出業者に伝達している。タイの風習やタイ人の好みなどは現地での情報がもっとも正確である。このほかタイ向けに輸出したい企業に対しては、タイでの卸売業業者や輸入取扱業者の紹介を行っている。

しかし、これまで見てきたように日本の特産品をタイで販売していくにあたって最も重要なことは、タイの一般消費者にその商品を認知してもらう宣伝活動である。こうした観点から我々バンコック銀行日系企業部では、「B to C 」を目的として自らが企画した展示会や販売会を行っている。

その第1が日本酒テイスティング会である。バンコック銀行の会員制クラブであるバンコククラブは従来、会員向けに無料のワインテイスティング会を毎月催している。バンコククラブの会員はタイの富裕層の人たちである。このワインテイスティング会を利用して日本のワインをタイの富裕層の方に紹介し、タイの人たちに広く飲んでもらおうと14年7月24日に第1回の日本のワインテイスティング会を開いた。

タイの人たちにとって日本のワインは馴染みがなくても、ワイン自体をたしなむことはファッションである。フランス、イタリアなどのワイナリーからは関係者が頻繁にタイを訪れてホテルなどで試飲会を開いており、すでに「市民権」を得ているのである。こうしたことでタイの富裕層は食事とともにワインを飲む習慣がついてきている。私たちは14年7月以降もほぼ半年に1回、バンコククラブで日本のワインテイスティング会を開催してきたが、残念ながら日本のワイン販売には限界を感じていた。

タイ料理の多くは甘みや辛みなど一般的に味が濃く、このためタイ人が好むワインはフランスのボルドー地方やイタリアのトスカーナ地方などの濃厚な赤ワインであるが、日本にはこうした赤ワインが少ない。また、日本のワイン作りは高級品志向であり、フランスやイタリアの中級ワインと比較しても値段が高くなってしまう。さらに一番がっかりしたことは、日本のワイナリーの中で真剣にタイで販売したいとしている会社がほとんどないことである。

タイの富裕層を中心として200人ほどの集客力があるワインの試飲会などそれほどできるものではない。しかし日本から、「ぜひ自分のところのワインを売り込みたい」と熱意を持ってこのワイン会に人を派遣してきたワイナリーは3社にとどまった。これでは我々の努力も空振りである。売り主に売る気がなければ、日本ワインなど売れるわけがない。

今年1月からは日本ワインの試飲会をやめて、日本酒テイスティング会として新たに臨んだ。日本酒の酒蔵はタイでの販売に熱心で、この試飲会にいくつもの会社が人を派遣して積極的に売り込みを図られた。私たちバンコック銀行スタッフも30人ほどが会場に張り付きは、試飲ブースのお手伝いをするとともに、顧客1人ひとりからアンケートを取り、酒蔵へと還元をした。

◆新しい文化をつくり出すくらいの意気込みで

ところで、タイでの日本酒の売り込みはワインよりも難しい。タイ人には日本酒を飲む習慣がなく、飲み方もわからない。またワインよりも味が薄く、日本酒のそれぞれの味の違いもわからない。最近では日本食レストランの主要顧客はタイ人であるが、日本食レストランの夕食時に、これらタイ人が日本酒を注文することを見たことがない。わずかに最近、バンコクで流行となっている高級すし屋で、金持ちのタイ人がファッションとして高級日本酒を注文しているのが目につくくらいである。果たせるかな、バンコククラブの日本酒テイスティング会でも同じような反応であった。

熱燗(あつかん)、常温、冷蔵で飲む酒の違い。大吟醸、吟醸、純米などの定義の違い。製造米や地方による違いなど、タイ人には全くちんぷんかんぷんである。否、私だって良くわかっていない。さらにこうした各地の日本酒がどのような料理に合うのかもわからない。こうして考えると、ホテルの一流レストランとタイアップして料理とワインのコンビネーションとしてワインの認知度を向上させてきたフランスやイタリアなどのワイナリーの努力には敬意を表する。まさに、タイにおける日本酒の売り込みは、またこの入り口段階だと考えたほうが良いと思われる。

このバンコククラブの日本酒テイスティング会の他に、3月17日から3日間、私たちはデパートのモールグル―プと組み、バンコクの繁華街であるプロンポン駅にあるエムクォーティエ・ショッピングモールで開催された「Japan Remix」という催しに日本酒販売で参加した。

参加を決めて3週間ほどしか時間がない中で、日本の酒蔵や当地の卸売会社の協力を得て、10種類程度の日本酒と果実酒の試飲と販売を行った。私たちバンコック銀行日系企業部の部員も販売ブースに立ち応援した。

タイに住んでいる方は良く御存知のとおり、タイでは酒類の販売は午前11時から午後2時と、午後5時から午前0時に時間帯が限定されている。こうした販売時間の制限などもありながら、当行の顧客に事前に広く宣伝したこともあり、3日間で120本以上の日本酒が売れた。今回は今年1月の日本酒テイスティング会の反省も踏まえ、各日本酒の特徴や飲み方などを記載した説明書を用意した。また、このイベント終了後には、試飲に訪れてくれた当地の大手スーパーから日本酒の大量注文が入るなど予想以上の成果があった。

日本の特産品をタイで販売することは容易ではない。新たに文化をつくり出す作業に等しい。当然のことながら、タイにおける日本酒販売も簡単にはいかない。しかし、試飲会や販売会などを通じて地道にタイの消費者に対して日本酒を宣伝することが、日本酒を普及させる唯一の方法であると私は思っている。

テイスティング会

バンコック銀行のバンコククラブで行われた日本酒テイスティング会の様子=2017年1月、筆者撮影

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り
第49回 食は芸術 食は文化
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第44回 おいしい日本食をタイ全土に広めたい
http://www.newsyataimura.com/?p=4340#more-4340

第25回 日本食品のタイ向け輸出はなぜ難しいのか
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第14回 タイの日本食ブーム
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