「謎解き」の効能 『アセアン複眼』第21回 | ニュース屋台村

「謎解き」の効能
『アセアン複眼』第21回

7月 31日 2018年 国際

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佐藤剛己(さとう・つよき)

『アセアン複眼』
Hummingbird Advisories CEO。シンガポールと東京を拠点に日本、アセアン、オセアニアをカバー、企業買収や提携時の相手先デュー・デリジェンス、ビジネスリスクや政治リスク分析などを提供する。新聞記者、米調査系コンサルティング会社を経て起業。グローバル・インベスティゲーター・ネットワークIntellenet(本部米国)日本代表、公認不正検査士、京都商工会議所専門アドバイザー。日本の弁護士有志で設立された海外贈賄防止委員会(ABCJ)の第1号海外会員。ニュースブログ「Asia Risk」(asiarisk.net)に東南アジアで際立つニュースを掲載。

断片情報をかき集めて眺めると、頭の中で突然、個々のピースが組み上がり、一つの像になって現れることがある。私のいる業界の醍醐味(だいごみ)、謎が解ける瞬間だ。

◆会社発表から社内不正の可能性を組み上げる

欧州の機関投資家から頼まれ、日本の大手グループ傘下企業(仮称「太陽工業」)の情報収集をしていた時のこと。会社の年商は2千億円余り。グループ全体の威光もあって、中堅というには大きな影響を国内の特定製品市場で持っていた。顧客は、太陽工業がグループから切り出されることを狙い、株式市場で売買攻勢を掛けることを計画していた。

私たちへの依頼は、その切り出し可能性を探る社内動静の情報収集と分析。周知の事例でなぞらえると、東芝の半導体子会社東芝メモリが太陽工業で、これを狙っていた米ファンドKKRに私の顧客投資家を当てはめれば分かりやすいと思う。

機関投資家、特にファンドから依頼されるこの手の調査は、「インサイダー取引はしたくない。情報収集では内部関係者には触れてくれるな」という条件が付くことが多い。「辞めて3年以内の退職者から得た情報は、現職から得たのと同等とみなす」など、細かい規定もある。

内部関係者に触れることなく内部動静を探るという、一見無理難題に見えるリクエストは私の業界特有で、「ビジネスインテリジェンス」とも呼ばれる。世界中あちこちで似たようなリクエストが顧客(時に個人)から出てきて、業界の誰かが常に請け負っている。日本では業界があまり育っていないので目立たないが、ここで禄を食んでいる人たちは世界中に実は大勢いる。

で、公知の情報をちくちくと集めていた時のこと。太陽工業は数年前の10月、都内精密機器中堅会社(東証上場)との提携を決め、特定機器開発を目的に10億円を投資した。この精密機器会社のウェブサイトを見ると、太陽工業向けの第三者割り当て新株発行を伝えるプレスリリースが出ている。精密機器会社の株価は直後に上昇、マーケットも太陽工業の投資を好感したと読めた。

精密機器会社は筆者が初めて名前を聞く会社だったので、少し横道に外れ、会社のプレスリリース欄を見てみた。すると、投資を伝えるこの年10月のリリースの2か月後に「特損計上による業績予測の修正」、さらに翌月には「公認会計士の異動」というリリースが並んでいた。心中穏やかではない。

今度は10月分から古い方に戻ってみた。「業績予測と実績の差異」というのがあり、その理由は「棚卸資産評価損で1億円、減損損失で2億円の損失を計上。売上予想も20%減」というものだった。発表を時系列にすると次のようになる。

<精密機器会社のプレスリリース>
20xx年7月: 業績予測と実績の差異
20xx年10月: 太陽工業へ第三者割当による新株式10億円分の発行
20xx年12月: 特別損失の計上と業績予測の修正
20xy年1月: 公認会計士等の異動

最後に来た公認会計士の異動は、ただでさえ一般的にはいいシグナルではない中、特損を発表した翌月の異動であることを考えると、特損の財務処理方法を巡り、会計士と会社で議論があったことは想像に難くない。リリースには異動理由について「任期満了」としか記載がないが、通常、公認会計士の契約は(事後継続いかんにかかわらず)1年単位なので、「任期満了」というのは当たり前の異動理由でしかない。

さらにウェブサイトを見ると、この会社は年商30億円に満たず、にもかかわらず、ここ数年は毎年5億円近い赤字を出していたことも分かった。「棚卸資産評価を膨らますのは不正会計の手口の一つ」などという生半可な会計知識も手伝い、「利益水増しを狙った財務不正」の疑い目線はますます強くなる。

投資家からの依頼対象である太陽工業は、財務上は黄色信号が出ていた(であろう)この精密機器会社に10億円を投資、主要株主になったのだ。今後、ガバナンスを効かせる予定はあるのか。疑問は次々湧いてくる。

いよいよ中を探りたくなるところだが、顧客の投資家とは、人を介しての情報(非公知情報とか非公開情報などと言われる)収集をしない約束だったので、仕事はここで終わり。謎解きも中途半端なままとなった。

筆者は投資家にこう懸念を伝えた。「太陽工業の投資先である精密機器会社で、不正会計が行われている可能性を見込んで投資した方がいい」。不正会計を事実と認定できた訳ではないが、外形的な流れからその疑いがあると、少なくともこの時点では見立てられる。見立てに説得力があると客が判断すれば、それ相応の判断をして次の手を打てばいい。もし見立て通りなら、精密機器会社とは別に太陽工業の与信能力、ひいては太陽工業に投資した機関投資家のそれが後々問われることになるからだ。

精密機器会社はこの後、プレスリリースを見る限り財務面ではさらに厳しい状況に置かれている。自分の仕事は終わったのに、会社のウェブサイトをひと月に一度は覗(のぞ)いている。

◆入り組んだ利害相反を外から判別する

東南アジアではこんなこともあった。工業製品を作る日本企業が、A国の地場会社B社への委託生産を計画した。B社は新設会社で、私たちで与信管理の仕事を請け負っていた。結果、コンプライアンス上の問題は聞かれず、また、資本面はもちろんのこと、技術面でもかなりしっかりしているという評価が多く聞かれた。

仕事も後半に差し掛かり、実はB社、業歴の長い競合C社から高位の技術者を引き抜き技術指導を依頼している、との情報が得られた。C社の定評は筆者も聞いていたので、この時点では、新設企業にもかかわらずB社の評価が高いのは「さもありなん」程度に思っていた。

企業の与信管理に関するリサーチは通常、最後に全般的な情報の突き合わせ作業をする。メディア記事の断片、こっそり実施したヒヤリングメモの行間から臭う背景など、手にした細々したものを全て組み上げて像を作り、重複を削ぎ、また全体像から外れる「雑音」情報の扱いを検討する。顧客への報告内容を固める最終工程にあたる。

余談になるが、筆者は新聞社で整理記者経験がある。一般的にイメージされる記者業務と違い、短時間で多くの版〈バージョン〉を編集する机上での特殊技能が要請され、非常にきつい。在職中は好きになれなかったが、インテリジェンス作成の要となる「情報の因数分解」と「情報の組み上げ」技術は、この時習熟したのを、後になって気付いて驚いた。)

その作業中のこと。モザイクから浮かび上がった分析は、C社執行役員がB社に投資していること、別のC社部長級スタッフがB社のアドバイザーに就任していることを暗示していた。気になって追加作業を行い、アドバイザーの名刺を入手、C社部長がB社で就業していることも確認した。

ここで出てきた疑問は、C社がB社へ全面的にバックアップしているのではないか、という点だ。顧客と直接競合関係にあるC社が、会社ぐるみでB社を支援しているとなると、にわかにB社へ委託製造を予定する顧客の技術情報漏えいがリスクとして表面化する。

東南アジアでは副業はもちろん当たり前、利益相反への感度も薄い。それにしても、である。

「いやー、その視点には気づきませんでした」と、顧客から言われ内心ほくそ笑んだのもつかの間。「うちの業界ではよくあるんです」と言われ、あっけなく仕事はここで終わった。

◆謎解きの一歩先へ

謎解きは楽しいが、いつまで続けられるかはお客様次第。「名探偵コナン」のように最後まで行き着くことばかりではないのは悔しいものの、謎解きで一歩先へ進めるとすれば効能である。それで顧客の事業決定を促すことができれば何よりだと思っている。

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