п»ї 「鉄人」逝く―あの時、あなたは勇気を与えてくれた 『ジャーナリスティックなやさしい未来』第133回 | ニュース屋台村

「鉄人」逝く―あの時、あなたは勇気を与えてくれた
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第133回

5月 07日 2018年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

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一般財団法人福祉教育支援協会専務理事・上席研究員(就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括・ケアメディア推進プロジェクト代表)。コミュニケーション基礎研究会代表。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般社団法人日本不動産仲裁機構上席研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など経て現職。

◆人生の迷い道に

プロ野球広島で活躍し、1987年に当時の連続試合出場の世界記録を塗り替えた「鉄人」、衣笠祥雄さんが逝った。プロ野球が生活のすべてだった野球小僧時代、豪快なプレーとその個性的な顔つきで球界を代表する選手であった印象も強烈だが、社会人として社会の岐路にいた時期に、2人きりでお会いしたこと大きな感謝とともに忘れられない思い出である。

心から感謝し冥福をお祈りしたい。死去の報を受けた関係者のコメントには、どれも野球に真摯(しんし)であり、人に紳士であったエピソードが語られ、人間としての衣笠さんの素晴らしさや美しさを浮かび上がらせているが、それは美談ではない。

私が人生の行く先を少し迷っていた時に現れた鉄人は、「やりたいことをやること」を教えてくれ、今の私に続き、私を成り立たせてもいるような気がする。それは1998年3月のことである。

◆自分を変えた一冊

その日私は、皇居横の旧丸の内ホテルの一室で私は鉄人を待っていた。当時、編集記者として勤めていた月刊誌の巻頭特集での「自分を変えた一冊」をテーマにした取材インタビューだった。

その月刊誌は経営者層に読まれているもので、私にとっては初めての巻頭特集を自分で企画したものだから、インタビューの人選も自分で行い、「読書家」と伝え聞いていた憧れの鉄人に白羽の矢を放った。

連続試合出場記録を打ち立てたその意志の強さには必ずや何らかの哲学があって、それを支える「箴言(しんげん)」のようなものが、その読書の中にあるはずだ、という見立てである。電話でアポをとり、テーマを伝え、インタビュー当日に「自分を変えた一冊」を持っていただくよう依頼した。

「人生を変えた本ねえ、分かりました。考えて持っていきますよ」と溌溂(はつらつ)とした声に、どんな本を持ってくるのだろうと期待が膨らむ。哲学か文学か。純文学かもしれないし、戯曲かも、などと想像してみた。

◆古ぼけた文庫本

そして当日、スーツ姿で現れた鉄人はそのやわらかい手を差し出し握手すると、ソファに腰かけて持参した小さなアタッシュケースを開け、古ぼけた文庫サイズの本を取り出した。
『ヤンキース野球教室』(1956年、毎日新聞社刊)。

表紙はヤンキースのヨギ・ベラ選手がベースに滑り込む白黒写真だ。「やっぱりこれですね」。鉄人はそう言って、本を差し出してくれた。想像できなかった展開に私は少々拍子抜けしながらも、内容を説明する鉄人に引き込まれた。完全に野球小僧に戻っての説明である。

「これを見てね、スライディングの仕方が分かったんです。それまでやみくもに滑っていたのですが、滑り方には合理的な方法があるんだと。ほら、このページですね」。確かに、不鮮明ながらもスライディングの連続写真とともに説明されている。こんな調子で鉄人は本を解説し、「私はこの本で野球の考え方が、練習の仕方が、変わったんですよ」と言った。

◆精いっぱい、のメッセージ

当時、私は新聞社を辞し、留学から戻って挑戦した通信社の試験に落ちて、日雇いの仕事をした後に「書く仕事に戻る」という理由で月刊誌の編集部に籍を置いた。しかしニュースの世界に戻りたいという思いは強かった。

再度、通信社に挑戦するべきかの悩みの中。目の前の鉄人は、「野球に出会えて幸せですよ。精いっぱい野球が出来て、今も野球とともにある。うれしいですね」と言う。あの印象的な素敵な笑顔で。

私は自分がやりたいことに精いっぱい向き合っているか――。そんな問いかけのように思え、私は何かを決めたような気がしている。何よりも、その力をいただいたような気がする。インタビュー翌日、偶然にも東京駅の新幹線ホームでまた私は鉄人に遭遇した。「昨日はありがとうございます」と握手し、鉄人は「頑張りましょう」と言ってくれた。私にとって、それは「それでいいんだ」という確認の握手だった。

そしてやりたいことに精いっぱい向き合い続けている。

私はこのエピソードを忘れないために、古書店で同じ『ヤンキース野球教室』を探し、購入し、お守りのように自宅の書棚に収めている。

■精神科ポータルサイト「サイキュレ」コラム
http://psycure.jp/column/8/

■ケアメディア推進プロジェクト
http://www.caremedia.link

■引地達也のブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/kesennumasen/

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