阪神・淡路大震災の東西報道と「普遍的な価値」付け
『ジャーナリスティックなやさしい未来』第125回

2月 07日 2018年 社会

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引地達也(ひきち・たつや)

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一般財団法人福祉教育支援協会専務理事・上席研究員(就労移行支援事業所シャロームネットワーク統括・ケアメディア推進プロジェクト代表)。コミュニケーション基礎研究会代表。精神科系ポータルサイト「サイキュレ」編集委員。一般社団法人日本不動産仲裁機構上席研究員、法定外見晴台学園大学客員教授。毎日新聞記者、ドイツ留学後、共同通信社記者、外信部、ソウル特派員など。退社後、経営コンサルタント、外務省の公益法人理事兼事務局長など経て現職。

◆23年目の紙面

阪神・淡路大震災から23年となった1月17日、私は朝に東京を出発して、日中に名古屋で仕事をした後、夕方に関西に入った。列車での道中、同日付の東京発行の新聞と大阪発行の新聞を読み比べながら、阪神・淡路大震災を伝える「熱」の違いに少々、複雑な気持ちとなった。

阪神・淡路大震災から23年を伝える紙面には、犠牲者の鎮魂と今を生きる私たちに命を問いかける写真が1面に掲載されたが、扱いは大阪ではトップだったのに対し、東京では2番手。東京でのトップ記事は、相続に関する法改正の方針に関するもので、ニュース価値でいえば「絶対的なトップ記事」ではない。大阪は震災がトップで法改正が2番手。阪神・淡路大震災というニュースへの価値観が東西で大きく分かれたことになる。

◆分かれた見出し

同時にその見出し(見出しは版によって変更されている可能性がある)が東西の違いも浮き彫りで、受けた印象から言えば、大阪紙面が「まだ終わっていない」との遺族の心を代弁したのに対し、東京紙面には、そのメッセージ性を排除したような印象もある。

朝日新聞1月17日付朝刊の総合リード(前文)記事は「6434人が亡くなった阪神・淡路大震災の発生から17日で23年を迎える。被災地では発生時刻の午前5時46分を中心に追悼行事が行われ、街は祈りに包まれる」とあり、掲載のカラー写真は、兵庫県宝塚市の武庫川(むこがわ)の中州に浮かび上がった「生」の文字のライトアップ。共通となるウェブの見出しは「今も毎日が1995年1月17日なんです 命の意味を問い続ける」の2文節で構成されているが、紙面では大阪では前者が強調され、東京では後者が強調されていた。

◆人生を変えたニュース

ニュースは風化する。受け止め方には地域差や個人差もある。絶対的な普遍的なニュース価値はありえない。ニュースを自分の人生にどのようにストーリーとして関連しているか否かで、ニュースが身近になったり、遠い存在になったりするから、一人の思いだけでは測れない。

私の場合、阪神・淡路大震災は大学を卒業して新聞社に入社して1年目の出来事で、大阪本社に配属された中、同僚記者が被災者となり、同期の記者の自宅が全壊し家族が亡くなったことと、仕事と私生活が混在し、意識が朦朧(もうろう)とした状態で追われるがままに仕事をし、未曽有の震災を目の前にして、自分の無力さを見せつけられた出来事でもあった。

それは天災に向かう心持ちを教わり、今に至る自分の姿勢のようなものを形作った出来事で、その後の東日本大震災での自分の行動にもつながってくるから、やはり人生を変えたニュースだった。

◆「命を守る」教訓のために

このような個人的な感情論もあるから、私が阪神・淡路大震災を日本全体で考えるべき普遍化されたニュースだと言いたくなってしまうのだろう。そこに自制心を働かそうと考えてみたが、それは必要がないのかもしれない。自分の経験や感情は伝え、いつ来るか分からない災害に「命を守る」教訓になる、と考えれば表明するべきなのだ。

東京紙面の「命の意味を問い続ける」のは当然として、大阪紙面の「今も毎日が1995年1月17日なんです」の重さを私たちは想像する社会を維持したい。
災害や事件、刻まれるべき期日が多すぎて、メディアも私たちも忘れがちになってしまうのだが、犯罪被害者や遺族ら、時が過ぎても発生した日の呪縛(じゅばく)から解放されない人たちがいるということである。この苦しみを伝え、分かち合い、社会のコミュニケーションの中に位置づけることが、メディアの役割だと考えている。

※『ジャーナリスティックなやさしい未来』過去の関連記事は以下の通り
第110回 「共謀罪」をメディアが伝えられないのか、市民が受け止められないのか
http://www.newsyataimura.com/?p=6639#more-6639

精神科ポータルサイト「サイキュレ」コラム
http://psycure.jp/column/8/

■ケアメディア推進プロジェクト
http://www.caremedia.link

■引地達也のブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/kesennumasen/

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