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英高級誌が特集する性産業
『時事英語―ご存知でしたか?世界ではこんなことが話題』第6回

8月 22日 2014年 文化

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SurroundedByDike(サラウンディッド・バイ・ダイク)

勤務、研修を含め米英滞在17年におよぶ帰国子女ならぬ帰国団塊ど真ん中。銀行定年退職後、外資系法務、広報を経て現在証券会社で英文広報、社員の英語研修を手伝う。休日はせめて足腰だけはと、ジム通いと丹沢、奥多摩の低山登山を心掛ける。

「性産業―テクノロジーが世界最古のビジネスを自由化している状況について」(The Sex Business, How technology is liberating the world’s oldest profession、英Economist誌2014年8月9日-15日号)。

堂々のカバーストリーである。大抵の日本人にとって、国際的に知られるメディアが正面から取り上げることに違和感を覚えるテーマと思うが、この雑誌は全くそのこだわりは感じていないようだ。
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クリスマスに処女降誕か? コモドドラゴン
『時事英語―ご存知でしたか?世界ではこんなことが話題』第5回

8月 01日 2014年 文化

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SurroundedByDike(サラウンディッド・バイ・ダイク)

勤務、研修を含め米英滞在17年におよぶ帰国子女ならぬ帰国団塊ど真ん中。銀行定年退職後、外資系法務、広報を経て現在証券会社で英文広報、社員の英語研修を手伝う。休日はせめて足腰だけはと、ジム通いと丹沢、奥多摩の低山登山を心掛ける。

「Virgin Birth Expected at Christmas — By Komodo Dragon」(National Geograph-ic.Com/News、2006年12月6日)。8年前、私はこの記事に出合ってから約半年後の2007年5月、インドネシアの離島に向かった。バリ島近くに1泊ののちプロペラ機でフローレンスという島まで飛び、その港から漁船で向かったのはリンチャイ島。そこはコモド島とならびコモドトカゲの生息地として知られる場所。この島を選んだのはコモド島よりも短時間の3時間ほどの乗船で着けること、そして何より捕獲、管理された環境ではなく自然に生息している稀有(けう)な場所と知ってのことである。

◆種族保存のために繰り出す雌の奥の手

まずは、その記事の要約を以下に掲げる。
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Japanese Wineの挑戦
『世界に挑む!地方に眠る日本の食』第1回

8月 01日 2014年 文化

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内田美和(うちだ・みわ)

中堅中小企業のM&Aアドバイザリー業務、地方銀行の取引先食品メーカーを対象とした展示会企画・運営・海外輸出サポート業務、飲食店運営などに従事。現在は販路開拓、商品開発を中心とした地域プロデュース業務に従事し、バンコック銀行日系企業部の日本サイドの食品関連サポート業務、新日本スーパーマーケット協会アドバイザーを兼務

タイの富裕層向け会員制クラブである「バンコククラブ」の会員向けのワインテイスティング会で7月24日、日本ワインがお披露目された。このイベントは、タイの日本大使館やジェトロにもご後援いただき、佐藤重和大使や井内摂男所長らにもご出席いただいたほか、バンコック銀行の取引先である日系企業の代表者もご招待し、100人以上が来場する大変盛況な会となった。

◆タイ人をうならせた日本のワイン

タイではまだまだ未知の日本のワインを広めるため、それぞれのワインに合う日本食の一品料理とともに味わっていただくべく、バンコクの老舗の日本食レストラン「葵」に新たな日本食の開発をご協力いただいた。それぞれが互いに香りや味を高め合う組み合わせで、「すばらしいマリアージュ」が完成した。
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人生に彩りを与えてくれた名作の数々
『えいがと私』第2回

7月 04日 2014年 文化

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マレーの猫

エネルギー関連業界で30年以上働いてきたぱっとしないオヤジ。専門は経理、財務。実務経験は長く、会計、税務に関しては専門家と自負。2012年からマレーシアのクアラルンプールに単身赴任中。趣味は映画鑑賞、ジャズ、ボサノバ鑑賞、読書。最近は浅田次郎の大ファン、SF小説も

マレーシアでの単身駐在期間が長くなるにつれて、最近は趣味や自分の過去について時々思い巡らすことが多くなってきた。これから書く話は、私の全く個人的な趣味の話であり、映画が自分の人生にどのような影響を与えたかということについての回想録のようなものである。今回は「えいが(映画)と私」の第2回として、私の大学生時代から30代半ばごろまでの間に見た映画について、私の思いを書かせていただく。

◆サラリーマン社会に通底する「仁義なき戦い」

大学入学後は、高校時代とは通学ルートが変わってJR(当時は国鉄)新宿駅経由となったため、渋谷に行く機会が減ったことや、映画以外の多くのことに興味を持つようになったためだったと思うが、映画を見る回数は高校時代と比較してかなり減っていったように思う。
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記憶にとどめておきたい昭和戦後史
『読まずに死ねるかこの1冊』第12回

6月 27日 2014年 文化

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記者M

新聞社勤務。南米と東南アジアに駐在歴13年余。年間120冊を目標に「精選読書」を実行中。座右の銘は「壮志凌雲」。目下の趣味は食べ歩きウオーキング

東京・新宿にある国立競技場の解体作業がこのほど始まった。正式には「国立霞ヶ丘陸上競技場」というが、ラグビー愛好者らは花園(大阪)、秩父宮(東京)と並ぶ「聖地」として、「こくりつ」と呼ぶ。僕のいくつかあるウオーキングコースの中の一つは、1964年(昭和39年)に東京オリンピックの開会式が行われたこの施設の脇を通るが、ここが完成したのが、僕が生まれた58年(昭和33年)だと知ったのは不勉強なことに、解体作業が始まる前に行われた今年5月の見学ツアーに参加した時だった。

◆神々しく輝いて見えた聖火ランナー

形あるものが消失してしまうのは、はかなく哀(かな)しい。自分と同い年のこの施設には、大学対抗陸上やラグビー日本選手権などを観戦するために何度か訪れたことがある。「ラグビーフリーク」と自他ともに認める大学当時の友人は、常にゲームの中心に絡み続けることが求められるポジション「ナンバーエイト」にちなんで息子に「英斗(えいと)」と名付け、大学卒業以来ほぼ毎年、大学選手権や日本選手権の決勝のたびに上京し「こくりつ」で観戦してきた。彼ほどの愛着はないにせよ、僕はいまも時折その脇を歩きながら、数々の劇的な名場面を生み、それを見つめ、大観衆の歓喜とため息を包み込んできたこの競技場に、いたわりのまなざしを送っている。
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正統派ビジネス誌のサービス精神
『時事英語―ご存知でしたか?世界ではこんなことが話題』第4回

6月 20日 2014年 文化

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SurroundedByDike(サラウンディッド・バイ・ダイク)

勤務、研修を含め米英滞在17年におよぶ帰国子女ならぬ帰国団塊ど真ん中。銀行定年退職後、外資系法務、広報を経て現在証券会社で英文広報、社員の英語研修を手伝う。休日はせめて足腰だけはと、ジム通いと丹沢、奥多摩の低山登山を心掛ける。

今回紹介するのは、「セックス、身もだえ、ビデオテープ」という見出しの「The Economist May 3rd 2014, Science and Technology欄 副題 痛みの感知 (Pain perception)」の記事である。

一見、平然と立ち読みするには勇気を要する類いの週刊誌のお株を奪う見出しである。しかし、実際には世に広く知られる経済誌の記事の標題である。以下内容を要約する。
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第1次世界大戦開戦100年
『タマリンのパリとはずがたり』第4回

5月 23日 2014年 文化

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玉木林太郎(たまき・りんたろう)

経済協力開発機構(OECD)事務次長。35年余りの公務員生活の後、3度目のパリ暮らしを楽しむ。一万数千枚のクラシックCDに囲まれ、毎夜安ワインを鑑賞するシニア・ワイン・アドバイザー。

◆左手だけのピアニスト

今年は第1次世界大戦開戦100年なので、たくさんの本や写真集がパリの本屋の店先を飾っている。第1次大戦は、欧州にとって想像を絶する災禍であった。

犠牲者の総数が3700万人と言ってもイメージが湧かないが、開戦時に20歳から32歳であったフランスの男性の半数が終戦までに死亡したと聞けば、第1次大戦犠牲者追悼のモニュメントがフランス中至る所に見られるのも当然のことだと納得する。
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クラシック少年だったころ
『タマリンのパリとはずがたり』第3回

5月 09日 2014年 文化

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玉木林太郎(たまき・りんたろう)

経済協力開発機構(OECD)事務次長。35年余りの公務員生活の後、3度目のパリ暮らしを楽しむ。一万数千枚のクラシックCDに囲まれ、毎夜安ワインを鑑賞するシニア・ワイン・アドバイザー。

パリでの私の勤め先(OECDという国際機関)に日本が加盟してから、今年で50周年になる。当時の写真が展示されたり、総理が来訪されたりと、こちらではなかなかの盛り上がりで、私もやや回顧モードである。

50年前といえば1964年(昭和39年)、新幹線が開業しオリンピックで沸いた年だが、私自身はまだ東京・新宿の小学生だった。しばらくして中学に進むころにクラシック音楽に関心を持つようになったのだから、私のクラシック歴(聴いて楽しむだけだが)も長い。半世紀近く飽きずに続いた趣味はこの他には将棋くらいだろうか。音楽を聴くのに費やした時間とエネルギーを学校の勉強に向けていたら、どんな立派な人になっていただろう。
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人生に彩りを与えてくれた名作の数々
『えいがと私』第1回

5月 09日 2014年 文化

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マレーの猫

エネルギー関連業界で30年以上働いてきたぱっとしないオヤジ。専門は経理、財務。実務経験は長く、会計、税務に関しては専門家と自負。2012年からマレーシアのクアラルンプールに単身赴任中。趣味は映画鑑賞、ジャズ、ボサノバ鑑賞、読書。最近は浅田次郎の大ファン、SF小説も

マレーシアでの単身駐在期間が長くなるにつれて、最近は趣味や自分の過去について時々思い巡らすことが多くなってきた。これから書く話は、私の全く個人的な趣味の話であり、映画が自分の人生にどのような影響を与えたかということについての回想録のようなものである。今回は「映画と私」の第1回として、私が幼稚園時代から高校卒業までの間に見た映画について書かせていただく。

◆幼稚園の時に初めて見た「ゴジラ」

最初に映画館に入ったのは、幼稚園の時であった。私が住んでいた東京・中野には、JR中野駅南口に東宝映画を上映している映画館があり、当時「ゴジラ」の映画を見たいがために同居していた祖母に頼んで映画館に連れて行ってもらったのである。
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終わらない戦後
『読まずに死ねるかこの1冊』第11回

5月 02日 2014年 文化

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記者M

新聞社勤務。南米と東南アジアに駐在歴13年余。年間120冊を目標に「精選読書」を実行中。座右の銘は「壮志凌雲」。目下の趣味は食べ歩きウオーキング

4月29日の「昭和の日」。東京・新宿の高層ビル群の一角、新宿住友ビルの48階にある平和祈念展示資料館を訪れた。太平洋戦争勃発(ぼっぱつ)から敗戦、その後の混乱に至る時期に関する本を集中的に読んだ時期があり、かねてぜひ訪れてみたいと思っていた。

総務省が委託して運営するこの施設には、兵士、戦後強制抑留(シベリア抑留)、満州を中心とする海外からの引き揚げに関する実物資料やジオラマが展示してある。僕はちょうど、草柳大蔵の『実録満鉄調査部(上)』(1983年、朝日新聞社)を読み終えたばかりだったので、このタイミングに訪れたのは、展示されている資料などで本で読んだ内容を確認できてよかった。好奇心がおう盛と言えば聞こえがいいが、小さい頃からやたらと野次馬根性たくましい僕は、なんでも見たい、聴きたい、行ってみたいと思ってきた。その思いが今回、また一つかなった。
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