スマート農業を通じた北海道の地方創生
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第122回

6月 29日 2018年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

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バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住20年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

広大な土地と豊かな自然を持つ北海道。この北海道では全国を上回るスピードで「人口減少」や「高齢化」が進み、医療・福祉・商業など生活に不可欠なサービスの低下やコミュニティー機能の低下が深刻な問題として顕在化しつつある。人口減少社会の中で以下に産業育成を図っていくか? 今回は北海道の主要産業である農業を通じた地方創生策を模索してみたい(注:本文中のグラフ・図版は、その該当するところを一度クリックすると「image」画面が出ますので、さらにそれをもう一度クリックすると、大きく鮮明なものをみることができます)。

1.北海道の農業

江戸時代までは一般的に、蝦夷(えぞ)地と呼ばれていたこの地域は、明治2年(1869年)に「北海道」と命名され、今年150年目を迎える。手つかずの原生林の開拓が始まってから今の姿に至るまでわずか百数十年であるが、その開拓においては当初より日本の食料生産を担うことが見据えられており、ケプロンやクラークなどのいわゆるお雇い外国人により欧米の農業技術の導入が早くより進んできた。そんな歴史的背景から北海道の産業においては農業が発達し、道内総生産に占める産業別構成比は農業・漁業を中心とした第一次産業が4.1%(全国1.2%)と全国比で非常に高いという特徴を持つ。また、第二次産業は16.9%(同24.9%)と低いながらも製造業の中では食料品製造業が全体の3分の1超を占めており、農業・漁業を主とする一次産品の生産とその加工業が北海道経済において大きな影響を与えていることがわかる。

2015年の農業産出額は1兆1852億円で全国1位。カロリーベースの食料自給率も221%と全国1位で日本全体の食料自給率への寄与率は23.8%と日本の食料基地としての役割を担っている。2016年の台風でジャガイモ収穫量が落ち込み、ポテトチップスの供給が止まったことは記憶に新しく、日本全体の食料に与える影響の大きさを証明した。主要産品は米、畑作物、野菜、乳用牛で、なかでも、ジャガイモ、小麦、小豆、てんさい、タマネギ、スイートコーン、生乳などは全国シェア1位と北海道の特産品としての位置づけにある。

(1) 北海道の農業の特徴

① 大規模専業農家

広大で人口密度の低い土地を生かし、1農業経営体あたりの経営耕地面積は28.1haと広く、更に離農者の土地を周辺の農家が取得する形で年々拡大傾向にある。主業農家割合は75%と高く、所得も全国平均を大幅に上回るなど、専業的な農家による大規模経営を行っている。

②全国に先駆けて進む農業の機械化

広い経営耕地面積における農作業の省力化を図るため、北海道においては全国に先駆けて農業の機械化が進んでいる。人工衛星からの位置情報に基づきトラクタの作業経路を表示するGPSガイダンスシステムや作業経路の保持を自動的に行う自動操舵装置の導入数は北海道が圧倒的なシェアを誇る。導入率もGPSガイダンスシステムが4%強、自動操舵装置は1%強まで伸びてきていることから、一部農家による実証実験段階から実際の活用が広がる段階に入っていると考えられる。

(2)北海道の農業が抱える課題

①農家戸数の減少・高齢化

日本全体で進む人口減少・高齢化により、北海道の農家戸数も減少を続けている。65歳以上の農家の比率も既に38%となっており、今後進行していく高齢化は農業の担い手の不足という影響を大きく与えることが予想される。

② TPP、日EU EPAの影響

2016年2月に参加国の合意がなされた環太平洋経済連携協定(TPP)や2017年7月に大筋合意された日EU(欧州連合)経済連携協定(EPA)においては参加国間の関税の即時または段階的な撤廃が大きな柱となっている。北海道による試算ではTPPによる関税撤廃の影響は下記の表のようになっており、このまま対策が打たれなければ、北海道の強みである農業の経営環境は一変し、生産量の減少のみならず、食品加工産業なども含め、雇用・経済、ひいては日本の食糧政策にも大きな影響を与えることとなる。

上記を整理すると、北海道の農業においては、広大な農地を生かし、機械化を進めながら大規模経営を行っている一方、農家戸数の減少・高齢化、TPP/EPAによる影響が今後予想されるということがわかった。では、北海道の強みを維持したまま、外部環境の変化に対応でき得る課題の解決方法がないだろうか。次項では特徴の一つである農業機械化に焦点を当ててみたい。

2.農業機械化からスマート農業への進展

特徴の一つで見たように北海道においては農業の機械化が進んでいるが、現状は有人による作業を機械によって補助するという使い方にとどまっている。先進技術により機械化の取り組みを発展させ、更なる無人化・省力化を進めたものが「スマート農業」である。

(1)国によるスマート農業の位置づけ

北海道に限らず、日本の農業の現場では高齢化が急速に進み、農作業の省力・軽労化及び新規就農者へのノウハウの継承が重要なテーマとなっている。他の産業で進むロボット技術や人工衛星を活用したリモートセンシング技術、クラウドシステムをはじめとしたICT(情報通信技術)を農業分野にも応用した新たな農業「スマート農業」を実現するため、各省庁、農機・電気・自動車メーカー、研究者による「スマート農業の実現に向けた研究会」が2013年11月に発足している。2015年には同研究会による提言を元に「食料・農業・農村基本計画」が策定され、スマート農業はロボット技術やICTを活用した超省力生産、高品質生産を実現する次世代農業として位置づけられ、国策として推進していくこととなった。

(2)スマート農業により可能となること

将来的なスマート農業のあり方として、下記の5項目の方向性が挙げられている。

① 超省力、大規模生産を実現(GPS自動走行システムによる夜間作業・自動作業)

② 作物の能力を最大限に発揮(センシング技術、データ分析による精密農業で多収、高品質の実現)

③ きつい、危険な作業からの解放(アシストスーツ、除草ロボット)

④ 新規参入しやすい農業の実現
(機械による高精度の作業、ノウハウのデータ化による若者・女性の参入)

⑤ 安心と信頼(生産情報をクラウドでダイレクトに消費者に提供)

農業においては、長年の経験による職人技、家族を主体とした一斉作業、繁忙期の長時間労働など、若者や女性、新規の参入を妨げる障壁が存在してきた。スマート農業では機械による高精度の作業・ノウハウのデータ化により若者や女性などが新規参入しやすい環境が整備され、また、省力化により生じた余力を農協以外の新規販売先の開拓や加工商品の開発などに充てることが可能となる。日本の食糧供給にも大きな影響を与え得る人口減少・高齢化による農業経営者の担い手減少やTPP/EPAによる外国産農産物との競争という課題の解決方法となり得るものと考えられる。

(3)北海道大学による取り組み

北海道大学は、明治9年(1876年)に設立された札幌農学校(初代教頭はクラーク博士)を前身とし、これまでの北海道の農業発展に大きな役割を果たしてきており、現在においても農学部を中心に農業に関する研究が盛んである。

民間企業との連携による研究にも積極的に取り組んでいて、経済産業省の調査による北海道大学発ベンチャー企業は48社と全国9位に位置している。平成27年4月には「産学・地域協働推進機構」が発足し、企業、地方自治体との組織連携強化、産学連携・地域協働を推進している。

スマート農業の研究においてはクボタ、ヤンマーなどの民間企業との連携がなされており、共同開発の農機が大きな役割を果たしている。欧米では既に大規模農場で大型機械による無人作業が一部行われているが、日本では農地が狭いこと、高額な大型機械への買い換えによる費用負担、土壌への影響などから大型機をそのまま導入することは難しい。北海道大学で実証実験を進めている小型トラクタの複数台連携による自動操縦技術は世界初の試みであり、今後の進展が期待される。

3.「スマート農業」による課題解決

前項で見たように。機械化の進展によるスマート農業の進展は課題である人口減少・高齢化やTPPといった課題の解決方法となり得るものである。特に北海道には日本の食料基地として日本全体の農業を牽引していく役割が求められている。スマート農業を推進するため北海道大学による先進的な研究と機械化が進む農業という素地を生かす方策について考えてみる。

(1)産学連携の強化

① 農機具メーカーとの産学連携

北海道には約30社の地場の農機具メーカーがあり、ジャガイモや小豆、てんさいなど、北海道が高いシェアを誇る農作物に特化した農機も多く製造している。スマート農業の進展はこれらのメーカーにとっても農機の改良に伴う設備投資や更新需要の発生など、大きなチャンスである。また、研究機関としても実際の作業に使われる機械の情報は必要であることから、北海道大学の持つ先進技術の取り入れを図るべく共同研究を積極的に行うことが必要となる。

② 農家との産学連携

スマート農業では農機の自動化が進むだけでなく、センシング技術やデータの蓄積により農産物の多収・高品質化が図られる。データの収集は実際に作業を行う農家で進められ、そのデータの分析を研究機関で行うという関係からも連携の強化が不可欠である。

(2)地域金融機関による支援

① 情報の共有・接点の創出

大学と農機メーカー、農家との産学連携の取り組みを強化するにあたり、必要となるのは産・学間の情報の共有と接点の創出である。そこで大きな役割を果たすと考えられるのが地域金融機関である。地域に密着した経営を行っている地域金融機関は地場メーカーや農家との預金・融資取引を既に多く有しており、地域に根ざす企業や個人の定量・定性データが集まっている。企業同士の接点創出に関しては既にビジネスマッチングという形で多くの地域金融機関が取り組みを進めているが、この取り組みを大学・企業・農家の間でも行うことでスマート農業に関する三者の接点創出が可能だ。例えば三者を集めた技術交流会のようなものを地域金融機関が開催することも一つの手である。

② 金融支援の取り組み

大学・農家・企業の接点ができた後には資金が必要となる。スマート農業が進展すれば農機メーカー及び農家においては従来の農機からの更新需要が発生する。製造・購入にかかる費用の支援については金融機関の本業として取り組むべき問題である。

また、いくつかの地域金融機関は既に農業の6次化を試みる生産者に対しファンドを設定して支援を行っているが、これを拡大し連携してスマート農業を進める大学と農家に対するスマート農業応援ファンドのようなものを新規に設定してはどうか。金融機関のみならず、既に引退した元農家の方や富裕層のシニアなどを出資者として募集し、生産が軌道に乗るまでは生産した農作物を配当とするなどのアイデアが考えられる。

北海道の広大な大地は農業にとって有利な側面もあるが、広大であるゆえに公共インフラの維持や生活利便性の確保にはコストがかかる。人口の減少・高齢化への対応は喫緊の課題となっており、スマート農業により可能となる女性・高齢者が働きやすい環境での生産性の高い農業の推進はその解決の一助となるものと考える。北海道大学のレベルの高い研究と地場メーカー、農家の連携によるスマート農業の推進がなされることに期待したい。

<北海道大学の産学連携への取り組み>

2003(平成15)年10月に知的財産本部が設置された後、何度かの改組を経て、2015(平成27)年 4月には「産学・地域協働推進機構」が発足し、企業、地方自治体との組織連携強化、産学連携・地域協働を推進している。

注目されている技術などの最新のシーズ技術の紹介や研究シーズ集を電子ブック(ebook)で公開しているほか、「北大発ベンチャー認定制度」(現在18社)として、北大、教職員、学生が起業したり、保有する知的財産権や研究によって得られた技術を活用している企業を認定したりするなどの取り組みを行っている。

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

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